モノー (Jacques Lucien Monod=1910〜1976年)

イラスト:うつきのは
分子生物学者。ノーベル生理学・医学賞受賞者。

フランスのパリで生まれた。パリ大学助教授から1945年にパスツール研究所に入り、54年細胞生化学部長、57年にはパリ大学教授を兼任。コレージュ・ド・フランス教授を経て67年パスツール研究所所長に就任。

酵素およびウィルス合成におけるリボ核酸(RNA)の役割を中心にした遺伝的制御機構に関するオペロンとメッセンジャー・RNA説でF.ジャコブ、A.M.ルウォフとノーベル賞を共同受賞した。著書『偶然と必然』は70年にみすず書房から出版。


 
『偶然と必然』
分子生物学者中随一の哲学者といわれるモノーが分子生物学の基礎に立って、 彼の思想を端的に述べたもの。発刊当時、短時日で数十万部売れ、ベストセラーになった。 モノーは世界をおおう思想の混迷の原因を指摘し、それを脱する、きわめて困難な道を示唆し、 多くの人々が関心を示した。思想界・哲学界に大きな波紋を与えた。 約30年経った現在、再読する価値はありそう。
▼参考文献 




































 

俯瞰(ふかん)型研究
日本学術会議において吉川弘之会長が提唱した新たな研究様式。

目的とするところは現代社会が21世紀に向けて深刻化することが予想される地球環境 の破壊、資源エネルギーの枯渇、食料の不足問題などは科学技術の成果を用いること なくしては解決不可能だが、科学技術の成果は社会に「貢献」もするが「脅威」もも たらす。したがって、脅威をあらかじめ回避できるような配慮が不可欠で、そのため には研究の目的の設定、進行により期待される効果などを多面的かつ同時並行的に評 価する"俯瞰的視点"によって判断できるよう、当該の研究分野の科学者を主体とし つつも、同時にその研究が関係する他の領域の科学者をも研究組織に含む「俯瞰型研 究プロジェクト」が必要としているもの。例えば、臓器移植の場合、医学、医療関係 者だけでなく、哲学者とか法律学者がプロジェクトに最初から加わって、よりよい結 果を求めようという発想。学術会議が提唱し、国家的規模で議論される方向にある。

▼参考文献 




































 

大谷幸夫 (おおたに・さちお=1924年〜 )

沖縄コンベンションセンター
左:会議場 右:展示場
建築家。東京都生まれ。

1946年東大工学部建築学科卒。同大学院に入学するとともに、60年まで丹下健三計画室に在籍し、 東京都庁をはじめとする一連の公共建築の設計に携わり、後進の指導にあたる。 61年(株)設計連合を設立、 63年国立京都国際会館の競技設計の最優秀賞を受賞、脚光をあびる。 64年東大工学部都市工学科助教授、71年教授。84年千葉大教授。現在、都市政策を考える会代表、東大名誉教授、大谷研究室主宰。

建築の形の構成の中に都市の生成の原理を見出そうとしたユニークな作品を発表している。主な建築作品は東京都児童会館、国立京都国際会館、こどもの国児童館、金沢工大、東大法学部4号館、 同文学部3号館、沖縄コンベンションセンター大展示場・会議場などがある。

【著書・文献】
『現代日本建築家全集 18』 (1977年/三一書房)
『空地の思想』 (1979年/北斗出版)
『都市にとって土地とは何か』 (1988年/筑摩書房)
▼参考文献 




































 

丹下健三 (たんげ・けんぞう=1913年〜 )

新都庁舎
日本を代表する建築家の一人。大阪府生まれ。

1938年東大工学部建築学科卒。この年「辰野賞」を受賞。41年まで前川国男設計事務所に在籍。42−46年東大大学院で都市計画を研究。 前後して建築学会主催「国民住居」(41年)、同「大東亜建設記念営造計画」(42年)、在盤谷(バンコク)日本文化会館(43年)の競技設計1等入選を果たす。61年丹下健三+都市・建築設計研究所を創設、63年東大工学部都市工学科教授に。79年文化功労者、80年文化勲章受賞。

常に時代の中心あるいは先取り的な作風。近代建築の見直し機運の中で一部に批判もあるが、日本近代建築史そのもので、磯崎新、槇文彦、黒川紀章ら現在の建築界を支える人材を輩出させた丹下研究室の存在と意味は大きい。

主な作品は上記のほか、広島平和会館、東京都庁舎(、東京カテドラル聖マリア大聖堂、代々木・国立屋内総合競技場、大阪万博マスタープラン、新都庁舎など国内のみならず、WHO(世界保健機構)本部、ユーゴのスコピエ再建都市計画、クエート国際空港など海外においても多数手掛けている。

【著書・文献】
『桂−日本建築における伝統と創造』 (1960年/中央公論)
『同(英文版)』 (1960年/エール大学出版局)
『東京計画1960−その構造改革の提案』 (1961年/新建築社)
『同(英文版)』 (1961年/新建築社)
『伊勢−日本建築の原形』 (1962年/朝日新聞社)
『同(英文版)』 (1962年/MIT大学出版社)
『日本列島の将来像』 (1965年/講談社)
『1946−58 現実と創造』 (1966年/美術出版社)
『1955−64 技術と人間』 (1968年/美術出版社)
『日本の工芸10 石・玉』 (1972年/淡交社)
『現代日本建築家全集10』 (1977年/三一書房)
『現代の建築家』丹下健三 2 (1984年/鹿島出版会)
『一本の鉛筆から』 (1985年/日本図書センター)
『丹下健三 人間の記録』 (1997年/日本図書センター)

*この他作品集、論文など多数

▼参考文献 




































 

マルクス (KarlH.Marx=1818〜1883年)

イラスト:うつきのは
ドイツの哲学者、社会学者、歴史学者、政治経済学者。

科学的社会主義の創設とそれに基づく実践運動に一身を捧げた。「マルクス経済学」「マルクス・エンゲルス主義」「マルクス・レーニン主義」のマルクス。その半生は亡命生活で、また赤貧の生活であった。
ライン州トリールにユダヤ人弁護士の子として生まれ、ボン、ベルリン両大学で主として法律を学んだ。1842年急進的な『ライン新聞』を主筆、弾圧を受け、43年にパリへ移り、 「ヘーゲル法哲学批判序説」を出版。生涯の盟友エンゲルスと知り合い、45−46年に『ドイツ・イデオロギー』をベルギーで共同執筆、唯物史観の原型を確立する。47年には『哲学の貧困』を公刊するとともに、 共産主義者同盟に参加、48年その綱領『共産党宣言』を執筆した。しかしベルギーから追放され、パリ−ロンドンと亡命生活をしながら経済学研究に没頭し、59年『経済学批判』、67年『資本論』第1巻を公刊したが、第2巻以降の公刊を待たずに83年没した。 社会主義思想の"学問的基礎づけ"を行い、後世の社会的思想に大きな影響を与えた。

母国語のほかフランス語、ラテン語に通じ、後年には独学でスペイン語、イタリア語、ロシア語、英語にも通暁した。タバコの吸い過ぎ、ワインの飲み過ぎ、食事のスパイスの利かせ過ぎが病気の遠因となり、後半生20年は病気の連続だった。

【文献】
『マルクス・エンゲルス選集』(全16巻) 大内兵衛・向坂逸郎編 (1956−62年/新潮社)
『マルクス・エンゲルス全集』(全41巻・別巻) ソ連・ドイツML研究所編 (1959−77年/大月書店)
『カール・マルクス年譜』 マルクス・エンゲルス・レーニン研究所編 (1960年/青木書店)
『マルクス・エンゲルス選集』(全8巻) ソ連ML研究所編 (1962−74年/大月書店)
『カール・マルクス』 ルフェーブル著 (1960年/ミネルヴァ書房)
『若きマルクス』 ルカーチ著 (1960年/ミネルヴァ書房)
『資本論の世界』 内田義彦著 (1966年/岩波書店)
『資本論入門』 向坂逸郎著 (1967年/岩波書店)
『資本論の経済学』 宇野弘茂著 (1969年/岩波書店)
『カール・マルクス』 レーニン著 (1971年/岩波書店)
『マルクス・エンゲルスTU 資本論』(世界の名著43、44)(1973年/中央公論社)
『マルクス伝』(全3巻) F.メーリング著 (1974年/大月書店)
『マルクス伝』 D.マクレラン著 (1976年/ミネルヴァ書房)
▼参考文献 




































 

芭蕉 (松尾芭蕉=1644〜1694年)

イラスト:うつきのは
俳人。本名・甚七郎宗房。俳号は「はせお」と自署。他に桃青、泊船堂、風羅坊など。

伊賀上野(現・三重県伊賀町)の郷士の家に生まれる。藤堂良忠(俳号・蝉吟)に仕えた後、江戸に下り談林派の感化を受ける。1680年、32歳で深川芭蕉庵に入り、客死するまで数度の旅を通じて談林風を越えた高い文芸性を付与した蕉風を確立した。 『野ざらし紀行』にはじまり、『笈の小文』『奥の細道』『猿蓑』などをまとめるにしたがい俳風を変化させた。とりわけ奥州の旅で大自然の偉大さ、素朴な人情にふれ、栄枯盛衰のあとを眺めて、人間の宿命を憐れみ、俳諧師として生きる意義を反省し、 「誠」をもって俳諧の根本とし、「不易流行」をもって姿と考えるに至ったといわれる。

 
不易流行
「不易」は詩的生命の基本的永遠性を有する体。「流行」は言葉における流転の相をいい、 その時々の新風の体。この二体はともに風雅の誠から出るものだから、根本においては一つに帰すべきもという、 芭蕉の考え方。

【文献】
『芭蕉伝記考説』 阿部正美著 (1961年/明治書院)
『校本芭蕉全集』(全10巻) 小宮豊隆監修 (1962−69年/角川書店)
『定本芭蕉大成』 尾形仂他編 (1962年/三省堂)
『芭蕉の本』(全8巻)(1970‐72年/角川書店)
『芭蕉俳句集』 中村俊定校注 (1970‐72年/岩波書店)
『芭蕉紀行文集』中村俊定校注 (1971年/岩波書店)
『日本詩人選17 松尾芭蕉』 尾形仂著 (1971年/筑摩書房)
『松尾芭蕉集』(日本古典文学全集41) 井本農一他校注・訳 (1972年/小学館)
『松尾芭蕉』(日本の古典) 山本健吉訳 (1972年/河出書房新社)
『芭蕉七部集』(新日本古典文学大系) 白石悌三、上野洋三校注 (1990年/岩波書店)
『芭蕉七部集』(古典購読シリーズ) 上野洋三校注 (1992年/岩波書店)
『芭蕉全図譜』 大谷篤蔵監修 (1993年/岩波書店)
▼参考文献 




































 

プラトン(Platon=前429〜前347年)

イラスト:うつきのは
古代ギリシャの大哲学者。

西洋において学問としての哲学の伝統をはじめて確立し、アカデメィアとよばれる学 園を創設し、古代最大の学派を形成した。同学園は90年以上も存続した。打ち立てた 哲学体系は初期キリスト教と相対した新プラトン主義として思想的潮流を形成した。 アテネで生まれた。両親ともアテネの名門の出で、青年時代ソクラテスと出会って人 生が変わった。

プラトンの哲学はものに形と秩序を与える永遠不変の原理、すなわちイデア(ものの もつ型または形の意味)の存在の確信に基づき、"知を求める哲学"を確立した。著書 はソクラテスを主役とするものがほとんど。

【文献】
『プラトン哲学』 バーネット著 (1952年/岩波書店)
『プラトン全集』(全10巻) 山本光雄他訳 (1959−77年/大月書店)
『プラトンT、U』(世界の名著6、7巻)(1966−69年/中央公論社)
『テアイテトラ』 田中美知太郎訳 (1966年/岩波書店)
『プラトン』 斎藤忍随著 (1972年/岩波書店)
『プラトン』(世界の思想家1巻)(1977年/平凡社)
『ソクラテスの弁明』 山本光雄訳 (1979年/角川書店)
『プラトン入門』 R.S.ブラック著 (1992年/岩波書店)
『プラトンの哲学』 藤沢令夫著 (1998年/岩波書店)
『プラトン全集』(全15巻・別巻) 田中美知太郎・藤沢令夫訳 (1998−99年/岩波書店)
▼参考文献 




































 

アリストテレス (Aristoteles=前384〜322年)

イラスト:うつきのは
ギリシャの哲学者、科学者。師プラトンと並ぶ古代の二大思想家。

論理学、自然学、倫理学、美学、一般哲学など当時のあらゆる学問を一つの体系に 作り上げ、ヘレニズム時代、ローマ時代にとどまらず、中世の哲学や科学にも多大な 影響を及ぼした。

北ギリシャのスタフロスに生まれた。父は社会的にも有名な医師。17歳の時、 アテネのプラトンの学園アカデメィアに入学し、以後20年在籍した。プラトンへの 尊敬と称賛の念は生涯持ち続けたが、次第に思想上の齟齬をきたし、最後には決別した。 父がマケドニア王の侍医をしていたこともあって、親マケドニアとなり、プラトン の死後、全ペルシャを手中に収めたアレクサンドロス大王の家庭教師を務めた。

アリストテレス自身の学説は「形相(エイドス)と質料(ヒュレー)」(たとえば木 造の家では家が形相で木材が質料)、「可能態(デュナミス)と現実態(エネルゲイ ア)」などを基本概念に構成されており、プラトンのイデア説と比べると経験主義的 な傾向を示すとともに、全般的に生物学を中心とした目的論的性格を帯びている。

【文献】
『アリストテレス全集』(全17巻) 出隆、山本光雄共編 (1968−73年/岩波書店)
『アリストテレス』(世界の名著8巻)(1972年/中央公論社)
『アリストテレス哲学入門』 出隆著 (1972年/岩波書店)
『アリストテレス』 G.E.ロイド著 (1973年/みすず書房)
『アリストテレス』 山本光雄著 (1977年/岩波書店)
『アリストテレース詩学』 松本仁助、岡道男共著 (1997年/岩波書店)
『アリストテレス倫理学入門』 J.O.アームソン著 (1998年/岩波書店)
▼参考文献 




































 

=参考文献=
『世界伝説大辞典』 (ほるぷ出版)

『新訂現代外国人名録』 (日外アソシエーツ)

『朝日人物事典』 (朝日新聞社)

『大事典desk』 (講談社)

『万有百科事典』 (小学館)