第1回 −特別鼎談−
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出席者 (写真左から)

吉川 弘之さん(放送大学長・日本学術会議議長)
鈴木 治雄さん(昭和電工株式会社名誉会長)
宇井 純さん(沖縄大学教授)


過ぎ行かんとしている20世紀をどのように捉えるかはその人のスタンスによって異なる。 化学工業界を中心に財界の理論派リーダーの一人であった鈴木治雄さんと、公害研究者として水俣病を告発し、かつて新潟水俣病裁判では鈴木さんとは対立する立場に立った宇井純さん、 そして学術会議議長としてこれからの研究開発の在り方について指揮をとる放送大学長で前東大総長の吉川弘之さんに加わっていただき、今世紀を振り返り、来世紀について語り合ってもらった。 立場の異なる三氏が一致したのは「人間の英知」であった。人間の英知が保たれる限り基本的には楽観して良いのではないか――。
これは、若き君たちへのメッセージでもある。三氏の話しは、時空を超えて幅広いものになった。

司会構成加人

桑原史成







 
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―― 「ひと」「科学」「文化」などをキーワードにして、忌憚のないご意見を縦横に伺いたいと思います。私たちは間もなく21世紀を迎えます。新しい世紀がどんな世紀になるかを考えるには、いま正に終わろうとしている20世紀がどうであったかを総括するのが先だろうと考えます。はじめに、鈴木名誉会長から口火を切って下さい。

犠牲をともなう大きな実験をした−鈴木



鈴 木 :両先生とお話がつながるかわかりませんが、この5年ほど私は ハンチントン『文明の衝突』を読み、考えています。簡単にいいますと、 世界に8つほどの異なった文明があって、お互いに相容れないで結局、戦争状態になろうということが書かれているのですが、 世界中で反論が巻き起こったんですね。私は、ハンチントンは衝突衝突というけど、その最たるものが戦争ですよね。 ついこの間までヨーロッパではフランスとドイツは憎みあっていたわけですが、それがユーロになってヨーロッパが一つになる ということで、少なくともヨーロッパの中での戦争はなくなるだろう。それじゃあそう簡単にいい切れるかというと、 なにが起こるかわからない部分もあります。 今、世界を見回すと、他の国と考え方が著しく異なるのは北朝鮮とイラクなんですね。いわゆる協調していこうという考え方でなく、 戦争が起こる可能性をもっています。キューバはある時期までそうだったけど最近はそうじゃなくなった。そういう意味では激しい 大国間の戦争は今後考えられないが、元来分割していて、言葉とか宗教が違っていたのが元に戻るという、今も東ヨーロッパやロシアに 見られるようなことはあるかも知れません。戦争といっても国の数が増える、世界の大使が増えるという程度で、全体的な衝突でなく、 融合の方向に行ってるんじゃないか。現に、オリンピックとか国連の組織とか、経済については ASEANの会議とか G7の問題とか、 対立はあるにしても、話し合って協力して共存していこうという方向に動いているのではないか−というのが基本的な認識です。

それで、20世紀の総括という事ですが、一口で申し上げれば相当大きな実験をやりましたよね、犠牲を伴う。 そういう中でレッスンの効果を生かしながら21世紀に取り組めばいいんじゃないか。私は程度の低い自然科学万能とか、 経済優先とかいうことについては非常に問題があると思っています。


―― 吉川先生は、フロンティア−辺境の拡大の時代は300年近く続いたが、20世紀に至ってようやく地球を維持していこうという思想が出始めたことは20世紀の一つの成果ではないかとお考えのようですが、それを含めて改めて20世紀の総括をお願いします。

20世紀は人類にとって折返点になるのではないか−吉川

吉 川:ほとんど鈴木名誉会長と同じ事を申し上げたいのですが、20世紀というのはそれに遡る何百年のいろんな集積が急速に展開して、結局、折返点みたいなところにきちゃったんだと思うんです。それを学問という観点からいいますと、いろんな事件があったような気がします。たとえば、戦争やって人種的優位性という話しがあったのに対し、それにはある意味では学問が抵抗しようとしました。 文化人類学で未開社会といわれた社会が実は未開じゃなくて固有の社会なんだ。それは、いろんな人間の発展の仕方があるんですから、あらゆる未開社会が最終的に進化して、いわゆる近代社会になっていくという考え方は間違っているというのを学問的に証明しようとした。学問というのは確かに、鈴木名誉会長がいわれたように、対立から融和にということを支えようとした善意というもの−学問に本来、善意とかがあるはずなく、 非常に冷徹なものですが−学問を担う人たちが基本的にはそういう善意をもって動かしていたということに、私は非常に学問っていいなと思うのです。それは最近に至ってとくに明らかになってくるんですね。

私は、現在を特徴づけるのはなにかといえば、グローバリゼーションといって、経済は一つになる、通信ネットワークが発達してどこからでも通信できる。ゆえに世界は一つになったといわれてますね。確かに一つになったんだけど、価値観はきわめて多様化した。 これは一種の矛盾なんですよね。価値観が多様化しながら、実は世界は一つだ。これをコントロールする方法は本当はないわけで、それは21世紀の課題なんですが、私たちはこの両者を歓迎するべきなのです。



多様性は文化人類学者が盛んにいったんですが、たとえば生物の進化論を追ってみると、なんでこんなに何億といわれる種類の生き物がいるのか。これは一体なんなんだろうというわけです。 最近聞いて驚いたんですが、生物多様性の学問とはなんなんだというと、いわゆる遺伝子を調べるわけです。そうすると、遺伝子が違うから植物になったり、動物になったり、動物でもいろんな種類ができたり、進化して多様性を作っていくというんだけど、実は遺伝子といえども一つの化学物質に他ならないんです。物質というのは、構成元素は有限で、それぞれ熱力学的に安定な形をとっている。なんでそんなたくさんの遺伝子が存在するかというと、遺伝子というのはきわめて特殊な物質で、4つの単位がどんなふうに組み合わされても熱力学的ポテンシャリティが等しいんだそうです。それを遺伝学者から聞いた時は非常に驚きました。 普通はいろんな熱力学的に不安定なものが混ざっているけど最終的にはたとえばダイアモンドに結晶したり、というふうに安定した一つの形に落ち着く。炭素も元素ですが、この場合はダイアモンドか、すすか、あるいは若干の立体構造をもつもので多様にはならない。ところが、なぜ生物は多様化したかというと、遺伝子の4つの塩基がどんなに組み合わさっても熱力学的ポテンシャルが変わらないような物質、ですから正に物質論的に生物の多様性が証明されたということなんですね。それを聞いて思ったんですが、西欧人のいういろんな未開社会の人がいたり、本当に進んだ文明だといわれているのも単なる違いに過ぎない。学問が再び新しい証明をするのかなという期待感が出てくるのですね。
そういった意味で学問とはやっぱり民主主義なんだなと思うんです。民主主義というものを証明しなければだめで、そういう道が20世紀に出てきたわけですね。しかし20世紀の現実はそうではなく、力のある者が勝とうとしたし、対立の時代だったし、争いの時代だったんですね。それに対し、学問はそういう争いは意味がないんだといってきたわけですが、現実にはそうならなかった。ただ、そういう中で社会の大きな流れに対する、たとえば大学紛争はその問題提起だったし、また宇井先生がやってきた運動は正にその一つの典型的な運動だったし、現代の社会がもっている矛盾を学問だけとはいいませんが、ある種の感受性というものにおいて、いまの社会の在り方について問題提起していたわけですね。

―― 宇井先生はある時、「20世紀は破壊の世紀だった」と総括されました。改めて伺います。20世紀を振り返るとどのような100年だったのでしょう。


戦争と破壊の100年だった−宇井


宇 井:100年を通して見ると、やはり戦争と破壊の世紀というか、その技術が著しく発展した時期だろうと思います。戦争による死者というものを数え上げると、後に行くほど多くなっていて、第二次大戦で最大の極に達したんじゃないか。それでもその後も局地戦あるいはより狭い地域の紛争から人類はまだ卒業できないということは認めなければなるまいと思うわけです。もう片方で、自動車に象徴されるように西欧の一角で発展してきた技術が世界にほぼ行き渡るところまで広がった。そういう機械文明がヨーロッパからストレートにアメリカ、そしてアジアと広がる過程で後半分くらいのところで日本がかなり大きな役割を果たした。私たちはその中に生まれ合わせて育った世代なわけです。以上は、中にいて感ずることです。

しかし、大きな枠組みはそうでも、その中でそれぞれにそこから抜け出して活路を開くような活動をいろいろやってみたものでして、私が公害運動に取り組んだのもその一つの例だと考えていただければいいのかなと思います。



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