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5. 女性ホルモン様物質の魚毒性試験

5.1 魚毒性試験法
 女性ホルモン様作用による魚類への影響を評価するための試験方法として、OECDは、確定試験としてライフサイクル試験、 その前段階の試験として初期生活段階毒性試験と繁殖試験を考えている16)。化学物質評価研究機構では環境省の委託を受けて、 これらの試験法の検証を兼ねて、メダカを用いた一連の試験を実施している。
 メダカを用いた場合の試験方法の概略は次のとおりである17)
イ)フルライフサイクル(FLC)試験:受精卵から次世代が成熟するまで連続して約6  ヶ月間、化学物質に暴露し、胚の孵化率と孵化日数、孵化後の生存率・成長・行動、性転換(二次性徴と生殖腺組織学的検査)、 VTG産生などを調べる。
ロ)パーシャルライフサイクル(PLC)試験:FLC試験のはじめの60日間分の試験である。 初期生活段階試験を延長し、性比の確認をできるようにした試験ともいえる。
ハ)繁殖試験:成熟したメダカを用いて14〜21日間、化学物質に暴露し、 産卵数、卵の受精率と孵化率、性転換、VTG産生及び次世代への影響などを調べる。

5.2 魚毒性試験結果
 6種類の女性ホルモン様物質について、化学物質評価研究機構が行った試験結果を表―6にまとめた。 6物質とは、エストラジオール(E2)16,18,19)、エチニルエストラジオール(EE)20)、ノニルフェノール(NP)21,22,23)、 オクチルフェノール(OP)22)、ペンチルフェノール(PP)24)、ビスフェノールA(BPA)16,25,26,27)である。

表6

 LOECは最小影響濃度、NOECは無影響濃度、LOAECは最小悪影響濃度、NOAECは無悪影響濃度を意味する。VTGや精巣卵が認められても 生殖作用に影響がみられない場合は悪影響とはしなかった。

 ポイントとなる試験結果について要点を説明しておく。
 イ)エストラジオールのFLC試験18)
  • 試験濃度 0.1, 1, 10, 100, 1000 ng/L
  • 100 ng/L以上ではオスが得られなかった。
  • 10 ng/L以下でも産卵数は曝露濃度の上昇と共に減少した。
 ロ)ノニルフェノールのPLC試験21,22)
  • 試験濃度 3.30, 6.08, 11.6, 23.5, 44.7μg/L
  • 23.5μg/L以上でメスの比が高くなった。体重が有意に減少した。
  • 11.6μg/L以上で20%に精巣卵が認められた。VTGが増加した。
 ハ)ノニルフェノールのFLC試験21,22)
  • 試験濃度 4.2, 8.2, 17.7, 51.5μg/L
  • 17.7μg/L以上で死亡率が増加した。20%が精卵巣であった。受精率が低下した。
  • 8.2μg/Lでは影響がなかった。ただし、子の10%に精巣卵がみられた。
  • LOAECは17.7μg/L、NOAECは8.2μg/Lであった。
 ニ)オクチルフェノールのPLC試験22)
  • 48.1μg/Lで二次性徴のメス化が認められた。
  • 11.4μg/LでVTG産生が有意に認められ、精卵巣が5%に出現した。
  • 6.94μg/Lでは影響がみられなかった。
 ホ)ビスフェノールAのFLC試験16)
  • 設定試験濃度 2.28, 13, 71.2, 355, 1820 μg/L
  • 1820μg/Lではオスが得られなかった。全長が有意に減少した。
  • 355μg/L以下では産卵数以外に影響は見られなかった。累積産卵数が低下したが、バラツキが大きく有意ではなかった。

 他の試験機関による試験結果として、次の報告がある。
 ヘ)エストラジオールのメダカを用いたPLC試験28)
  • 0.01μg/Lで、すべてメスであった。
 ト)エチニルエストラジオールのfathead minnowを用いたFLC試験29)
  • LOAECが0.004μg/Lで、NOAECは0.001μg/Lであった。
 チ)ビスフェノールAのfathead minnowを用いたFLC試験30)
  • 成長抑制が640μg/L以上で認められた(71日観察で)。
  • VTGは(43日では)640μg/L、(71日では)160μg/Lで増加した。
  • 産卵数は1280μg/Lで, 孵化率は640μg/Lで低下した。
  • 16μg/Lで精巣内の精細胞型の比率に影響があった。これは精子形成を抑えることを示唆している。
  • 結論として、640μg/L以上で繁殖に影響が認められた。

5.3 考察
 上記の一連の試験結果から次のことがいえよう。
  • VTGと精巣卵(精巣に卵巣組織が混在する)が、最も感度のよい指標となる場合が多い。
  • PLC試験の感度は高く、FLC試験とほぼ同じ結果を与えることが多い。
  • エストラジオールについてはNOAECが明らかでない。0.01μg/L近くでの濃度幅を小さくした FLC試験が必要である。
  • 尿由来の女性ホルモンの一つであるエストロン(E1)についても試験する必要がある。 下水処理場放流水中の濃度はE2よりも高いことが多いから。文献では次の試験結果が報告されているが、 十分でない。ニジマスにVTGを誘導する最低濃度は0.025〜0.050μg/Lである31)。メダカを用いた試験では、 1μg/Lでほとんどがメスになる。0.01μg/Lでもオスの5%に精巣卵が認められた32)
  • メダカを用いた試験では、精巣卵はVTGとともに女性ホルモン様作用に対して、感度の高い指標となる。 しかし、多摩川や神田川のコイには精巣卵が観察されることは極めてまれである。和波らの調査では、 オス69尾中1尾に観察されたにすぎない3)。その1尾もVTG濃度は低いので女性ホルモン様作用が 原因ではない。

 私は3年前に、生態毒性の閾値を表―7のように推定した1)。ここでいう閾値とは、毒性がでるかでないかの境界値を意味し、 慢性毒性(生殖毒性を含む)のMATC(LOECとNOECの幾何平均値)を採用している。

表7

 表―6と比較するとNPについては全く正しく、他の物質についても概ね良い推定だったといえる。
 慢性毒性の閾値と急性毒性値を比較することも重要である。私のような仕事をするものは、急性毒性から慢性毒性を推定する能力が必要だからだ。E2とNPの比較を表―8に示す。NPでは急性毒性値の1/50が慢性毒性(生殖毒性を含む)の閾値になっている。また、NPでは女性ホルモン様作用による毒性と一般毒性が同程度の濃度で現れる。一方、E2は慢性毒性の閾値は急性毒性値の20万分の1以下である。これは女性ホルモン作用による毒性が、一般毒性にくらべて極端に強いことを示す。こういう物質のみを内分泌かく乱物質というべきである。急性毒性から慢性毒性を推定することができないという意味で特別扱いする必要があるからだ。

表8




6. 女性ホルモン様物質の河川中濃度

6.1 国土交通省の測定結果
 国土交通省は全国の一級河川について調査している12)。これまでの調査結果をまとめると表―9となる。

表9

 国土交通省の調査結果から次のことがいえる。
  • NPの濃度は低下傾向にある。環境に出やすい用途には使わないようにという界面活性剤工業会の自主規制が効果を上げているのであろう。
  • 国土交通省は、平成12年度の131地点と同じ地点で比較することにより、NP、BPA濃度は低下傾向にあると判断している12)
  • NPの最大濃度地点はOPのそれと5回とも一致している。
  • NP、OP、BPAとも最大濃度を3回、綾瀬川の内匠橋で記録している。綾瀬川は一級河川の中では最も汚染されている (BODが高い)川である34)

6.2 環境省の測定結果
 環境省の調査結果をまとめると表―10となる35,36)

表10

  • 国土交通省は一級河川が対象、環境省は二級河川が主たる対象である。両者の濃度をくらべると中央値では差がないが、 95%値と最大値では環境省の方が高い傾向にある。
  • NP濃度が10μg/Lを超えたのは2回である。平成10年秋に摂津市味生水路で21μg/L、川崎市宮内排水路で12μg/Lが測定されている。 前者はどぶ川、後者は地元の人にも知られていない小さな排水路で、両者とも汚染全般の改善が必要な水路である。
  • NP濃度が5μg/Lを超えたのは、平成10年夏の境川、日光川、国場川の3地点である。3地点ともその後濃度は低下している。 たまたまそのとき濃度が高かったのか、改善されたのかは私にはわからない。
  • OP濃度が1μg/Lを超えたのは2度である。平成10年秋の味生水路と平成10年夏の境川で、NP濃度が高かったのと一致している。

6.3 考察
 環境省はNPのPLC試験のNOECである6.08μg/Lの1/10である0.6μg/Lを環境基準的な値と考えているようである22)。この0.6μg/Lを超えたのは、国土交通省の平成12年度の測定結果では131地点中綾瀬川の1地点のみ、環境省の平成11年度の測定では124地点中5地点である。6地点ともNPだけでなく汚染全般の改善が望まれる地点である。


7. 下水処理の効果

 国土交通省は、下水道で女性ホルモン様物質の90%以上が除去されていると報告している37)。E2は75%で最も除去されにくい。 流入下水中濃度と処理水中濃度を中央値で比較すると表―11のとおりとなる。NP関連物質とは、NPを原料とした界面活性剤と その分解生成物の合計濃度をNP換算値で示したものである。

表11


8. 環境汚染は改善されている

 化学物質による環境汚染は年々悪化していると報道されている。最近になって環境問題に関心をもつようになった人もそう思っているようだ。しかし、少なくとも水環境での汚染は、30年前にくらべて著しく改善されている。特に都市河川ではそうである。
 私が住んでいる横浜市では次のようであった。「1970年頃、横浜市の主要河川の水質は最悪であった。河川水の透視度は10cmから20cmと悪く、真っ黒なヘドロが堆積していた。魚等生物の生息はほとんど確認できなかった。悪臭と汚水のために、川にフタをするようにという要求もあった。今ではそのようなことが過去にあったとは思われないほど水質の浄化が進んでいる。」38) 
 一級河川では汚染度が最も高い綾瀬川でも、平成4年から12年までの間に、下水道の普及率が47%から71%に向上し、BODが28mg/Lから7mg/Lに低下し、生息している魚の種類も5種から13種に増えている34)
 多摩川の田園調布堰では、かつて堰から落ちる水がシャボン玉のような泡になって舞い上がり、「河川汚染の象徴」になっていたが、今では魚影が真っ黒に見えるほど、おびただしい数のアユが遡上するようになった。東京湾と多摩川がきれいになってきたからという39,40)
 中田(東京農工大)らは、東京湾で採取した柱状堆積物試料を分析することにより、女性ホルモン様物質の環境への放出量の経年変化を推定している。E1とE2は1950年代より検出が始まり表層に向け濃度の上昇がみられた。1970年代以降は減少傾向を示す。NPとOPは1960年代後半に濃度のピークを示し、その後表層に向け濃度の減少がみられた。 BPAは検出開始から表層に向け濃度の上昇傾向を示した41,42)。以下は私の解釈である。E1とE2が1950年代から検出されるようになったのは、その頃から屎尿を畑にリサイクルしなくなったからであろう。E1やE2、NP、OPが1970年代から減少傾向を示しているのは、下水処理の普及や排水規制の強化によるのであろう。一方、BPAでは濃度の増加傾向が続いたのは、1970年以降も生産量が増加し続けた珍しい化学品だからであろう。しかし、BPAも環境ホルモン騒ぎが生じてからは河川中濃度は低下傾向にある12)
 以上のように水環境は改善されている。まだ改善を要する点があったとしても、その前に「過去30年間に環境は確実に改善されてきた」という枕詞を言ってほしいと思うのである。それが長年まじめに環境改善に取り組んできた人達に対する礼儀と思うからだ。


9. おわりに

 過去30年間に環境は確実に改善されてきたけれども、さらに水質を良くしたい。今まではBOD、CODを低減することを水質改善の中心にしてきたが、別の視点で検討してみようというのが、環境ホルモン問題だと思う。確かに、BODやCODでは把握できない低濃度でも水生生物に影響を与える化学物質がある。トリブチルスズ化合物とエストラジオールだ。前者は0.001μg/Lで、後者は0.01μg/L程度の濃度でも水生生物に影響する。
 ノニルフェノール(NP)は10μg/Lを超えると魚に影響があるという試験結果である。NPとして個別に管理する必要があるかもしれない。しかし、NPが高濃度で検出されるのは、汚染全般の改善を要する地点である。また、NPは活性汚泥処理で90%以上除去できる。これらのことを考えると、BOD、CODを低減するという従来の施策をすすめることで十分対応がとれるとも考えられる。
 結論として、女性ホルモン様物質の水生生物への影響について、私は次のように考える。河川の水量に占める下水処理場放流水の比率が高い(概ね50%以上)ところでは、オスの魚にビテロゲニン(VTG)が高い頻度で検出される。これは尿由来の女性ホルモンの影響であろう。しかし、産卵、孵化、成長などに悪い影響を及ぼすほどの作用はなさそうだ。一方、精巣萎縮などの異常がみられるのは女性ホルモン様物質が原因ではない。
 また、下水処理場放流水の比率が低い河川でも、VTGの高いオスのコイが頻度は低いが観察される。こちらは(尿由来の女性ホルモンも含め)化学物質が原因ではなさそうだ。
 フィールド調査では、結論らしいことをいうのは極めて難しい。正常状態を知ることが特に難しい。それを知るためには地味で息の長い調査が必要である。今回の環境ホルモン騒ぎは、正常状態は何かを調べる努力をしないで、異常だ異常だと言っている部分が多いように思う。
 なお、本稿は私個人の見解を述べたもので、特定の団体の意見を述べたものでないことをお断りしておく。


引用文献

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