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1. はじめに
環境ホルモン問題の中で、私がもっとも関心をもっているのは河川の魚のメス化である。
メス化の主たる原因物質は尿由来の女性ホルモンである可能性が高いにもかかわらず、ノニルフェノールなどの合成化学物質が疑われていたからだ。女性ホルモン様物質の水生生物への影響については、3年前にも「環境ホルモン問題は、何が問題か(その3)」1)で検討している。
その後、次のような調査、研究が行われてきた。
- 多摩川水系および全国の河川でのコイについての調査。メスにしか現れないはずの
ビテロゲニン(卵黄タンパクの前駆物質)がオスのコイにも検出されるか、精巣に異常
がないかなどの調査。
- 多摩川および下水処理場放流水での女性ホルモン様作用の強さ、また、各種女性ホルモン様物質の寄与率。
- 女性ホルモン様物質の魚に対する毒性試験
- 全国の河川での化学物質の濃度測定
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本稿では、これらの結果を紹介するとともに私の解釈を説明した。
2. 多摩川のコイのメス化
2.1 メス化問題の発端
この問題の発端となったのは、井口(当時横浜市立大)らの調査であった。これをメディアが「多摩川のコイはメス化されている」と繰り返し報道し、不安を煽った。この調査の正式な報告は次のとおりである2)。
東京都府中市にある北多摩1号下水処理場から多摩川本流に流れ込むまでの間の下水処理水に生息するコイを調査した。1997年7月から1998年3月まで5回捕獲した。メス66尾、オス38尾、雌雄同体が1尾で、メスの比率が著しく高かった。オス37尾中21尾にビテロゲニン(VTG)が検出された。また、オスの30%で精巣が著しく小さい、精子形成量が少ないなどの異常がみられた。なお、対照群として、上田市中央水産研究所で飼育しているコイを1997年9月から1998年3月まで計4回同様に調べた。下水処理水中のノニルフェノールの濃度は低いが、ビスフェノールAやフタル酸エステルも検出される。これら環境ホルモンの相加作用が原因とも考えられる。
以下は私の注釈である。
- 多摩川に生息するコイと報道されたが、下水処理場放流水に棲むコイである。
- 尿由来の女性ホルモンが原因である可能性のあることについては触れていない。
- 対照群の結果を記載していないのは、対照群の方がVTG濃度は高かったからだろう。(4、養殖魚のメス化の項を参照のこと)
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2.2 多摩川での女性ホルモン様作用
和波、嶋津(東京都環境科学研究所)らは、井口らの調査を受けて、多摩川水系4ヶ所と神田川水道橋の計5ヶ所で調査を行っている。その結果の一部を紹介する3)。
多摩川水系4地点の合計でコイ433尾を採取した。メス204尾、オス229尾で、性比はほぼ1:1であった。
多摩川原橋と神田川水道橋で、オスのコイに高いVTGが検出される比率が高かった。血清中VTG濃度が1μg/mLを超える尾数の割合は、多摩川原橋46%、神田川の水道橋24%であった。これに対して多摩川でも水質の比較的良好な拝島橋では10%であった。
多摩川原橋と神田川水道橋でみられた高濃度のVTGは、河川水の女性ホルモン様作用の強さを反映している。調査地点での作用の強さをエストラジオール(E2)に換算して表―1に示す。多摩川原橋で7ng/mL、水道橋で7.2 ng/mLであった。この2地点の上流にある大規模な下水処理場の影響と考えられる。多摩川原橋は、多摩川流域で最も放流量が多い北多摩一号処理場の下流約1.5kmに位置している。下水処理水の占める割合は40%〜70%である3,4)。神田川水道橋は流量の80%が上流の落合処理場の処理水によって占められている。これに対して、拝島橋の上流に下水処理場はない。
また多摩川原橋での各種女性ホルモン様物質のE2換算濃度を表―2のように試算している5)。ここでの濃度は国土交通省が測定した1998年度と1999年度の4回の平均値である。また、女性ホルモン様作用の相対強度は遺伝子組み替え酵母法から求めている。これからE2の寄与率が圧倒的に高いことがわかる。
板澤(横浜国立大学)らも多摩川の3地点で同様の検討をしている6)。この結果では、ノニルフェノール、オクチルフェノール、ビスフェノールAの3つの物質合計の女性ホルモン様作用全体に占める割合は、女性ホルモン様作用の強い多摩川原橋で約1%、その作用の弱い多摩大橋、田園調布堰で約10%である。したがって、尿由来の女性ホルモンの寄与を考える必要があるとしている。
2.3 下水処理場放流水での女性ホルモン様作用
下水処理場放流水中の女性ホルモン様作用に関して次の研究が報告されている。いずれの研究でも、尿由来の女性ホルモンの寄与率が高いことで一致している。
滝上(京都大学)らは、遺伝子組み替え酵母法を用いて女性ホルモン様作用の総量を測定し、またエストラジオール(E2)濃度をELISA法で測定することにより、下水処理場放流水の女性ホルモン様作用は、ほぼE2によると結論している7)。
この問題の火付け役であった井口らも、彼らの調査地点である北多摩一号処理場放流水について同様の検討し、次のとおり結論している。
魚類のオスにVTGを誘導する閾値(最低濃度)と比較すると、アルキルフェノールの濃度は閾値の1/20から1/40であるのに対し、エストロン(E1)及びE2の濃度は約1/2以上であった8)。相加作用があると考えると女性ホルモン(E1とE2)のみでVTGを誘導しうる。
また、濃度の測定結果と遺伝子組み替え酵母法での相対活性から寄与率を求めると、表―3のとおりで、下水処理場放流水中の女性ホルモン様作用は99%が尿由来の女性ホルモンとなる9)。
2.4 コイの精巣への影響
和波らは精巣異常について、次のとおり報告している4)。肉眼観察の結果、コイの精巣の9%に瘤状や萎縮などの異常が認められた。神田川水道橋で異常率が最も高く13%で、多摩川原橋では10%であった。精巣異常とVTG濃度との間に相関はみられない。生殖腺体指数(=精巣重量/体重×100)は、精巣の発達状況を量的に検討する指標である。精巣が萎縮した場合は生殖腺体指数(GSI)が小さくなる。図―1は、和波らの調査結果からGSIとVTG濃度の関係を私が図示したものである。GSIとVTG濃度には相関は認められない。
このことは、VTGを誘導する原因と精巣異常の原因は別にあることを示している。女性ホルモン様物質は、VTG誘導の原因であるとしても、精巣萎縮などの異常の原因ではないと私は考える。それでは何が原因であろうか。和波らは次のように考察している。神田川のコイは体重が重く、肥満度も高いことから、栄養過多や加齢の影響による精巣異常も考えられる。また、魚類の精巣の発達は、河川水質のほか、水温、個体群密度、餌などさまざまな環境要因によって支配されている。
和波らは別の研究で、下水処理場放流水は底生生物にも影響を与えていると報告している10)。排水量が多い下水処理場の直下流に位置する地点では底生動物の種類数は少ないという。影響要因としては下水処理場放流水による水温及び水質の変化が考えられる。下水処理場放流水の水温は河川水に比べて高い。冬期の多摩川の水温は5℃であるが、放流水の水温は17℃である。また、水質要因としては、アンモニア、有機物質、さまざまな化学物質が考えられる。下水処理の際に殺菌のために加えている塩素が悪影響を与えている可能性もあるとのことである。コイの精巣異常の原因は、底生動物の減少の原因と同じであろうと私は想像している。
なお、コイの採取は6, 7, 8, 9, 10, 2月に行っている。GSIは、夏期(6, 7, 8月)で低く、秋冬期(10, 2 月)で高くなっている。秋冬期では夏期の約2倍の値である。一方、VTG濃度は季節による差は認められない。
3. 一般河川でのコイのメス化
国土交通省11,12)と環境省13)が、全国の河川のコイについてビテロゲニン(VTG)や生殖腺体指数(GSI)を測定している。どちらの調査でも、同じ地点で採取したオスのコイであってもVTG濃度が高いのもあれば低いのもあるし、GSIが小さいのも大きいのも観察されている。
国土交通省が平成11年夏期に行った調査結果をもとに解析する。この調査を選んだのは、調査対象尾数が最も多いことによる。全国の一級河川の26地点で、コイ(オス252尾、メス177尾)を採取するとともに、その地点の水中の女性ホルモン様物質濃度も測定している。調査は5月末から7月にかけて行っている。
調査地点毎に、オスのコイの尾数、そのうちVTG濃度が1μg/mL以上検出した尾数、GSIが1%以下であった尾数、および、女性ホルモン様物質の代表としてエストラジオール(E2)とノニルフェノール(NP)の濃度を表―4にまとめた。また、VTG濃度とGSIの関係を表―5に示した。
表―4と表―5から次のことがいえると思う。
- ほとんどの地点でオスのコイにVTGが検出される。VTGが1μg/mL血清以上の濃度で検出される比率は平均して15%程度である。
- ほとんどの地点で精巣が萎縮したコイが観察される。GSIが1%以下の割合は平均し
て約25%である。ただし、25%という値は他の調査にくらべて高い。調査時点が夏期
のためかもしれない。
- VTG濃度とGSIに関係は認められない。
- 多摩川原橋などの4地点を除けば、E2濃度は0.003μg/L未満である。0.003μg/L未満では、他にエストロンなどの女性ホルモン作用をもつ物質があることを考慮しても、オスのコイにVTGを誘導するほどの作用はなさそうだ。
- 調査尾数が少ないので確かなことはいえないが、E2濃度が0.003μg/L未満の地点では、VTG濃度もGSIもE2やNPの濃度と関係がありそうにない。
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以上から私は次のように推測する。汚染度の低い河川でも、オスのコイにVTG濃度が
高いものがいること、GSIが低いものがいることは、化学物質による汚染が原因ではないことを
示しているのではなかろうか。どうしてVTGが高いコイがいるのであろうか。同じ地点で採取したコイ
なのに、なぜ個体差があるのかを検討するのが、その回答を得る近道と考える。
4. 養殖魚のメス化
我々の食べている養殖魚には女性ホルモン様作用の影響がでている。
養殖マダイ(4歳以上)では、調査した180尾のうち、20%の個体で同一生殖腺内に精巣組織と卵巣組織の混在する雌雄同体魚が観察された。一方、養殖のコイでは、雌雄同体魚は観察されなかったが、オスでもVTGが検出された14)。
オスのウグイのVTG濃度は、千曲川に生息するウグイでは 0.1μg/mLで、上田市にある中央水産研究所で千曲川の水を使って飼育しているウグイでは100μg/mLであった。養殖コイはオスでもVTG濃度は高い15)。(中央水研の報告には、口頭説明内容を含む。)
以下は私の注釈である。女性ホルモン様作用の原因物質として、餌に含まれる大豆粕、メスが排出する女性ホルモンが考えられる。
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