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7. 体内動態

7.1 体内動態に関する基礎知識37)
 化学物質が生体と接触してから排泄にいたる過程を、吸収―分布―代謝―排泄という一連の流れで考えることを体内動態という。この一連の流れは、女性ホルモン様物質では標準的には次のようになる。

イ)女性ホルモン様物質は適度の脂溶性があるので、消化管から比較的容易に吸収される。
ロ)体内分布についての報告は少ない。ビスフェノールAの例では肝臓と腎臓、消化管での濃度が高いという38)。いずれも代謝、排泄に直接関係する器管である。
ハ)代謝とは吸収した化学物質を体外に排泄するために、酵素の働きによって水溶性を高 めるプロセスである。化学物質は一般に次の2段階で代謝される。第1段階は酸化、還 元、加水分解などによって -OH, -COOH, -SH, -NH2などの官能基を付加するプロセ スである。第2段階は水酸基(OH)などに、体内で生成するグルクロン酸や硫酸などを 結合(抱合)し、さらに水溶性を高めるプロセスである。第1段階は物質毎に異なる反 応となるし、動物種による差も大きい。しかし、第2段階はそれに比べれば単純な反応 である。女性ホルモン様物質は水酸基があるから、第1段階は必要なく、第2段階のみ なので、物質毎の差や動物種差は少ないはずである。
二)排泄:女性ホルモン様物質はグルクロン酸抱合され水溶性となり、胆汁および尿へ排 泄される。分子量が大きいと主に胆汁へ排泄され、分子量が小さいと尿に排泄される。 ラットでは350±50、サルでは550±50、ヒトでは500±50以上の分子量の化学物質が 胆汁に排泄されやすい。女性ホルモン様物質の分子量は200〜300である。グルクロン 酸抱合されると分子量は175増えるので、375〜475となる。したがって、女性ホルモ ン様物質はラットでは主として胆汁から糞に、ヒトやサルでは主に尿中に排泄される。
ホ)腸肝循環:胆汁に(肝臓から十二指腸に) 排泄されたグルクロン酸抱合体は、そのま まの形では水溶性が高いので消化管から吸収されることはないが、大腸内細菌の働きに より脱抱合されると再び脂溶性となり消化管から吸収されて肝臓に戻る。これを腸肝循 環と呼ぶ。血中濃度がピークになって3〜4時間後に再びピークが観察されることで腸 肝循環のあったことがわかる。再吸収されなかった分は糞中に排泄される。尿中に排泄 される女性ホルモン様物質は抱合体で、糞中に排泄されるものは脱抱合された元の女性 ホルモン様物質となる。腸肝循環する場合は全身循環血には入らないので、血中の女性 ホルモン様物質の濃度は高くならない。しかし、体内からの排泄は遅くなる。ヒトの 場合では腸肝循環が多くないので血中濃度は高くなる。しかし、速やかに排泄される。 ビスフェノールAについてラットとサルで行った試験結果では、サルの方が血中最高濃 度は10〜20倍になるが、半減期が短いので、血中濃度の時間積算値では2倍程度と いう38)
ヘ)個々の物質については次の文献に詳しい。 DES39), EE40), E241), GE42,43,44), NP45), OP46), BPA38)。これらの物質の中で他の物質と差があり、追加の説明が必要なのは次の2点で ある。エストラジオール(E2)の代謝はグルクロン酸又は硫酸抱合されるだけでなく、エ ストロンやエストリオールなど活性の低い物質に代謝され、これらがさらにグルクロン 酸抱合される。エストロンなどに代謝される速度が速いので、E2の消失速度は他の女 性ホルモン様物質に比べて早い。ただし、何倍早いといえるほどのデータは報告されて いないようだ。ゲニステインを投与した場合、投与量の17.6%が尿中に、2.5%が糞中 に回収されたとという報告がある43)。他の物質に比べて回収率が低いようだ。これは 腸肝循環する間に腸内細菌によってグルクロン酸抱合が切れるだけでなく、さらに分解 されてしまう比率が他の物質より高いためである。なお、腸内細菌の働きは個人差が大 きいので回収率も個人差が大きい43)

7.2 グルクロン酸抱合の効果
 女性ホルモン様物質は消化管と肝臓でグルクロン酸抱合され、水溶性を高めることによって体外に排泄される。また、グルクロン酸抱合されると女性ホルモン様活性を失う。抱合されると、エストラジオールの活性は1/1,000になり47)、 ビスフェノールAの活性はなくなると報告されている48)
 女性ホルモン様作用の有無を子宮重量法で試験すると、同じ活性を示すのに、皮下投与に比べて経口投与では約10倍の投与量が必要である。正確にはE2では20倍2)、 EEで10倍49)、BPAで2〜20倍必要である50)。経口投与では消化管と肝臓を通過するのでグルクロン酸抱合され、また、腸肝循環するので全身循環血に入る比率が低下する。皮下投与ではグルクロン酸抱合されないまま全身循環血に入るという差によるのであろう。 女性ホルモン様物質は、血中では大部分が抱合体として存在する。残りは血中蛋白との結合体、あるいは、いずれにも結合していないフリーの形で存在する。
 大量の女性ホルモン様物質を投与した場合は、代謝能力が不足して非抱合体の比率が増加する可能性がある。ラットを用いてOPで行った試験では、投与量が50mg/kgに比べ200mg/kgでは非抱合体の比率が増加する46)。 これはグルクロン酸が枯渇することによる代謝能力の不足の結果かもしれない。

7.3 血中蛋白との結合
 血液中にはいった化学物質は、水溶性物質はそのまま血流に乗り、脂溶性物質は血液中のアルブミンなどの蛋白に結合して血流に乗る。ただし、脂溶性物質の全てが蛋白と結合するのでなく、結合していないものも存在する。非結合物質のみが細胞膜を通過する51)

 天然女性ホルモンであるエストラジオールは血中蛋白と結合しやすい。生理活性を示すのは結合していないものだけである。合成化学物質であるDESなどは血中蛋白と結合しないので、投与量は少なくとも作用は強く出るという見方がある。
 血中蛋白との結合性を調べた報告を2つ紹介しておく。結合していないフリーの比率は、E2 4.06%、DES 26.9%、GE 45.8%、BPA 7.84%、NP 1.34%、OP 0.31%であった52)。もう一つの結果では、E2が最もフリーの比率が低く、次いでGE、DESであった53)

7.4 胎児への移行
 母体と胎児の間には胎盤関門が存在する。この関門の性質は次のとおりである。
イ)脂溶性物質は胎盤を通過しやすい。水溶性の高いものは通過しにくい37)。したがっ て、抱合されず、蛋白とも結合していない女性ホルモン様物質は速やかに胎盤を通過 すると考えられる。
ロ)分子量が600以下のものが通過する。グルクロン酸抱合体は水溶性だが、分子量は600 以下なので徐々に通過すると思われる38)
ハ)血中蛋白の分子量は数万と大きいので血中蛋白と結合した女性ホルモン様物質は通過 できない。しかし、化学物質と血中蛋白との結合は可逆的で、結合型と非結合型は平 衡になっている37)

 日本人女性を対象としてGEの血中濃度を測定した例では、母体と胎児(臍帯血)では同程度になっているようである44)。 このことから、結合していない女性ホルモン様物質が胎盤を通過するだけでなく、抱合体もゆっくりではあるが通過できる。血中蛋白と結合しているものも非結合型が胎児に移行し、母体中の非結合型濃度が低下すれば解離して非結合型となり胎盤を通ると考えるべきであろう。定常状態では、母体と胎児の血中濃度は同じと考えていいのではないだろうか54)


8. ヒトと動物の種差

 DESについての、ヒトでの障害例と動物試験結果を比較することによって、ヒトではマウスよりも毒性が出にくいことを第4報で説明した27)。その原因は、ヒトの胎児はマウスやラットの胎仔に比べて女性ホルモン様作用に対する感受性が低いことにあるようだ。そう考える根拠を説明する。なお、この項はJ.H.Clarkの解説55)に負うところが大きいことをお断りしておく。

8.1 ほ乳動物の性分化に関する基礎知識56)
 単純に言えば、ほ乳動物は次の3段階で雌雄に分化していく。
第1段階:Y染色体をもつ胎児に精巣ができる。Y染色体をもたないと卵巣ができる。
第2段階:胎児の精巣が分泌する男性ホルモン(T)とミューラー管抑制ホルモン(MIS)の作用によって雄の生殖器が出来る。また、Tの作用で胎児の脳が雄性化する。TとMISの作用を受けないと雌となる。この段階では、卵巣は女性ホルモンをまだ分泌しておらず性分化に関係しない。
第3段階:思春期になると脳の指令に基づき精巣または卵巣が必要な性ホルモンを分泌する。そして、男性らしくあるいは女性らしくなる。

 女性ホルモン様物質の摂取による悪影響が懸念されるのは第2段階である。すなわち、ラットやマウスでは出生前後、ヒトでは妊娠8週〜22週である。

8.2 脳の性分化のメカニズム55,56,57)
 ラットやマウスでは胎仔の精巣が分泌するTが脳内でE2に変換され、そのE2が脳を雄性化する。胎仔の血中のE2はαフェト蛋白(AFP)と結合し、フリーのE2濃度を下げて胎仔の脳には行かないようにしている。一方、ヒトでは胎児の脳を雄性化するのはTであり、E2には脳を雄性化する作用はないようだ。その根拠を以下に示す。これは、ヒトやサルの胎児は女性ホルモンに対する感受性が低いと推定する有力な根拠となる。

イ)ラットやマウスの雌は胎仔あるいは新生仔の時期に、DESやE2に過剰に曝露され ると、性周期を失って持続的発情状態となる。これは脳が雄性化した証拠とみなされる。  ヒトの場合は、胎児期にDESに曝露された女子も正常な性周期を持っている58)
ロ)妊娠アカゲサルに男性ホルモンを投与すると、産まれた雌サルは雄の性行動をするようになる。 しかし、DESを投与しても産まれた雌サルの性行動は雄性化されない。
ハ)空間認知能力には男女差があり、男性の方が能力が高いことが知られている。 胎児期にTに曝露されると脳が雄性化するが、E2に曝露されても雄性化しないとことが、 空間認知力を検査することにより推定される。すなわち、先天性副腎過形成の女性 (胎児期に男性ホルモンに曝露される)は、空間認知能力が健常な女性に比べて高い。 一方、精巣性女性化症の患者(遺伝子的には男性で、精巣からTが分泌される。しかし、 男性ホルモン受容体が欠損しているため、Tは作用できない。)の場合は、脳でTはE2 に変換されて作用し得たにもかかわらず、心理的、行動的には脳は女性である。 (外部生殖器は女性型となるので、女性として養育される過程で心理的に女性化したと いう可能性もある)
ニ)DESに胎児期に曝露された女性と、曝露されなかった女性に空間認知能力に差は認 められない。ただし、DESに胎児期に曝露された女性は同性愛的あるいは両性愛的志 向が強いという結果も報告されている。しかし、影響ないという結果もあり、この点は明確でない。

8.3 妊娠中の女性ホルモンの血中濃度
 ラットの場合はまだ性分化が進行中(ヒトの妊娠3〜4か月に相当)に産まれてしまうこともあり、胎仔は女性ホルモンに高濃度には曝露されない。一方、ヒトでは妊娠すると女性ホルモン濃度が著しく高くなる。このこともヒトの胎児は女性ホルモンに対する感受性が低いはずという説を支持する。
 すなわち、成人女性の非抱合体のE2濃度は50〜250pg/mLである。妊娠すると黄体期の100pg/mLを維持するが、40日以降急増し400pg/mLとなる。40日以降は女性ホルモンは胎盤で分泌されることを示している59)。その後妊娠5〜8週で450、16〜20週で4,740、24〜28週で8,920 、36〜40週で22,600pg/mLと増加する60)
 成熟雌ラットでは非抱合体のE2濃度は14〜46pg/mLである61)。妊娠中の濃度は明らかでないが妊娠21日(出産直前)で全女性ホルモン(E2以外にエストロン、エストリオールを含む)として約300pg/mLという報告がある62)

 ラットでもヒトでも胎児血液中に大量のαフェト蛋白(AFP)が存在する。ラットの場合、女性ホルモンはAFPと強く結合し、フリーの女性ホルモン濃度を下げる。これに対して、DESはAFPとは弱くしか結合しないので、強いエストロゲン作用を示すと言われる。しかし、ヒトの場合は、AFPは女性ホルモンとほとんど結合しないのでフリーの女性ホルモン濃度を下げる働きはないと考えられている55,56)
 非抱合体全体のE2濃度、および非抱合体でかつ血中蛋白とも結合していないE2濃度の測定例を表―8に示す。これからヒトの胎児は高濃度の女性ホルモンに曝露されていると言える41,63)

表8

8.4 生殖器管の異常
 ヒトの胎児が女性ホルモン様物質に過剰に曝露した場合に現れる症状を知っておくことも必要であろう。DESの例では最も低い用量で認められる症状は女子の生殖器管の異常(膣の腺疾患)である。この異常が生じるメカニズムは次のとおりと推定されている。
 妊娠8週〜18週にミューラー管が子宮と膣の上部1/3に分化する55)。この時期に過剰の女性ホルモンに曝露されると、ミューラー管の上皮の成長が早まって子宮と上部膣に分化する。そして、子宮にあるべき上皮が上部膣に残ってしまい、膣の残りの部分の扁平上皮に置き換わらない。この子宮上皮は子宮内膜に似た腺を発達させる。思春期になって、卵巣が女性ホルモンを分泌するようになると、膣に残った子宮上皮が、子宮にあるかのように成長し始める。これが膣の腺疾患となる55,64)
 DESの疫学調査の例では腺疾患の発症率は妊娠2月までに服用を始めた場合は73%、17週以降に服用始めた場合は7%である。この調査集団では全員が同じ服用量(妊娠7週目で5mg/日、13週目で20mg/日)なので、服用開始時期による発症率の差はわかるが、服用量による差は求められない65)。 
 妊娠8〜18週はミューラー管が発育する時期で、しかも女性ホルモン分泌がまだ少ない。それで、この時期に女性ホルモン様物質に曝露されると問題になる。この時期を過ぎると血中女性ホルモン濃度は非常に高くなり、他の女性ホルモン様物質を加えてもほとんど影響はないであろう55)
 DESの事例では、男児は女児に比べて生殖器管に異常が出にくい。男児ではMISの作用でミューラー管が消失してしまうから異常が出にくいのであろう65)


9. おわりに

 本稿では女性ホルモン様物質によるヒトの健康への影響を考えた。女性ホルモン様作用と毒性の関係、特にヒトでの事例を重視して検討した。検討結果の要点は次のとおりである。
イ)女性ホルモン様作用の相対的な活性強さを物質毎に求めた。DESはビスフェノールAの20万倍の強さがある。
ロ)女性ホルモン様作用と毒性には密接な関係がある。子宮重量法での最小作用量と生殖 毒性試験での最小中毒量はほぼ同じと推定される。
ハ)かつて流産防止剤として使用したDES、経口避妊薬のEE、更年期障害緩和のためのホルモン補充療法として使われる天然女性ホルモン、食物に含まれるGEにはヒトでの豊富な使用経験がある。このことから、これらの物質の無作用量をまとめた。
ニ)イ)の相対活性とハ)の無作用量から、その他の女性ホルモン様物質のヒトでの無作用量が推定できる。
ホ)ヒトの胎児はラットの胎仔に比較して、女性ホルモン様作用を受けにくいようだ。
ヘ)ヒトの胎児が成人に比べ特に低用量で女性ホルモン様作用を受けるとは思えない。

 ところで、ヒトとラットの種差を調べていて不思議に思ったことが2つある。卵生から胎生に進化するに際して克服しなければならない障害の一つに、母体内に満ちあふれている女性ホルモンへの対応がある。ほ乳動物も、メダカのように遺伝子的には雄であっても女性ホルモンに曝露されると雌に転換するのであれば、産まれる子は全て雌になってしまう。ほ乳動物では、男性ホルモン(T)が作用しない場合には自動的に雌性化し、Tの作用だけで雄性化する方式を確立してこの障害を解決した66)。 胎児の脳を雄性化するのに、ヒトではTが作用する。ここまでは自然でわかる。しかし、ラットではTを脳内で女性ホルモンに変換してから作用させるのはなぜだろう。ヒトでは妊娠すると女性ホルモン濃度が非常に高くなるのはなぜだろう。これらはまだ解明されていない。
 後者に関連づけてJ.H.Clarkは次のような想像している。ヒトの女性は発情期を失ったという点で、他のほ乳動物にない特徴を持っている。妊娠中に女性ホルモン濃度が高くなったために、胎児の女性ホルモンに対する感受性が低くならざるを得ず、それが進んでやがて発情行動を失うことになった。これに適応できなかった雌は、雄性化し不妊となり淘汰された。妊娠中に女性ホルモン濃度が高くなったのは、多分脳が大きくなったことと関係があるのではないか。これらの点でチンパンジーは中間段階にあるという55)。 女性ホルモン様作用の動物種差を検討するのに、進化論的な観点からの考察も役に立つのではないだろうか。

 なお、本稿は私個人の見解を述べたもので、特定の団体の意見を述べたものではないことをお断りしておく。


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