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1. はじめに
「環境ホルモン」という言葉はメディア以外では使われなくなったので、本稿からタイトルも含め、「内分泌かく乱化学物質」と変更することにした。
これまでも述べてきたことであるが、内分泌かく乱化学物質問題は、PCBやダイオキシンなどの残留性有機汚染物質とビスフェノールAなどの女性ホルモン様物質とに区別して考えることが大切である。本稿では女性ホルモン様物質に対象を絞って類似点と相違点を検討した。
7種類の女性ホルモン様物質について、女性ホルモン様作用の強さの比較、女性ホルモン様作用と毒性の関係、ヒトの健康に悪影響のでない量について前半に整理した。また、後半ではin vitroスクリーニング試験結果、体内に吸収された後の代謝や排泄のされ方、および、ヒトとラットの動物種差についてまとめた。前半が舞台とすれば後半は舞台裏に相当する。舞台裏は見る必要はないが、知っていると理解が深まる。後半部分は少し難しいかもしれないが、最後まで読んでいただきたい。
本稿によって、ビスフェノールAなどのヒトの健康への影響がどの程度であるかわかるだけでなく、新たに女性ホルモン様作用をもつことが判明した物質の毒性の程度を推定しやすくなる。
なお、特に断らない限り経口投与の試験結果を使用している。ヒトが女性ホルモン様物質を摂取するのは経口だからである。
2. 女性ホルモン様物質
天然の女性ホルモンであるエストラジオールと化学構造が似ており、女性ホルモン様作用を示す化学物質を本稿では女性ホルモン様物質と呼ぶことにする。すなわち、エストラジオール(E2)以外に、合成女性ホルモンでかつて流産防止のために使われたジエチルスチルベストロール(DES)、経口避妊薬として使われるエチニルエストラジオール(EE)、大豆などに含まれている植物エストロゲンであるゲニステイン(GE)、合成化学物質で日常的に使われているビスフェノールA(BPA)、ノニルフェノール(NP)、オクチルフェノール(OP)が該当する。本稿ではこれら7物質についての検討結果をまとめたものであるが、他の女性ホルモン様物質についても参考になると考える。
女性ホルモン様物質は、女性ホルモン様作用の強さに大きな差があるという点を除けば、非常によく似ている。すなわち次の共通点を持っている。
- 化学構造が似ている。分子量は200〜300でフェノール性の水酸基を持っている。
- 水酸基があるので体内に吸収されても、すぐに肝臓でグルクロン酸抱合されて水溶性となり速やかに排泄される。一日で大半は排泄される。
- 女性ホルモンレセプターと結合して作用を示す。
- グルクロン酸抱合体になると女性ホルモン様作用を失う。
- 沸点が高い(蒸気圧が低い)ので、大気汚染型ではなく、水環境汚染型である。
- 生分解性は良くないものが多いが、分解しないわけではない。
- 体内に吸収されても排泄されやすいので濃縮性は低い。したがって、水生生物に悪い影響を与えることはあっても、食物連鎖を経由してのヒトの健康への影響はないであろう。
これらの物質の物理化学的性状を表―1にまとめておく。
3. 女性ホルモン様作用の強さの比較
女性ホルモン様作用の有無、その強さを検査する方法として、ラットを用いた子宮重量法が用いられる。試験内容は次のとおりである。まだ卵巣から女性ホルモンを分泌していない未成熟のラットに3日間、化学物質を経口投与する。4日目に解剖し子宮の重量を測定する。子宮の重量が、化学物質を投与していない対照群に比べて増加しておれば、その化学物質には女性ホルモン様作用があると判定する。
子宮重量法による女性ホルモン様作用の強さの比較を表―2に示した。表―2の試験結果は子宮重量が有意に増加した用量である。また、括弧内の数字は無作用量である。例えばGEの28(11)は、28mg/kg/日で子宮重量が増加し、11mg/kg/日では影響なかったことを示す。原則として未成熟ラットを用いた試験結果を採用したが、文献3,4,5,7は卵巣を摘出して女性ホルモンを分泌できなくしたラットを用いた試験結果である。最小作用量は、複数の試験結果がある場合は最も低い量で影響が出た結果を採用した。相対活性はE2を1として最小作用量の逆数として求めた。
4. 女性ホルモン様作用と毒性
女性ホルモン様作用があると言うだけでは毒性があるということにはならない。女性ホルモン様作用が毒性の原因になるかどうかは、生殖毒性試験をして調べる必要がある。生殖毒性試験とは親に投与して子への影響をみる試験で、内分泌かく乱による毒性をみるのに最も適した方法である。しかし、生殖毒性試験は5千万円から1億円と非常に高価である。子宮重量法は2百万円程度だ。したがって、子宮重量法での結果から、生殖毒性試験の結果を予測できると役に立つ。
表―3は子宮重量法での最小作用量と生殖毒性試験の最小中毒量を比較している。生殖毒性試験の最小中毒量は子宮重量法での最小作用量と同じか、少し高い量であることがわかる。表―3で採用したデータ、特に生殖毒性試験のデータは、試験条件、発現した毒性の種類や試験機関が異なる。したがって、多少の誤差があることを考慮しなければならないので、子宮重量が有意に増加する最小作用量が、概ね生殖毒性試験での最小中毒量になると予測するのが妥当であろう。
それぞれの物質の生殖毒性試験結果の概要を次にまとめておく。
[DES]マウスを用いた1世代生殖毒性試験。餌中濃度50ppb(0.0075mg/kg/日に相当)で58%が妊娠しなくなった。10ppbでは顕著な影響なし11)。
[EE]妊娠マウスに7日間(妊娠11-17日)0.01mg/kg/日を投与した。産まれた子供を10-14週齢で検査した。子宮内膜での嚢胞性腺過形成と卵巣での卵胞変質が認められた12)。
[E2]ラットを用いた1世代生殖毒性試験。餌中濃度10ppmで子供は産まれず。2.5ppm(0.16mg/kg/日)で体重低下と雄の成熟(包皮分離)遅れ、雌の成熟(膣開口日)の早まりが認められた13)。
[GE]生殖毒性試験のための予備試験結果が3件報告されている。
- 妊娠7日目から生後50日まで投与。餌中濃度625ppm(67mg/kg/日)で性周期の乱れが認められた14)。
- ラットに妊娠日から生後56日まで投与。餌中濃度1000ppmで膣開口日が早くなった。200ppmでは影響認められず15)。
- 妊娠5日目からラットにゲニステインとダイゼインの混合物500ppmを含む餌で飼育し、出産直前に検査した。胎児数の減少と胎児の体重低下が見られた。これは速報である16)。
[NP]3世代生殖毒性試験。650ppm(50mg/kg/日)で膣開口日が早まった。200ppmでは影響なし17)。
[OP]2世代生殖毒性試験。最高用量の2000ppm(150mg/kg/日)でも生殖毒性は認められず18)。
[BPA]生殖毒性試験が3件実施されている。
- ラットを用いた1世代生殖毒性試験。150mg/kg/日以上で親動物および子に体重低下がみられた。しかし、450mg/kg/日でも繁殖性には影響なし19)。
- ラットを用いた1世代生殖毒性試験。最高用量50mg/kg/日で影響なし19)。
- マウスを用いた2世代生殖毒性試験。最低用量437mg/kg/日でも肝臓と腎臓の重量が増加した。精巣上体と精嚢の重量が低下した19)。
表―4は、表―3に急性毒性(半数致死量)と何らかの試験での最小中毒量を追加したものである。何らかの試験というのは、生殖毒性を含め慢性毒性などの試験での最小中毒量のうち最も低い値である。
女性ホルモン様作用の強い物質DES,EE,E2,GEは、女性ホルモン様作用による毒性がその物質の毒性となる。しかし、NP,OP,BPAは女性ホルモン様作用でなく、他の作用による毒性が支配的であることがわかる。このような物質は内分泌かく乱化学物質と呼ぶべきでないと考える。
なお、急性毒性はどの物質も弱い。これは、女性ホルモン様作用の有無は急性毒性には影響が少ないことを示している。
5. ヒトでの無作用量
ヒトの健康への影響を考える場合は、ヒトでの事例を調べることが重要である。表―5には、ヒトに悪影響がないと推定できる例を示した。
相対活性は表―2の値である。摂取量と相対活性をかけたものが補正摂取量となる。表―5からビスフェノールAの許容摂取量も実際摂取量も各種の無作用量に比較して十分に低い値であることがわかる。
表―5のうちDESとEEについては妊娠中に摂取しても胎児には影響がなかったと推定できる量である。したがって、女性ホルモン様物質が成人に比べ特に胎児に低用量で作用するわけではないことがわかる。
表―5に示した無作用量や摂取量の根拠を説明しておく。
DESの無作用量については私の推定値である27)。最も危険な時期である妊娠3〜4月での母親の服用量で示している。産まれた子供が男子の場合は何の影響も認められなかったという疫学調査結果がある。これから無作用量を2mg/日とした。産まれた子供が女子の場合は1mg/日でも頻度は低いが影響が認められる。これの1/10である0.1mg/日を無作用量と推定した。
EEの0.035mg/kg/日は経口避妊薬として使用される量である。避妊効果があるのだからホルモン作用は明らかに認められる量である。しかし、妊娠したのに気づかず服用を続けた場合も胎児に奇形は認められない28,29)。米国食品医薬品局(FDA)は1988年に、それまで経口避妊薬に必要だった「妊娠中に服用すると奇形児が産まれる恐れがある」という警告ラベルの貼付を不要と決めている29)。
E2の無作用量と許容摂取量は、1999年2月にFAO/WHOの食品添加物に関する専門委員会が食肉中の許容残留ホルモン量を決めるために求めた値である22)。無作用量0.25mg/日は、閉経後の健康な女性に3週間投与しても卵胞刺激ホルモン(LSH)とホルモン結合蛋白(SHBG, CBG)濃度に影響しない量である。また、この量では更年期障害のためのホルモン補充療法としての効果も期待できない。E2の許容摂取量0.0025mg/日は上記の無作用量0.25mg/kg/日の1/100である。ヒトの無作用量から許容摂取量を求める場合、安全係数は個人差として1/10を取るのが普通だが、E2については感受性の高いヒトを考慮して1/100にしている。
GEは日本人の摂取量である。ゲニステイン(GE)が13.46mg/日、ダイゼインが12.01mg/日と報告されている30)。女性ホルモン様作用の強さはダイゼインはGEの約1/10なので、GEとして15mg/日とした。この値は平均摂取量であって、2〜3倍食べる人もいるだろうから余裕のある無作用量といえる。例えば、毎朝納豆(50g)を食べる人はそれだけでGEを20mg摂取することになる。
ビスフェノールAの許容摂取量は、慢性毒性試験で50mg/kg/日で体重がわずかに低下したことをベースに決められている。50mg/kg/日は最小中毒量なので最大無作用量はその1/10である5mg/kg/日と推定し、その1/100である0.05mg/kg/日を許容摂取量としている26)。体重を50kgとすれば2.5mg/日となる。また、実際の摂取量は許容摂取量の1/100以下である。
6. In vitroスクリーニング試験
化学物質に女性ホルモン様作用があるか否かのスクリーニングを行うin vitro試験法には数種類あるが、ここでは女性ホルモンレセプターとレポーター遺伝子を組み込んだ酵母を用いる試験結果を採用した。この試験結果を用いたのはデータが豊富にあることと、試験報告毎のバラツキが他の試験に比較して小さいことを重視したためである。表―6ではE2の活性を1とした相対的な活性の強さで示している。
表―2と表―6をもとにして、女性ホルモン様作用の相対活性を子宮重量法の場合とin vitro試験の場合を比較をすると表―7となる。
子宮重量法の試験結果はin vitro試験に比べてE2に対する相対活性が10倍程度強くなる。DESだけは100倍程度強くなる。経口投与での動物実験ではin vitroの場合に比べて作用が弱くなる。その作用の弱くなる程度が物質によって差がある。E2は作用の弱くなり方が最も顕著であることを示している。詳細は次の体内動態の項を参照願いたい。
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