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『環境と公害』創刊30周年記念講演会開く

宇沢弘文氏 :いままた地球環境は大きな節目を迎えている
原田正純氏 :"終わっていない水俣病"にきちっと対応したい
宮本憲一氏 :"環境再生"には市民の世論と運動が不可欠


 

会場は約400人の聴衆で立ち見も出たほど (法政大学市ヶ谷キャンパス)
日本環境会議(JEC)の準機関紙『環境と公害』創刊30周年記念講演会が同編集委員会の主催で10月21日、東京・市ヶ谷の法政大学で開催された。同誌は1971年『公害研究』として岩波書店から発行され、92年現在の書名になった。創刊当初から公害問題、環境問題に真正面から取り組み、環境問題のオピニオンリーダーであり、若手研究者の論文発表の登竜門の役割も果たしてきた。
30周年を記念して宇沢弘文、原田正純、宮本憲一3氏の記念講演が行われたが、その概要を紹介する。

【司 加人】


 



《地球温暖化問題の経済学》
宇沢弘文さん
宇沢弘文さん

宇沢弘文(日本学士院会員・東京大学名誉教授)

  • 『環境と公害』は創刊30周年を迎えたが、「地球環境」も大きく変化したこの30年であった。その最初の節目は1972年、ストックホルムで開かれた国連環境会議であった。この会議は60年代に6万近いスウェーデンの湖沼がイギリスや東欧などの工業生産活動に起因する酸性雨によって、木も枯れ、魚も住めなくなったことから、スウェーデン政府は環境問題は国境を越えた国際問題だとして、国際会議の開催を発議した。この時、宇井純さん(現沖縄大学教授)の発想で原田正純さん(現熊本学園大学教授)らが水俣病の患者さんたちをストックホルムに案内し、世界中に大きな衝撃を与えた。水俣病はこの時MINAMATA病=公害になった。

  • 次の節目はそれから20年後の92年にブラジルのリオデジャネイロで開かれたUNCED(環境と開発に関する国連会議)であろう。地球温暖化、希少動植物の絶滅など地球全体の環境問題がテーマになり、有毒な化合物もクローズアップされた。

  • このような節目を経て、いままた大きな節目にさしかかっていると考える。さまざまな環境汚染が結局は発展途上国の人たちを犠牲にし、実質的な被害は子供や孫の世代に及ぼうとしているからだ。この300−350年の間に地球の平均気温は3−4℃上がっているとされている。こういう現象は48億年の地球の歴史の中でなかったことだ。
    そして、これから100年くらいの間に地球の様々なところから悲劇的な現象が起こると予測されている。たとえば、中国の上海は地盤沈下が激しく、21世紀の終わりには人々は住めないのではないかと言われはじめており、ヒマラヤ山系の氷が溶け始めて三つの川はバングラデッシュなどに大洪水をもたらすという警鐘もある。

  • 近く(11月13日〜24日)COP6(第6回気候変動枠組み条約締約国会議)が開催されるタイミングだが、もっとも問題なのはアメリカが地球温暖化対策をなにもやらないことだ。その理由は明白で、自動車産業の力が強いためで、はっきり言うと、CO2を発生するエネルギーを大量に使わないとアメリカ人の生活は成り立たないために消極的なわけだ。

  • しかし、地球の温暖化は農業、漁業への影響が極めて大きい。とりわけ漁業への直撃は大きく、かつて13存在した世界の有力な魚場のうち、すでに9つが絶滅し、残り4つもカレイやヒラメなどの高級魚は獲れなくなってしまった。このほか地球温暖化は予期できなかった影響をもたらしている。

  • それでは、この地球温暖化にどう対処したらよいのか―ということだが、ごく最近、ヨーロッパを回っていくつかのヒントを得たので披露したい。 その第1は、ドイツ国境に近いフランスのストラスブールの例だ。10年前から素晴らしい自然を復活させる作業が続けられている。ストラスブール自体の人口は25万人、周辺を集めると45万人のコミュニティだが、集合自治体が27ある。それらが自発的に「自動車は悪」という考えで、ドゴール政権時代にとられたルノーの国営化などによる環境破壊から、街の中への車の乗り入れの制限などを行っている。これには中央政府は一切口出しをしないという。
    第2は、ルール地方のエムシャーパーク計画で、かつて鉄鋼共同体、石炭共同体の中心地であったルールは日本や韓国の鉄鋼業の発展により工業生産が壊滅的になり、いわば工業荒地化していたが、いまやEU主導で大規模の再興計画が進められている。20−30のベンチャー企業が進出している。
    そして第3は、ダイムラー・ベンツ社の考えと動きだ。92年のリオ・サミットの結果に自動車メーカーとして危機感を抱き、全社的方針として@100%近い材料のリサイクル Aエネルギー(水素エンジン)の転換 B生物学的メカニズムの利用の3本柱を打ち出した。いまや研究開発費の2分の1は環境問題分野に使っているという。



《水俣病からの警鐘とメッセージ》
原田正純さん
原田正純さん

原田正純(熊本学園大学教授)

  • ご承知のように、水俣病は和解までに40年かかった。しかし、私は和解ですべてが終わったとは毛頭思えない。どうしても何が原点なのかを究明したいと思っている。

  • そういう意味で、「医学」というレベルで見ると、この事件はすごいことだ。第1は、汚染によって中毒が起こったのは水俣病が初めてであること。ギリシャ時代以来、内外で中毒事件はあったが、それらのどれもが直接中毒あるいは職業病だった。環境汚染しかも食物汚染による中毒は水俣病が初めてだ。第2は、発生のメカニズムの特異性という点で、医学的にはとんでもないことだ。これを踏まえなかったので40年もかかってしまった。

  • 行政も医学も初めての経験故に戸惑い、迷いがあった。しかし、それは免罪符にはならない。むしろ、医学という枠の中に閉じ込めたことが失敗だった。もっと早く初期の頃から社会科学の先生たちがこのことに関心をもち、踏み込んでくれれば違う展開をたどったと思う。

  • メカニズム的に言うと、希釈された毒が自然の力により無毒化した時代は確かにあったが、水俣病はその枠を越えてしまった。豊かな海だったのが逆にあだになったと言ってもよかった。その意味では自然を甘くみたというか、自然に甘えすぎたのだ。水俣の、有明の海がもっと早く目いっぱいになっていたら悲劇は小さかったとも言えよう。

  • 40年の歴史の中には大小様々なことがあったが、72年頃、当時の水俣市長を中心にして「水俣病変更運動」という奇妙な署名運動が起こされた。要は、水俣病という名称ではいつまでも水俣のイメージが良くならない。水俣病は有機水銀中毒なのだからそれでいいではないかということで、市民の半分が署名したといって行政や医学界へ働きかけた運動だ。実に寂しかった。自分が患者の立場だったらどういう思いがするかという視点がまったくない。この点が「水俣病」の本当の問題点なのに。されに言えば有機水銀中毒と水俣病は違うのだ。

  • もう一つ特筆すべきことは、水銀は胎盤を通らないというそれまでの医学の定説を破ったことだった。へその尾の水銀の量はチッソのアセトアルデヒドの生産量と比例している。環境を汚すということは子宮を汚すことであり、故に「子宮は環境だ」と言える。こういう意味で、カネミ油症、ダイオキシン、環境ホルモン問題などは、実は水俣病から起こっているということを理解してほしい。

  • 残念なことに昨年亡くなった、患者さんのリーダーであった川本輝夫さんといろいろ議論した中で、水俣病を脳梗塞だという見立てが出ていた時、彼がある日、「脳梗塞の人が魚を食べたらどうなる?」と言ったことがある。瞬間頭がガーンときた。一言で表すと「参った」だ。医者にはそれぞれ鑑別診断というのがあり、私の場合、その川本さんの一言でそれがひっくり返ってしまった。彼はもう一つ聞いてきた。「水俣病は昭和35年に終わったというがどうしてか? 何の根拠もない。単に研究者が水俣から離れたに過ぎない。住民は恐くて魚を食べなくなったに過ぎない」と。真実を突いた現場の人の言葉だった。

  • 96年の和解の際に、関西訴訟を除く1万数千人の未認定患者が3グループに選別された。「健康手帳」グループ8565人、「保健手帳」グループ1187人と「棄却」1781人であったが、この際の判断基準、判断材料はいまだに理解し難いものだ。というのは、初めの仮説が本説になってしまい、その後、新しい事実が出てきても変えないという、きわめて非科学的だからだ。

  • 「水俣病」はまだ終わっていないという証左を上げると、最近、鹿児島で2人の胎児性患者が認定されたことからも言える。医学的に見て、腰を抜かすような人がまだ残っている。いま40歳代、50歳代の人に水俣病は厳然と残っている。海外の例ではフィンランドやカナダに、「日本をベースにしたら水俣病患者はいない」と両国政府は言うが、明らかにそうである人が私の診察からは認められる。要は、何をもって「水俣病」とするかだ。

  • 「水俣病」の教訓を何か生かそうとするなら、今後100年も200年も研究する価値があろう。そのためには医学者としての立場を明らかにし、人の命を大切に考え、学問間の枠や大学の枠や素人と専門家の枠などをとっぱらってバリアフリーにし、システムを変革する学問としての「水俣学」という、正しい学問を確立していきたい。その一助になれば幸いと考えている。



《『環境の世紀』を求めて》
宮本憲一さん
宮本憲一さん
前身の『公害研究』(奥の方)と現在の『環境と公害』。
30年間に発行されたすべてが展示された。

宮本憲一(大阪市立大学名誉教授)

  • 「環境学栄えて環境滅びる」という名言があるが、これは言い換えれば「環境の情報多くして政策の混迷深まる」ということだと理解している。なぜこういうことになったか? それは、被害の実態、予測が不明確のために、責任の追及があいまいになっているためではないか。理論的間違い、とりわけ国際的にその傾向が強いことを痛感している。

  • いま、大学等で「ゴミ」を中心にしたいわゆる環境教育が盛んだが、確かに消費者−国民に責任の一端はあるが、市民の個人的努力では解決できない。しかし、現実にはそこに解決の責任を追い込んでいまいか。環境問題の被害は社会的序列があり、弱者にまず集中する。政治・経済システム、それを動かしている企業とそれを支えている政府の責任を明確にしないと問題の根本的解決はありえないと考える。

  • 全世界的な視野で考えると、環境問題のグローバリゼーションを規制する国際的な行政や司法組織がないことが重要な問題だ。92年のリオ・サミット−COP3で温暖化の削減目標は決まったが、現状はむしろ増加する傾向にある。UNEPも「2000年レポート」で「地球温暖化阻止は手遅れになろう」と指摘している。

  • 経済のグローバル・スタンダードと同時に環境のグローバル・ミニマム確立の組織が必要だ。たとえば、WTO(世界貿易機構)に対抗する「WEO」(World Environment  Organization)とか、「環境保障理事会」の創設を考えてもよいのではないか。

  • いま、私が危惧していることは軍事行動のグローバル化が進んでいて、それが環境問題に影響を与えていることだ。9月にインドのボパールへ行く機会を得た。ご承知のように、84年12月2日に米国の有力化学会社UCCの農薬工場のメチルイソシアネート(MIC)の貯蔵タンクに洗浄用の水が混入して発生し漏れた有毒ガスが40万平方キロに煙のように拡散した結果、1週間で2500人(当時推定)が死亡(UCCは1408人としている)、50万人が影響を受け、生存者の2分の1から3分の1がその後、ガン症状で苦しんでいるという史上に残る事故があった。そして、事故から16年たったいまも被害者の完全救済はされていない。むしろ、被害は継続され、いまだに死亡者が出ている。被害者と家族の生活は困窮している。いまだに毎週土曜日に数百人規模の抗議集会がもたれているという。

  • 許し難いのは、アメリカの現財務長官のサマーズが世界銀行の副総裁だった時に、いわゆるサマーズ・メモなるものを残している。いわば公害輸出のガイダンスみたいなもので、一言で言えば「環境意識の低いところ(国)へ公害は輸出しろ」というものだ。これこそまさに"経済のグローバル化による環境問題"と言えよう。

  • 記憶に新しいが、今年、沖縄でサミットが開催された。これは、明らかに普天間から辺野古へ基地を移転するための対策である。クリントン大統領の平和の礎での演説も県民の期待通りではなかった。極東に米軍基地が存在するのは不公平であり、基地の存在により犯罪と公害が起こっていると明言して良い。

  • 沖縄特有の、いわゆる思いやり予算は米兵1人あたり年間1500万円に相当する。これはかつて米国の財政危機の時代に取られた措置だ。しかし、いまや未曾有の財政危機にある日本から、未曾有の財政黒字のアメリカへカネが流れているという極めてナンセンスな現象となっている。日本政府の明確な沖縄政策の失敗だ。この25年間に5兆円の公共事業が沖縄で展開されたが、これで沖縄は自立したか? まったく逆である。そういう中で、最近、沖縄の有力知識人の中に基地容認論が出てきたのにはショックを受けている。

  • それにしても思い出すのは、70年に都留重人先生と北部の大宜味村へ行った時のことだ。独創的な発想を持つ村長が地元の資源を軸にいろいろなものを開発したり、復興したりしていて大変感動した。これが「内発的発展論」のきっかけになった。

  • 21世紀に向かって沖縄の基地を撤去できないのか? ベルリンの壁のごとく。できると思っている。それには@思いやり予算をやめることだ。思いやり予算は日米基地協定違反だからだ。A米軍基地公害を本土並みになくせ。そのためには基地の情報を公開し、汚染の浄化をし、環境アセスメントを行え―少なくともこの二つを日本政府がやれば事態は解決に向かって動くと考える。そして、これらは極めて常識的なことだ。これらを含めてボパールと沖縄はいまのグローバル社会問題を象徴していると言えよう。

  • 99年にシアトルで開かれたWTO総会が合意に至らなかったのは一つの新しいきっかけではないか。国際組織の民主化とは何か?ということに答えがなく、それなのにグローバル化が起こっていることはこれから益々問題化しよう。NGOの意見を通すことが唯一のチェックだ。

  • しかし、ひるがえってNGO側にも真の市民を代表するNGOが定かでない。また、日本国内の市民運動にも問題がある。70−80年代の日本の公害運動はどこに消えてしまったのか? 少なくとも地球環境問題では新しい手法を確立してほしい。地球環境問題は足元からではないか? 汚染源はすべて身の回りにある。自治体が環境汚染物質の実態を調べて情報公開し、防止協定を汚染源と結んだりするというようなセント・グローバリー、アクト・グローバリーは市民にとって重要な問題ではないか。

  • 公害問題と環境問題をシステムの問題として解決する市民の世論と運動を進めることを改めてスローガンにし、"環境再生"を当面の研究課題にしたいと考えている。





*日本環境会議
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