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日本衛生学会ワークショップ
「保健・予防」と生命倫理『遺伝子医療時代の疫学研究』開く

"研究推進優先"の国家プロジェクトに強い懸念





日本衛生学会ワークショップの「保健・予防」と生命倫理の第3回目が9月15日、東京・お茶の水のお茶の水スクエアで開催された。 今回のテーマは「遺伝子医療時代の疫学研究」。遺伝子医療の本質・問題点について医学・医療問題の研究者、市民グループがそれぞれの立場から意見を述べるとともに、 分子遺伝学やヒトゲノム解析計画の進展にともない、ガン、高血圧、肥満などの生活習慣病の発症に関する遺伝子が発見され、予防・治療への応用のために個々人の 遺伝子多型を調べることを目的に国家プロジェクトも開始されたが、人々の遺伝子情報を解析することは差別や人権侵害などの諸問題を派生する危険性もあり、この是非を判断する上で不可欠の市民の視点からの指摘が目玉講演となった。最終パートでは全講演者による総合討論も行われた。 各発表の概要は次の通り。

【誉 礼】





■生物医学の「最高段階」としての遺伝子医療?!…我々の批判的スタイルはどうあるべきか
村岡 潔(仏教大学・文学部助教授)

  • 遺伝子を中心に見ることは危険であり、むしろ"一つのモデル"と考えるべきではな いか。
  • 特定原因論は間違っているとは思わないが、単純な原因に短絡することに問題はあるのではないか。
  • エイズ、かぜ症候群、多くの神経疾患、高血圧や糖尿病など診断法は成立しても治療法がない病気が多々ある。しかし、近代医学はどの病気に対しても予言を行ってきた。そして、その予言を無視できないできた。ただ、因果関係の真偽を問わずに強固な一元論的医療思想に支配され、呪縛されてきたことは問題だ。
  • 今後、DNAをどう見ていったらよいか? 「人間」と「ヒト」の二つの視点から、相互に独立した体系として扱うことが可能であり、文化社会的尺度で見るべきではないかと考える。





■遺伝医療・ゲノム解析・遺伝子社会・障害と福祉…本質的な問題は何か
長谷川知子(静岡県立こども病院遺伝染色体系医長)

  • 「遺伝」が社会の主要なキーワードになってきた。ある面では当然の流れとも言えるが、 反面、大きな問題が人間や人間を超えた地球規模でも山積している。総合的、具体的に把握し、対処することが重要と考える。
  • いま日本社会に存在する「7つの大障害」を挙げたい。
    それらは、
    @説明がまともにできない言語化障害
    A断片的・部分的でしかないのに全体的と錯覚
    B誤りの訂正が客観的・論路的にできない
    Cコミュニケーションの何たるかがわかっていない
    D目的と目標や、プロセスを分けて考えられない
    E問題提起の隣りに問題解決があると思っている
    F科学の本質がわからず技術や宗教と混同−
    である。これらの原因は何か。生活やセンスを軽視した教育マインドコントロールにあるのではないか。
  • そして、薬害問題に端的に現れているように「すり替え」と「すり抜け」の甘い関係が横溢し、かつ繰り返されている。とくに初等教育に問題が多いと考える。多くが客観的に自らをみつめることで解決策が見出せるのではないか。
  • 「ジェンダー」の問題もある。これはホルモンではなく、生物的能力だ。男性と女性の思考法は直鎖型と平面型に分けられるという。日本社会では男性型の思考法が優位とされ、それが育児から初等教育の段階まで刷り込まれ、そのため真の男女共同参画社会ができないままになっている。そして、それが遺伝子社会や出生前診断などの先端的生命操作技術の到来に対しても部分的・断片的にしか対処できないでいるのではないかと考える。





■国立循環器センター「吹田研究」の問題…市民感覚と保健医療研究者の倫理意識との乖離
利光恵子(優性思想を問うネットワーク)

  • 我々は遺伝子医学や先端医療技術のもつ様々な問題点、とくにこれらの技術がはらむ生命操作や優性思想の問題に市民の立場から考え行動している。
  • 昨年、新聞の小さな記事が発端となって遺伝子解析問題にぶつかった。国立循環器病センター(国循)は1987年から「吹田研究」と称して都市部住民を対象に疫学研究を実施しており、その柱の一つが市民約5000人を対象にした継続的な集団検診で、この場を利用する形で14種類もの遺伝子解析が無断で行われた。そして、この計画が国が進めるミレニアム・ゲノム・プロジェクトの一環と位置付けられていることを知り、問題大として公開質問状の提出や直接交渉を行ってきた。
  • この問題はあたかも「無断」だけが問題視されているが、それだけではない。また個々人の同意書があればよいという問題でもない。我々は市民が健康診断の目的で訪れる集団検診の場で"プライバシーの塊"とも言うべき遺伝子情報をいっせいに収集しようとすることに強く反対しているのだ。
  • 計画の内容や実行を知ることによって、いくつかの問題点が浮き彫りにされた。それは研究推進のみが優先され、研究を効率的に進めるためにいかに便宜をはかり、手順を簡略化・省略化・あるいは抜け道つくりを行っているかということだ。
  • プロジェクト開始に向けて遺伝子解析に関わる指針や原則の作成作業が進められたが、ほとんどが形骸化され、倫理委員会なるものに諮って決められるということだが、委員として市民の立場の参加は定められているものの、地域の顔役、既存の医療機関肝いりの患者会の代表では批判勢力たりえない。
  • ガイドライン制度を受けて、ミレニアム・プロジェクトは走り出したが、残された問題は大きく、これからも市民が本当に必要とする医療は何かを考えたい。





■予知医療の行方…生活習慣病の遺伝子診断が意味するもの
白井泰子(国立精神・神経センター精神保健研究所社会文化研究室室長)

  • ヒトゲノム研究の急速な展開で、21世紀は遺伝子医療・予知医療の時代と喧伝する声が高まっている。確かに、ヒトゲノム計画およびヒトゲノム研究の成果が生活習慣病などの感受性診断に現れた。しかし、最終ゴールではなく、また決してばら色ではない。
  • ヒトゲノム計画の研究成果が医療にもたらした最大のインパクトは種々の遺伝子検査を可能にしたことであろう。これまでの医学検査による情報にはない情報価が含まれている。
  • 遺伝治療という枠組は医療者が治療に誠実に取り組もうとすればするほど倫理原則や行動行動準則が重い足かせにならざるを得ないという矛盾をはらんでいる。
  • 遺伝医療のELSI(倫理的・法的・社会的問題)にどう対処すべきかという問題でヒトゲノム研究の倫理問題の本質とすることは誤りで、むしろ本質はヒトの生命の最小単位への還元と再構成のノウハウを手に入れ、これを用いて人間の限りない欲望にどこまでも応えて行くことを良しとする暗黙の前提に由来していると考えるべきであろう。







個人発表の後、土屋貴志大阪市立大学助教授をコーディネーターに全講演者による総合討論が行われ、聴衆側から出された質問を中心に概要以下のようなテーマが討論された。

  • 生活習慣病たとえば糖尿病が遺伝的になりやすいと決まったら、その病気を治療してゆく上で、現場のチーム(薬剤師、管理栄養士、検査技師など)はどう動いていくのか。遺伝なら逃れられないからとあきらめてしまった人に対して、栄養指導などのサポートに支障が生じないか心配。
  • 一般の人を含めて、障害者自身が「遺伝」ということをどう考えてゆくのか。
  • 遺伝子診断をして、治療ができない場合どうするのか?
  • 選択的中絶を前提にした出生前検査の受検について。受検者が選択的中絶を前提として検査を受けたいと考えている場合どのようなカウンセリングをしているのか?
  • 行為に関する一般的倫理原則の「正義の原則」について。研究における個人の利益と公共の利益(研究からもたらされる成果)はどのようにバランスをとってゆけばいいのか。
  • 吹田研究について、もう少し詳しく説明を。
  • 国立循環器病センターのやった吹田研究は問題として、疫学研究まで否定されるつもりか?
  • 生物学的決定論の呪縛性から自由にものを考えるにはどうすればよいか。








まったくの門外漢のため専門用語を含めて理解度が浅い部分も多々あった。したがって、この感想は関係者や専門家にしたら"素人のたわごと"かも知れない。しかし、あえてまとめてみたい。 気になったことの第1は、遺伝子医療という最先端領域に、最先端ゆえにかなりの問題をはらんでいるという漠とした不安である。 第2は、「遺伝」または「遺伝子」に対する一般人(患者)の知識・理解の進捗という問題である。 そして第3は、ここにも「情報公開」が著しく欠けているという、いま日本全体が直面している現実が如実にあるということだ。

第1の「最先端情報ゆえの不安」だが、いま、巷では日常的に病院での信じられないようなミスが相次いでおり、表面化して報道されているのは一握りで、氷山の一角に過ぎないとの説もあるほどで、いわゆる近代医療への不信感が高まっている。そういう中で、そのうえ遺伝子まで調べていじくるかというアレルギー的というか、ムード的な不安感は冷静に見ても拭い切れないのは事実ではないだろうか。したがって、このへんを学会はもとより、病院、行政などが力を合わせて分りやすく・正しいPRをしないと、これから益々支持されない医療システムになってしまうのではないか。 そして、これらのことは第2、第3の点とも共通している。ましてや、なぜミレニアムなどという商業的な感じすらする名称の国家プロジェクトが「吹田研究」のような形で粛々と進められているのか。かつてのヒトラー率いるナチの人体研究とか、旧日本軍が行った人体実験をイメージしてしまうが的外ずれな感想だろうか。 共通していることは、何につけても「情報」の「公開」が極端に少ないことだ。個人的な経験からしても、いわゆるインフォームド・コンセントにおいても病院や医師によってかなりの差があるのが現状だ。そのうえ、この種の最先端の領域では推して知るべしではないか。 一方で高齢化社会は着々と進んでいる現実の中で、知らせる側と知る側が相当な情熱とエネルギーを燃やすことがギャップを埋めるポイントではないかと改めて痛感した。







































 
●『遺伝子多型』

血液型を見ると、ABOだけでも1つの型ではない。また、アルコールに強い弱いとか、髪が直毛か巻毛あるいは縮毛であるとか、遺伝子で決まっている個人の特徴はいろいろである。それぞれの遺伝子が皆同じであったら全員が同じであるはずなのに、実に多様。遺伝子とはそのように、1つの型ではなくて多様なものなの。こういう遺伝子の多様性を調べていけば、どういうタイプ(型)の遺伝子を持っている人がガンや高血圧、心疾患、糖尿病にかかりやすいかがわかるようになるとの考えで研究が推進されている。

ちなみに、遺伝子の型が大方の人と違っても、その違う型が1%以上であれば遺伝子『多型』と呼ばれるが、1%未満であれば遺伝子『変異』と呼ばれている。『変異』は、異常ひいては疾患にちがいないと思われてきた。これから、遺伝子多型と生活習慣病などよくかかる疾患との関係が調べられてゆけば、『多型』の中で『よい型』と『悪い型』の分類分けがなされてゆくことであろう。


【解説=御輿久美子・奈良県立医科大学公衆衛生学教室助手/日本衛生学会評議員】
E-mail:kogoshi@naramed-u.ac.jp