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=《水俣・東京展》閉幕=

"「近代化」とは? 「人間」とは?"訴える
入場者は見込みを下回る。水俣展の曲がり角か





"近代化とは何か。人間とは何か。"−をメインテーマに水俣フォーラム主催による《水俣・東京展》が7月20日−8月6日まで東京・恵比寿の東京写真美術館で開かれた。東京での開催は第1回水俣展(品川)以来4年ぶり。非公式ながら、会期中の入場者は展示場が約5000人、ホールが約1500人、合わせて約6500人と、当初見込みより下回ったようだ。



説明員の説明に耳を傾ける来場者
イベントは、〈展示〉と〈ホールプログラム〉に分けられ、メイン展示は「悲しみの底に何がみえるか」をテーマに、水俣の自然/水俣病とは何か/水銀はなぜ止まらなかったのか/被害者は何を求めたのか/現在の水俣と水俣病事件の5つに分けて行われた。


リーダーだった川本輝夫さんの遺影も加えられた(中央)
そして、別コーナーには「死者たちが来場者を見つめる」と題して、記録映画作家・土本典昭夫妻が1年間水俣に滞在して遺影を訪ねて収集した500の患者遺影を展示した。運動を精力的にリードしてきた川本輝夫さん(昨年死亡)の遺影も新たに加えられた。


写真展示は「レンズが失われた声を聞いた」をテーマに、ユージン・スミス/アイリーン・スミス、桑原史成、塩田武史、芥川仁、宮本成美の5カメラマンの水俣作品が展示された。 さらに、「残された物こそ雄弁に語る」のフレーズのもと、水俣病発症量の有機水銀、水俣湾にあった水銀ヘドロなどの実物展示も行われた。 これらの展示に対して、専門の説明員による説明会も行われ、1回だけだったが英語によるレクチャーも行われた。





一方、ホールプログラムは映画の上映や講演が以下のように多彩に行われた。

  • 「私と水俣病」−患者さんのお話から:佐々木清登(患者)/本多勝一(ジャーナリスト)
  • 「私と水俣病」−患者さんのお話から:仲村妙子(患者)/竹下景子(女優)
  • 「私と水俣病」−患者さんのお話から:開田理巳子(患者)/栗原彬(水俣フォーラム代表)
  • 水俣から考える「国家−朝鮮チッソを通じて」:金早雪(経済学者)/姜尚中(政治学者)
  • 水俣から考える「科学−その作用と副作用から」:最首悟(現代思想学者)/米本昌平(科学者)
  • ドキュメンタリーフォトとは何か:桑原史成(写真家)/広河隆一(写真家)
  • 映画監督・土本典昭が語る「私の水俣映画遍歴」−実川悠太
  • 筑紫哲也さんと映画「水俣病−その20年」を観る
  • 映画「水俣−患者さんとその世界」(完全版)上映
  • 映画「不知火海」上映

仲村妙子さん(中央)の話を引き出す竹下景子さん(右)
強烈な印象は今も薄れていないと語る土本典昭監督(右)



会場に都合3回足を運んだが、そのつど「主催者はもう少し入場者がほしいだろうな」という感じをもった。実川事務局長は中間段階で「A紙も記事で紹介してくれたし、最後の追い込みに期待している」と話していたが、どうやら主催者見込みを下回ったようだ。この種のイベントは、必ずしも多く入ればいいとは思わないが、夏休みでもあり、この展示会の性質からいって、もっと若い人や子供たちの姿があって良かったと思う。いくつか理由はあるようだ。組織による動員に頼らなかったこと、世間の注目が沖縄でのサミットに集まっていたこと、資金的に宣伝に多くをかけられなかったことなどなどだ。

たまたま会場で耳にしたことを紹介しよう。中年の男性だったが「これで1300円は高いね」と話していた。高いか安いかの論議はとにかく、展示のパターンはほとんど変わっていないし(むしろ品川での第1回東京展を見た人は物足りないだろう)、展示されているパネルも予算上の制約があったためと推察するが、もっと工夫されて良いのではというのが率直な感想だ。その意味で、水俣展も一つの曲がり角にきたといえるのではないか。

ただ、ホールプログラムは多彩な講師と、いまなかなか観られなくなった土本典昭監督の一連の作品が観られたのは貴重な機会だった。水と油ではと懸念された患者さんと女優さんの組み合わせも新鮮だった。

【司 加人】


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