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−天草環境会議に参加して−

地味だが着々と反対運動の実績積み重ねる
"子供たちに残す…運動"の典型に

【寄稿(文・写真):山中 由紀】 




 第17回天草環境会議「21世紀の子どもたちに残したい"あまくさ"」が、2000年7月8〜9日にかけて天草下島の苓北町コミュニティセンターで約100人の参加者を得て開催された。この会議は、1983年に水俣で行われた「第4回日本環境会議」に派生して、九州の開発計画、特に石炭火力発電所の立地について地元住民と研究者が議論する場として翌84年7月に始まったものである。石炭火電の立地問題を抱えていた苓北町(れいほくちょう)を会場とし、以来、毎年開催されている。第1回は九州の開発問題の他、石炭火電に悩む日本各地の住民が報告するなど、二日間で延べ1600人もの参加があったらしい。




▼「若い人が育った」−原田代表が総括

 今回は、初日に山形県高畠町の農民詩人の星寛治さんの招待講演「子どもたちにつなぐまほろばの里」と、天草の環境問題についての報告が6つ。夜は、浜辺で天草の海の幸、山の幸のバーベキュー大会。翌日はフリーディスカッションと2000年天草環境会議宣言の採択、という献立であった。

 最後の総括で、代表の原田正純さんが「会議を続けているうちに若い人達が育った」と言っておられた。確かに、当初は苓北の石炭火電に反対する人々の集まりという色彩が濃厚だったようだ。が、最近では、第一次産業に従事している壮年層が石炭火電以外の環境問題、例えば、トラフグ養殖のホルマリン汚染、ゴルフ場開発、干潟の埋立計画などの問題に取り組んでいる。しかも、それぞれに成果を上げている。ホルマリン問題の事務局長は「夜道は気をつけろよ」と仲間に心配されるほどの活躍ぶり。ゴルフ場計画は275本の立木トラストで追い払い、今は次に来たワイン醸造工場計画と対抗中。干潟を埋めて港を造る本渡マリンタウン計画は、親子で遊ぶ「砂リンピック」を毎年開催して干潟への理解を深める一方、漁業権放棄を求められた地元漁協がこれを拒絶する! と、大変、元気。




▼人々の心に宿す火電反対でハンスト死した松本さんへの思い

 天草環境会議に集う人々の心の奥には、「苓北火電に反対する町民の会」会長のハンスト死への思いがあるようだ。会長の故・松本豊秋さんは、1981年8月17日の晩に苓北町議会が農協と漁協の反対にもかかわらず、機動隊を待機させた状態で火電の建設促進決議をしたことに抗議するため、その晩から食を断った方である。両手に数珠を握ったまま、6日後に亡くなられた(享年59歳)。天草には1975年まで多数の中小炭鉱が操業していたため、じん肺患者が多く住んでいる。1983年末時点で822人(死亡197人)もの認定患者がいた。松本さんもその一人で、閉山後は夫婦でミカン農園を営んでおられた。第一次産業にも、じん肺患者にも、火電による大気汚染は歓迎できるものではない。ここの反対運動は、じん肺患者と環境保護運動が連帯するという珍しい事例でもあった。

 苓北火電の話は1977年に持ち上がったのだが、これは架橋により離島振興法の適用除外になったことと閉山による先行き不安を抱えた苓北町(特に土建・商工業者の人たち)と、脱石油を目指して石炭火力発電所を建てたい電力会社の利害関係が一致したことによるもののようだ。松本さんの死の翌9月24日には漁協が漁業権放棄を可決、同月30日に町議会が建設同意を可決、同年12月20日の町長リコール選挙が98票差での不成立で、激動の1981年は終わった。

 翌年からは、火電予定地の背後のミカン山が舞台となった。火電は海を埋め立てて建設されるのだが、九州電力はこのミカン山から埋立用土砂を採取するつもりであった。ミカン山の地権者の大多数は採取に抵抗しなかったが、この山の7割は火電反対派の所有だった。その上、熊本県は埋め立てを許可する条件として、採土地の地権者の同意を挙げていた。反対派はミカン山を共有地にすることで反対派の地権者を増やし、松本会長の頌徳碑を建立するなどして対抗した。

 すると84年2月になって熊本県が方針を変更して許可を出し、九電が護岸工事を始めたので、同年5月に埋立免許取消訴訟を提起した。第1回天草環境会議が開かれたのはちょうどそんな頃であった。結局、86年に九電は採土地を長崎県等に変更し、87年に埋立工事に着手。88年7月に訴訟は門前払いされ、翌月から本体工事開始。当初は88年に運転を開始する予定だったらしいが、実際には95年12月になり、1号機(70万kW)が稼働している。99年9月の台風18号で送電線の鉄塔が4基も倒壊し、2000年5月に復旧したところである。なお、2003年7月には2号機(70万kW)が運転を開始する予定になっている。

 今のところ報告されている被害は主に送電線による景観破壊で、健康被害はこれからだろうと言われている。しかし、これだけのお目付役が存在している以上、九電の方も細心の注意を払って操業していることだろう。その意味でも、天草環境会議の存在には大きな意味があると言えよう。




▼新発見・川辺川の漁民の人たちの「漁業権」への見解

会場前で原田正純・熊本学園大学教授(右から2人目)らと。右から3人目が筆者。
 ところで、天草環境会議ではA4版で78頁の、自家製本による資料集が配布された。その末尾に「漁業権Q&A」(発行:川辺川・球磨川を守る漁民有志の会)が収録されていた。ダムに反対している漁民たちの力作だが、これによると、漁民が1人でも印鑑を押さなかったら、漁業権の放棄は成立せず、ダムの工事は始まらないらしい。

 「漁業権が強制収容される」も単なる脅し文句に過ぎず、もし強制収容されると、その海域は「自由漁業」となって開放される。つまり、一般の釣り人等の印鑑まで必要になり、かえって手続きが煩雑になるので、強制収容が実行されるわけがなく、今までに漁業権が収容された例もないとか。

 各種の開発計画に反対する最後の砦となている観のある漁業権だが、そんなに強力なパワーを持っているとは知らなかった。これなら、漁協の態度がどうであれ、印鑑を押さないよう、漁協から除名されないよう気をつけていれば良いわけである。

 察するに、これは明治学院大学教員の熊本一規さんの論のようだ。どこまで通用するかは分からないが、天草環境会議はこのような情報交換の場にもなっている。21世紀の子どもたちに残したい「○○」を抱えている人々の交流の場としても、是非お勧めしたい。




●やまなか・ゆき
大阪市立大学大学院経済学研究科在学中。市大自主講座実行委員。同大理学部・木野茂講師が自主講座を発展させて開設した全学共通科目「公害と科学」をサポートするとともに、水俣病関西訴訟問題や香川県の豊島問題にも関わっている。
*yamanaka@econ.osaka-cu.ac.jp