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サミット史上初の「NGOセンター」が名護市の宮里区民会館に、サミット会期中オープンした。
このNGOセンター、サミットにモノ申し、内外に広くNGOの立場や主張をすることを主目的に設置されたものだが、
実は外務省が太っ腹?なところをみせて設けられた、いわば"官製センター"だ。しかも、与えられたスペースが鳴り物入りで
作られたメディアセンターとは歩いて15分ほどの場所にあり、「隔離することによって(NGOは)封じ込められた」
(宇井純沖縄環境ネットワーク世話人)という見方もあったが、とにもかくにも内外約40のNGOが一堂に集まり、
会見やインタビュー、ビラまきなどアピールする場ができたことは、かつてなかった環境といえ、このスタイルは今後のサミット
などにもおそらく踏襲されるのではないかと関係者は見ている。 NGOセンターで垣間見たいくつかのトピックスをルポしてみた。ここにいると、「サミットって何?」ということと 「NGOって何?」ということも見えた感じがした。 【司 加人】
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●NGOセンターの平均的1日−予定進行でつばぜり合い NGOセンターはサミット開幕の前日、7月20日、名護市の宮里区民会館を借り切ってオープンした。この日は、もっぱら受け入れ準備に追われ、夕刻、「プレス向けNGOセンターツアー」なるものが組まれ、パラパラとプレス関係者が訪れた程度。 そして、本番の21日を迎えた。センターは午前9時開場し、午後10時に閉場する。とくに午後10時閉館は厳守。が、会期中、開館ではハプニングが。外務省関係者の到着が途中、検問にあって遅れたとかで、約10人のNGOメンバーが待つ中、平身低頭の態で9時過ぎに到着したという一幕も。もっともこれはいかに警戒が厳重に行われたかという証左といえなくもない。 さて、このNGOセンターの最大の使用目的は、NGO側の対メディア発表の場であることと、政府側ブリーフィングが行われ、NGOに適切な情報が伝えられることにある。各NGOの発表は午前10時から1時間ないしは30分刻みで、ほとんど休みなく行われ、午後7時まで約10の発表・会見が行われた。22日も同様だった。
何回かこの目で見た事だが、現場を仕切る外務省の担当官はこの"遅延"にすごく厳しく、事務局の女性は何度怒られたことか。 事務局にして見れば、ひとつずつは遅れても、最後で帳尻を合わせればいいのではと思うのだが、どうもそれが気に入らないらしい。 ところが、2日目の最初のブリーフィング(この時は局長補佐が担当)はより詳細な説明だっただけに、明らかに時間をオーバーして しまった。当然、後のNGOグループの発表は目白押しだが、自らのオーバーに対しては「遅れてもいいようにしましたから…」と 説明したのには関係者一同「?…」。
こんな感じで、NGO側の発表・会見は3日間で27、外務省側のブリーフィングは5回。最後はNGO側が"三つの宣言"を発表して初の試みのNGOセンターはともかく役割を終えたのであった。
仕事の手を休めたり、電話が終るとすぐテレビの前に寄ってくるメンバーたち。そのうち失笑が起こった。 この日のホスト役の稲嶺知事が上がっていたのか、あいさつの際に、冒頭に自分の名前を言わずに、 女子高生を紹介する時に、「その前に、私は知事の稲嶺です」と言った時だ。しかも、その女子高生の名前を読み間違えた。 「まあ、よくあることで気にしない気にしない」は沖縄の人の"解説"。
そして、大汗をかきながらのクリントン大統領の演説は受取り方によろうが、ギリギリまでやってきた中東和平の仲介でスタミナを
使い果たしたのか、沖縄の暑さに負けたのか、それとも23万人の霊が無言の圧力をかけたのか、なにか迫力がなく、
「基地問題に対する方針も明確でなく、沖縄県民が期待した内容ではない」−というのがテレビサイドに集まったメンバーの
大半の一致点だった。とりわけ、突然飛び出した新しい奨学金プログラムに至っては「また、金でつろうというのか」との声も。
●議員さんも熱心に取材−ただし、現れたのは野党議員ばかり…。
もう1人は社民党の辻元清美さん(ごく最近、党大会で政審会長に抜擢された)。たまたま目撃したのが受付風景。もちろん、事前登録が必要だし、たとえIDカードを首から下げていても、もう一つの赤パス(または青パス)という入館証(アクセス・パス)も同時に携帯していなければならず、たとえば所用(食事など)で外に出る時は赤パスを受付に置いて、その番号を控えた小紙片を持って出て、戻った時にそれを示して赤パスを受取るという仕組みになっている。さて、前置きが長くなったが、目撃したシーンは、
辻元さんが(多分、事前登録をしていなかったのだろう。あるいは、そういうことを知らなかったのだろう)受付で立ち往生しているところから始まる。見覚えのある顔なので、「あっ、辻元さんきたんだ」と思っていたが、受付嬢は知る由もないのか、
とにかくもたもたしていると、辻元さん、業を煮やした感じで「衆議院議員のツジモト・キヨミで〜す」とやや声を張り上げた所で、男性の外務省のお役人さんが飛んできて、「あっ辻元先生、ご苦労様です」と平身低頭。あとは赤でも青でもない顔パスで晴れて入館とあいなった。さすが市民の代表、怒ることもなく、NGOの人たちとにこやかに談笑していた。もし、これが与党議員だったら、理不尽な雷を落としていたに違いない。しかし、与党議員と思われる人影は少なくともオープン中は現れなかった。
一方、世界的に著名なグリーンピースの場合は、サミット初日にサミット会場に近い浜辺で逮捕者を出したことがすぐに報道されただけに、その後の情報を得たいとかなりの記者が集まり、さすがグリンピースというべきか、自らの手によってそのシーンを撮影した写真をプリントして希望者には配るなど一段群を抜く手際の良さを示していた。機動力といえばそれまでだが、アイデアの点でも魅力的なNGOとそうでない差がこういうところでも出てくるということを感じさせた一幕だった。 ●炎天下のビラ配り−入院先からかけつけた宇井純さん
時折、風は吹いているものの、強い陽射しを遮るものはなく、メディアセンターの門前で警護の警官たちに横目で見られながら、出入りするメディア関係者に黙々とビラを配る。すると、その光景を目ざとく見つけた地元メディアの重鎮(失礼!)の沖縄テレビ・寺田麗子キャスターが宇井さんに駆け寄る。そして、携帯電話で指示すると、3分後にはカメラマンが走ってきて、即席のインタビューが始まった。ここでビラを配る宇井さんを捉えたのは沖縄テレビだけで、これはちょっとした絵になったはず(しかし、後日、寺田さんに確認したところ、「生放送でやったので残念ながら押されてカットされてしまったとか」。残念) この光景を目の当たりにして、とにかく"現場の宇井純"というイメージを改めて強く感じた場面だった。お疲れ気味ではあったが、「何かしたい」と思っていたに違いない宇井さんの顔には満足感が溢れていた。 ●"宣言への道"−カンカンガクガクの議論を重ねる サミット対応という共通のターゲットがあったとはいえ、おそらく40というNGOグループが一堂に会したケースは未曾有のことではないかと思われるが、それだけに三者三様ならず40者40様という感じで、「NGOとは何か?」ということを考えさせられた。しかし、冷静に考えてみれば至極当然のことで、サミット対応という点では共通だが、寄って立つスタンスが異なる以上、 「平和」とか「環境」とか「福祉」とかのキーワードでは一致できるものの、より具体的なテーマや各論になると、その足並みを揃えるのは至難の業だ。とりわけ、最終日に発表する 「共同宣言」は公的に残るものだけに、各グループとも慎重で、その入口のところで熱い議論が重ねられた。
●問われるNGOのレベル−"ノー・グッド"にならないように… 基本的に、どんなNGOグループも高邁な理想を掲げ、問題多い現状を改善することではコンセンサスが成立すると思っていたが、3日間のセンター詰めで、ちょっと待てよ、それ以前の問題があるのではないか?−という素朴な疑問を抱かざるを得ない場面がいくつかあった。重箱の隅をつつくな、と言うなかれ。社会人としての最低のマナーを守る必要があるのではないかというレベルのことまで目にしたからだ。それをまずクリアーしなければいくらカッコイイこと言っても、多くの支持は得られないのではないかと考えるからだ。実例を上げよう。
これ以上は、それこそ重箱の隅をつつくことになりかねないのでやめよう。ただ、これらのことに表面的には決して切れずに 対応した桜井事務局長以下、事務局の人たちの忍耐と不眠の努力には改めて敬意を表しておきたい。 端的な例を上げたが、思うに、今回のこのNGOセンターはおそらくサミットや他の国際会議でも採用されると考えられる。 そういう場に、日本のNGOのより積極的な参加が望まれるし、多分、必然的にも自然的にも増えていくであろう。しかし、その時、 気になるのは対政府とか対体制とかに盾突く前に、NGO自身の(個人を含め)レベルをもっと上げないと、「日本は政府だけでなく、 NGOもお粗末だな。日本のNGOって、No Good Organizationでは?」というレッテルを貼られかねないのではないか。 杞憂であれば幸いだが。 |