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《さうすウェーブ》10000アクセス突破記念

[環境問題・私の提言]論文募集結果発表
入選に山城 新さん(特選は該当なし)



インターネットマガジン《さうすウェーブ》はアクセス10000回突破を記念して[環境問題・私の提言]を募集していましたが、 昨年末で締め切り、審査委員会(代表=宇井純・沖縄大学教授)において厳正な審査を行った結果、全応募数21点のうち、残念ながら特選該当作品はなく、入選作品1点を次のように決定しましたので、発表します。
《さうすウェーブ》

[環境問題・私の提言] 審査結果発表


■入選
「環境問題と文学研究とその教育について」

山城 新 (やましろ・しん)さん

米ネバダ州立大学在学中・27歳



「環境問題と文学研究とその教育について」

人口増加に伴う産業の発展は自然を破壊し,更には動物,人間の健康を脅かし続けて いる. 本県においては新石垣空港建設問題を始め,最近ではアメリカ軍基地内の環 境汚染の早急な実態把握とその対応が迫られている.更に最近の泡瀬湾干拓に見られ る公共事業と環境アセスメントの問題は開発と自然保護の問題に止まらず,政府と民 間レベルの環境問題に対する意識のギャップを露呈した. 工業科学が格段にハイテ ク化され公害の原因と影響自体が高度に複雑化し,同時に都市化によって地域の関わ りが密になった分だけ公害の影響も連鎖的になってきた.更に政治,経済,産業,法 律が複雑に交差し合い, もはや環境問題を「環境問題」として個別に扱うことは不 可能になってしまい,自然科学と人文科学に囚われない学際的取組によってその解明 と解決の必要が叫ばれるようになってきた.自然を愛するという思いは人間の本質的 な感情のはずであり,自然を利用することで人類の社会的,経済的繁栄は可能であっ たし,このまま自然破壊が進めば人類の存続に関わる壊滅的な状況まで危惧されてい る. このような状況の中では自然か人間かの二者択一的な問題よりも,いかに自然 と人間存続の間のバランスを考えるかというのが当然重要な問題である.本性論では ,文学研究とその教育がどのようにそのバランスの問題について考えることができる かを,アメリカ環境教育の例を上げながら提言してみたい.

「もし,あなたの家が火事で燃えているとする.あなたはバケツの水を取ってその火 に水をかけますか? それとも数歩後ろに下がってその状況を詩に表しますか?」  アメリカの作家で環境運動家のリック・バスの,自然破壊を前にした芸術,その役割 の問題を例えた言葉である.しかしバスのこの言葉は自然と芸術の問題だけに留まら ず,自然破壊が複合的にかつ世界的規模で進む現代社会において,自然と人間あるい は人間として生きる事について本質的な問題を提示しているように思える.バスはモ ンタナ州北部のヤッカ峡谷(Yaak Valley) 在住で,その場所の自然を産業開発によ る伐採や埋め立てから守るために環境運動に携わる傍ら,ヤッカ峡谷について様々な 作品を書き,作品を通してその土地を表現し,守り続けている作家である.バスにと って芸術と環境運動,あるいは書く事と生きる事は全く乖離したものではない.むし ろその場所に生きているからこそ,その場所を愛しているからこそ,バスにとって書 く事はその場所を守ることに積極的に関わる事に繋がっているのである.更に,バス の作品はヤッカ峡谷に関わることで極端に政治的,教条的になってはいない.その場 所に生きる動植物とその生態系をナチュラリストの目で美しく描くだけでなく,ヤッ カ峡谷の人々,その共同体,そして自分との関係を小説,散文などあらゆるジャンル に跨がって表現している.文学とは,言語を媒体とした芸術の表現形態の一つである のは言うまでもないが,バスにとっては媒体がどう彼の場所に貢献できるかというこ とこそ,改めて,問うべき問題なのだ.その場所に生きる人間として,その自然を描 く作家として,それは在る意味で互譲の関係であり,自然と人間の生態系を統合的に 考えた生き方である言っても良いかもしれない.

では、文学研究とその教育はどのような対応を取るべきか,バスの理念を具体化に実 践しているネヴァダ州立大学、リノ校のシェリル・グロットフェルティ女史の例によ れば、「環境的な視点を伝統的な文学専攻科目のなかに組み込むことは、学生の環境 に対する意識を育てる」とし、「この(環境の)危機的な状況において、生態学的教 養を身につける事の重要性」を説き、具体的な講義の例として、「エコクリティシズ ム」(文学批評と生態学的意識)などをあげている.エコロジーと文学批評の学際的 取り組みである「エコクリティシズム」は、文学者や教師がどのように環境問題に貢 献していくかという政治的問題に触発されて、さまざまな文学研究のアプローチを提 示している.基本的に環境保護思想に重要な影響をあたえたテキストをいくつかとり あげ学際的観点から分析するため、生態学、文学に限らず、自然資源学、哲学、経済 、またはそのテキストが与えた社会的なインパクトにまで解釈や分析を広げる. 例 えば,文学における「場所」の役割を考えることは、その場所を生態的に理解するだ けではなくその作品における自然環境, コミュニティーの環境や風土を考えること につながる重要な視点である.

自然を単純に美しいと感じる事,いかに我々人間存在が生態系のなかで支えられ,そ れに依存したものであるかは,我々自然との接触が少なくなった現代において,環境 を考える最初の一歩であるといえる.以上示したように,そのバランスの問題とは自 然と人類との統合的で持続的な関係を目標とする理念の確立であり,いかにその理念 を具体的に実行していくかという実際的な問題でもある.何より,自然の美しさその 精神的な影響というのは科学によっては表現し訴えるのは難しく,また逆に自然破壊 の実態というのは科学でより合理的に表わされる.しかしこれら二つの分野が学際的 に取り組むことによって,自然の美的価値を維持しながら人間と地球上の生物の共生 を視野に入れた統合的な環境的理念が確立できるのではないか.リック・バスが示し たように,我々はまず,自然と人間の互譲関係について考えるべきである.更に,具 体的なエコ・クリティシズムのアプローチにより,文学研究とその教育は,一方で自 然科学と人文科学の枠にとらわれない、包括的で多様な視点によって捉えることによ って、自然と人間の生態系のバランスを教育の場から問い直すことができるのである.