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| 取材して |
| 総合的には「成功」と評価されよう “進化したAPNEC”、次回以降に期待 |
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APNECそのものに参加したのは初めてであったが、前回までと比較するまでもなく、総合的には「成功」という評価は揺るぎないものであろう。そういう前提で取材した感想をまとめるが、しかし、いくつかの点で「気になった」ことがあったのも事実だ。
【司 加人】
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● お国柄の違い?
その象徴的なものが陳総統の開会式への出席だ。多分、日本でも他の国々でもその国の最高首脳が顔を見せることは今後もないのではないか? お国柄の違い−と言ってしまえばそれまでだが、逆に言えば資金確保に実行委員会は苦労したという証左かもしれない。
しかし、一方でこの方式のほうが経済的にはリーズナブルであり、いわば台湾スタイルだとの“反論”もあった。白黒つけようということではなく、お国柄の違いと思うべきなんだろう。ただ、どこのテーブルでも多くの料理が残った。この処理はどうするのだろうという思いは環境会議であるがゆえに気になったのは筆者だけではないであろう。
我々参加者には計り知れなかった陳総統の開会式への出席も、APNEC側の日程が再三変り、したがって総統側へもそのつど変更を求めたという経過があるようで、それにもかかわらず最終的に出席してくれたということで、もし日本にこれを置き換えたら、まずはあり得ないことだろう。選挙を控えていたという台湾の国内事情を差し引いても実行委の熱意とあえて推測すれば邱実行委員長の豪腕ぶりがもたらした結果ではなかったのか。 そして、実行委員長の熱意はボランティアの人たちにも伝わった。個人的な経験だが、ある事を事務局の学生さんに尋ねたたら、彼女は分らないからと別の人に聞いてくれ、それが次から次へと伝わり、結局、数人の人たちが調べてくれ、その間、彼らの表情は笑顔を保ち続け、待たされているという感じはしなかった。そこには誠意が感じられた。
最終日の総会で邱さんが彼らを前に呼び出し、全員の前で労をねぎらった際、筆者も心からの拍手を送った1人であった。
ただ、このことははからずも別の問題を提起してくれたことも事実だ。今回コメントしてくれた日本の関係者の多くが指摘しているように、日本以外の国々(とりわけ地元台湾)の人たちは一般的な日本人よりはるかに流暢な英語をあやつっていた。
日本の英語教育にまで遡及する問題でもあり、したがって淡路さんの指摘のように「英語力を上げる必要がある」ことは正論だが、
他方、台湾の人たちのコメントにもあるように、台湾で開催した以上、少なくても中国語の併用などは必要ではなかったのか−という指摘は後述する問題とも関わってくる。もちろん、複数言語の併用や同時通訳などは必要経費面で格段の差が出てくることも承知しているが……。
また、最有力の環境NGOグループの参加もなかったという話しも耳にした。その原因は、台湾国内のNGOグループ間の事情にもあったようだが、APNEC6開催に関する一般へのPRが足らなかったことと、使用言語が「英語のみ」ということが原因ではないかということで、この種の会議を成功させる難しさを改めて感じざるを得ない。
関連して言えば、一般参加を意識した企画も盛り込まれればよりベターであったと言えよう。環境汚染問題について完全に情報公開されていないきらいがあるので、せっかく各国から一級のメンバーが集まったのだから、そういう人たちの口から各国の現状やそれへの対応などを一般の人たちに伝えることができる場があっても良かったのでは?−は欲張り過ぎだろうか。
一つは、そのとりまとめが長時間に及び時間切れ寸前になったためか、「印刷物」として配布されず、口頭(もちろん英語で)で公表されただけであった。 もう一つは、内容が多項目過ぎなかったか、という疑問だ。まず、「確認」事項が1〜9、そして「合意」事項が1〜14あり、さながら国連関連の会議の「宣言」をほうふつさせる。好意的に見れば、それだけ多方面、多層な議論をし、6回目という年輪を重ねたAPNECはそのレベルになったのだと言うこともできようが……。
ただ、この種の宣言は本来、パフォーマンスあるいは飾り物であっては意味がないわけで、その辺が次回以降の課題の一つではないだろうか。
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