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| 【APNEC6特集】 |
| トップインタビュー(1) |
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APNEC6が開催されるまでには資金面を初めクリアーしなければならない問題が山積していたが、とにもかくにもバーを越えた。そして、各国間の協力もあって、多くの関係者は「成功」と判断したようだ。主催国を代表して、事務局長として縦横に豪腕をふるった中山大学副教授の邱 文彦さんと、協力した日本側を代表して、日本環境会議代表の淡路正剛さんに振り返ってもらった。邱さんには文書で、淡路さんには帰国後インタビューで。
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〈主催者代表〉
邱 文彦 ・ 台湾国立中山大学副教授 (海洋台湾文教基金会執行長・中華民国湿地保護連盟理事長) 積極的に出席してくれた多忙な陳水扁総統に感謝 ―― いい機会ですので、初めに、研究分野など先生の簡単な自己紹介をお願いします。 邱:私は大学院では「都市計画」を専攻していました。卒業後は公務員試験に合格し、内政部で4年間働いていました。その後、教育部の公費留学試験に1位で合格し、アメリカに留学しました。アメリカでは環境保護法を専攻し、1991年ペンシルバニア大学で博士号を取得しました。その後台湾へ戻り、中山大学で教鞭をとっています。アメリカでの研究テーマは有害廃棄物管理でしたが、中山大学に来てからは「海岸地区管理」や「湿地保護」を主な研究テーマにしています。私の専門は計画、政策の法律におけ環境生態への配慮です。
2000年には私自身はじめての著作である『海岸管理:理論と実務』という本を出版しました。現在は『環境計画及び管理』という本を執筆中です。将来は研究を続け「湿地」と「海洋保護」について環境法と関連させた本を書きたいと思っています。私は国際関係の仕事にとても関心があります。環境問題は国境を越えて地球に住む人類全てが考えなくてはいけません。しかし国家間の争いや、政治的なしがらみが存在し、問題解決を難しくしています。このような政治的なしがらみは「持続可能な発展」を阻害してます。
想像をはるかに上回った準備作業。日・韓の協力に感謝 ― ところで、APNEC6は順調に閉幕しました。ホストとして、現在の心境を教えてください。
私は11月4日の深夜、私を手助けする為に台北から来ていた妻を見送ったあと、その帰り道を歩いている時に、やっと肩の荷が下りたような気がしました。私は台湾の名前を汚す事無く、また日本や韓国の友人達に失望させなかった事をとても嬉しく思います。
この仕事が終わった今、私は早く学校へ戻り研究と教育に専念したいです。そしてこの会議の為におろそかにしてしまった生徒たちに謝りたい。もちろん、それだけでなく私がこのような活動を行う事を許し、協力してくれた事に感謝もしています。
もっとも苦労したのは資金の確保だった ― 開会式には陳水扁総統も出席し、参加者に強い印象を与えました。この会議を通して気配りの行き届いた、教授の豪腕が印象に残っています。準備段階ではどんなことに苦労されましたか? 邱:開会の前にロビーで陳総統をお待ちし、貴賓室でお話を伺った時に、総統はこの会議に出席するために来られたとおしゃっていました。陳総統がそれだけこのAPNEC6を重視しておられた事にとても感謝しています。総統のスケジュール調整はそう簡単ではありません。実は当初、11月1日の午前中もしくは午後に開幕式を行う予定でした。ところが磯崎教授から多くの先生方が11月1日遅くに高雄に到着するという事をお聞きして、私は一時は総統に1日3時に開幕式だと伝え、またその後に、時間を変更して2日の午前中にと二度も時間を変更したため、総統のスケジュールを考えると私は総統は来られなくて、大会は盛り上がらないのではと心配していました。しかし陳総統は特別に私たちを支持しておられ、参加が決定しました。本来ならば、呂秀蓮副総統、李登輝前総統も参加の予定でしたが急用で来られませんでした。 APNEC6の準備段階での最大の困難は経費の面でした。台湾政府の予算は前年の3月から5月の間に申請しなくては、次の年の予算を得る事ができません。2000年に参加したAPNEC5の時の環境署の署長である林俊儀氏はすでにアフリカのザンビア大使になり、台湾からいなくなってしまい、現在の署長や環境署の方からはAPNECに対して十分な理解が得られずに、今年の予算の中にAPNECの経費を含める事ができませんでした。そんな状態でしたが、何とかその後、私たちの不断の努力によって大きな補助経費を得る事ができ、また不足分に関しては、何とか解決しなければならないと、各部局や民間企業などからの寄付を集め、かろうじて問題を解決する事ができました。 今年3月島根県で行われた第20回日本環境会議の時に、私たちは必要経費の半分しか集まっていないというお話をした事を憶えていますでしょうか。その時の私は最大の課題である財務処理問題をなんとか解決をしなければいけないという思いで一杯でした。そのような状態の時に、他国の代表を招待できるかという問題には、まだ返答する事が出来ませんでした。しかし日本の代表団からの賛助によって私たちは大きな協力を得ることができ、この仕事を順調に終わらせる事が出来たと思います。
幾つかの国と地域でビザの問題について、私も頭を悩ませました。例えば台湾とネパールの間には外交関係がないために、多くの時間を費やして外交部との交渉を行いDr. Surya DhungelとDr. Mohan Siwakotiのビザを取得しました。私達は中国方面から来る5人の専門家のビザの申請についても努力し、台湾での手続きは全て行いましたが、残念な事に時間がなく、会議前に対岸がまだ同意していないか、もしくはまだ私たちの送ったビザの資料がまだ届いていないかの理由で台湾へくる事が出来ませんでした。このような事から、台湾の国際関係はまだ困難があり、両岸関係の緊張が依然として存在し、お互いにまだ信頼しあっていない事を感じました。このような出来事は台湾で国際会議を主催する特別な困難だと思います。
台南のダイオキシン問題では力強い日本の専門家の協力 邱:11月4日に私たちは台南のダイオキシン問題の実地調査を行いました。この問題はとても深刻ですが、私は汚染被害者のほとんどがその事実を知らない人たちだという事がとても苦しく、その夜は良く眠れませんでした。2日目の朝、チャイナトラストホテルで日本からの専門家の方、淡路剛久さん、寺西俊一さん、原田正純さん、高橋克彦さん、田北徹さん等の署名をいただいた時に、私は被害者に、台湾政府へこの深刻さを正視するように訴える事を提案しようと思いました。
日本の教授の方々を待っていたときに、ネパールの婦人代表であるMs. Kamala Archaryaが私に、みんなが今回の会議にとても満足している、だれも不満を言う人はいないよ、と言ってくれました。京都大学の植田教授からも"Most successful meeting"という言葉を頂きました。私はそれを聞いて嬉しく安心しました。私の学生や私も不眠不休で働き、その結果が喜んでいただけるような結果に繋がったと思います。しかし会議の規模が大きく、多くのほとんどの学生まだ経験不足の中で、至らない所がたくさんあったと思います。みなさんがこうして誉めてくれますが、全てがうまくいったとは思っていません。その部分に関して、ご迷惑をおかけした部分は許していただきたいと思います。
「高雄宣言」など今後の台湾の環境政策に大きなエポックに ― APNEC6の実行責任者として、今回のAPNEC6をどのように評価していますか? 採点すれば何点でしょう?(笑い)
― 今回のAPNEC6を開催した事で、環境面で台湾にもたらす影響についてどう考えていますか? 邱:私は今回の会議は必ず台湾の環境保護に影響を与え、これからの重要な道筋を示したと思います。私の知りうる限りでは、台湾でこのような大きなNGOの環境会議はいままで開かれた事はありません。台湾にとっては、このような会議を主催できた事がとても光栄であったと思います。またAPNECにとっては初めての国家元首が参加した会議でもありました。これは、APNEC6と台湾政府そしてNGOが環境の問題について、すでに同じ方向へさらに積極的協力に邁進していく事を表わしています。 また、台湾の環境問題を包み隠さずみんなの前にさらしたのは、きっとこれが初めてになると思います。この経験によって台湾はこれから同じように問題に正面から向き合う勇気を持ち、その上で解決手法が増えてくるでしょう。また台湾のNGO(私の所属する海洋台湾文教基金会や中華民国湿地保護連盟も含む)が今回の活躍によって、台湾のNGOも国際的な役割を果たす能力があり、政府の監督する機能を有することを証明できたと思います。もちろん私たちはさらに政府とNGOの協力が進み、地球環境保護が達成される事を望んでいます。 「高雄宣言」はアジア・太平洋地域の国家にとって、きっと未来に共に努力する方針になるでしょう。それは非常に意義のある事です。台湾にとって、私たちの政府の組織(監督院や環境署)はこれを重視しなければなりません。それゆえに高雄宣言の発表は台湾の環境保護にとってプラスの作用があります。
11月2日のお昼に、初めてのAPNEC主催国際学生討論会を企画しました。活発な議論の中で私はアジア・太平洋地域の若者が手を取り合って共に奮闘していく。これらのことをまとめると、APNEC6は台湾の環境保護にとって大きな励みになるでしょう。
今後の励みにと「アジア・太平洋環境賞」を提案した ― 会期中に、初の「アジア・太平洋環境賞」が日本の宇井純、原田正純両氏に授与されましたが、これについてコメントを。 邱:「アジア、太平洋環境賞」(Award of Significant Contribution)は私が提案しました。私は過去十数年来、APNECとしてアジア・太平洋地域内で生涯をかけて研究に従事し、環境維持や環境保護で弱者の立場から貢献した人たちに対しふさわしい栄誉や賞をあげるべきだと考えていました。多くの環境保護に携わっている人に対して励みになるような、好評な日本の「琵琶湖生態賞」のような賞をAPNECに設置しするべきだと私は提案しました。そうでなければ尽くしてきた方に不公平だと思います。私の提案に対して、各方面から多くの支持が集まり、今回の賞の創設が決まりました。人選は、受賞候補リストをJEC、AECへ提出してもらい、AEC委員会の共通認識が得られた後に候補者を決定しました。将来のAEC人選制度につきましては、その公平性と権威性を大事にしたいと思います。
それから、今回、賞与された"Award of Significant Contribution"と"Award of Appreciation"のロゴは、すべて私が設計しました。みなさんに気に入っていただけるといいのですが(笑い)。
次回のネパール開催も協力し合って成功を祈りたい ― 次回のAPNECはネパールで開かれることになりましたが、次回には何を期待しますか? 邱:私は2004年には、私の時間と費用は問題ありません。ネパールで開かれるAPNEC7に参加しようと思っています。私は次の会議がAPNEC6と同じように成功する事を祈っています。アジア・太平洋の各国が手を取り合い、関連問題を一緒に討論する事がこの地域の環境改善に役立つでしょう。 私はAPNEC6の後に、日本と台湾で先行してさらに国際協力を行い、緊急課題に対して(台南のダイオキシン問題のような)共同で解決できたらと思っています。別の言い方をすれば、検討会儀や発表宣言以外にも、さらに具体的な研究計画や案件に対して協力してもらいたいと望んでいます。
【2002年11月7日。翻訳:宮城大洋氏】
《各テーブルを回ってホスト役を果たす》
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