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《アジア初の「水銀国際会議」水俣で開催》
 《サテライト・シンポジウム》


"終わっていない水俣病を整理し、問題点を明確に"
海外参加者迎え活発に議論




海外からの参加者に説明する浴野さん(左)
「水銀国際会議」が開かれるのを機会に、内外から水俣を訪れる人々や水俣市民に改めて水俣病の歴史や課題・問題点を整理し、 今後必要な取り組みについて考えることを目的に、前後3回にわたって「サテライト・シンポジウム」が開催された。 同シンポは"水俣病は終わっていない"ことを合い言葉に今回結成された「水俣・水銀サテライト会議」(代表=原田正純、浴野成生) の主催によるもので、当初は水俣湾・不知火海の調査ツアーも予定されていたが、天候不順のため中止したものの、 3回にわたったシンポジウムには海外からの参加者を含め、常に数十名の出席者があり、「水銀国際会議」で研究発表を行った 各国代表が飛び入りで出席して、より突っ込んだ発表やディスカッションを行うなど活発なシンポジウムであった。

主催者の水俣・水銀サテライト会議と水俣市民会議は国際会議終了後、それぞれ 要請文と要望書を国・県などに提出した。





"今日的課題"をさまざまな角度から切り出す

【 サテライト・シンポジウム 1 】
10月15日午前9時から(正確には主催者側の遅刻で9時30分)から水俣市公民館で行われ、「水俣病」を再検討しようという狙いで、再検討シンポジウム1「水俣病事件の今日的課題」と題して、 原田正純・熊本学園大学教授、浴野成生・熊本大学教授やジャーナリストの宮澤信雄さんらが相次いで講演した。

日本語から英語に切り換えて報告する原田さん
原田正純さんは「日本は政治的な意図で水俣病の人体に関する詳細なデータはほとんど持っていない。にもかかわらず、今回の「水銀国際会議」で世界に教訓を発信するというが、大変な矛盾だ。また、最近は水俣病に蓋をしようとしている、これをやったら、本当に世界に通用しなくなる」と強く警告。


浴野成生さんは「水銀の汚染は、実は水俣よりも不知火の方が激しく、水俣より深刻だ。それは魚を食べる制限をしなかったためだ。我々のデータでも明らかに不知火の方が被害は大きいと出ている。水銀の広がりは水俣を同心円にして確実に広がっている。魚を見直す必要がある」と強調。

津田敏秀さん(岡山大学医師)は「これまで、熊本県に、県が1956年に「食中毒事件」とし、その時に魚を食べることを中止したことは一度もなかった。このことと、52年の水俣病の判断基準について手紙や質問状を提出し、やりとりしているが、いずれもあいまいな返事しかこず、キチンとやれと言いたい。とにかく、水俣病とカネミ油症問題だけがなぜかあいまいな対応に終始している。世界的に物笑いになりつつある」と問題提起。

「政府と県の責任」のコメントを発表する宮澤さん(左)とアイリンさん
さらに、宮澤信雄さんはアイリン・スミスさんの英語力を借りて「水俣病に対する政府と熊本県の責任」と題するコメントをまとめ、公表した。要約すると―

  • 最初から対策はとられなかった
  • 1960年以降すべきだったこと−排水について
  • 原因物質が解明されても無策だった
  • 1960年以後すべきだったこと−被害者救済について
  • 政府見解発表後も不作為は続いた
などの論点で構成し、結論として2000年4月27日、大阪高裁は60年以後、被害防止を講じなかった政府と熊本県の責任を認め、損害賠償を命じる判決を下したが、合わせて水俣病の感覚障害は抹消神経ではなく、大脳皮質の障害によるものという正しい考え方を採用した。認定制度も医学研究も出直さなければならないことは明らかにもかかわらず、国と県は最高裁に上告した。いまだに訴訟が続いていること、行政が上告を取り下げないことは水俣病が終わりのないことの"あかし"にほかならない。



マスコミも取材にきたサテライト・シンポ2
2回目は「医学」的見地から意見交換

【 サテライト・シンポジウム 2 】
10月17日午後7時から、水俣市公民会館で「水俣病医学の諸問題」をテーマに、水俣病の医学的問題点を明らかにし、意見交換を行った。




海外参加者からエキサイティングな報告
シンポジウム会場で胎児性患者の坂本しのぶさん親子(右側2人)と交流する海外からの参加者たち

【 サテライト・シンポジウム 3 】
10月19日午後2時から、市内のあらせ会館に場所を移し、「メチル水銀汚染の底辺と水俣病事件」と題して行われた。開催に先立ち、 講演を聞きにきた胎児性患者の坂本しのぶさんらと海外からの参加者たちが交歓するシーンもあった。

報告は、まず海外参加者から「アメリカの水銀に関する基準と取組み」(EPA/C.マファフィー)、「水銀問題に関するNGOの取組み」 (水銀政策プロジェクト/M.ベンダー)、「中国・松花江の水Gン汚染事件」(ハルピン医科大学/范春)、「南米コロンビアにおける水銀汚染」(カルタへ大学/V.J.レステュレポ)の4氏が、続いて日本側から「世界水銀汚染と水俣病事件」(熊本学園大学/原田正純)、「水俣病医学の課題」(宮崎古賀病院/鶴田和仁)の2氏がそれぞれ講演。議論が講師間でエキサイトした場面もあったほど盛り上がった。




市民からは辛口のコメントが相次ぐ

【 懇親会 】
現場の教師として複雑な思いがするという津江さん
10月19日午後6時から、セミナー終了後、会場を隣室に移して懇親会が開かれた。本来、講師と聴衆が交流する場であったが、講師で出席したのは中国の范春さんと原田さん、鶴岡さんだけだったが、事務局長の谷洋一さんの進行で参加者からの活発な意見で盛り上がった。
意見の大勢は「NGOの場がほとんどなかった」ということに要約された。

個別の意見としては、胎児性水俣病の娘さんをもった上村好男さんは「水俣病はまったく終わっていない。科学者たちはまだ手をつけていない研究を早くしてほしい。とくに、被害者の立場に立った、身近な研究をしてほしい」と語り、地元の中学校の教諭の津江親博さんは 「今でこそ『水俣病の教訓を生かして』という言葉が職員会議でも違和感無く受け取られるようになったが、ほんの十数年前までは水俣病という言葉そのものさえタブー であるような職場もあった。そして今でも、このことに深く関心を寄せる教師は少数派だと思う。」 と臨場感のある話を披露した。

淡々と辛口のコメントを発する日吉さん
そして、直前に『水俣病患者とともに』を出版した日吉フミコさんは「「水銀国際会議」そのものをウンヌンする資格はないが、水俣の毎日の身の回りにはその気になればすぐにでも出来るはずのことがたくさんある。いまだに未認定の申請には"ノー"というのが現実で、そういうところに目線を据えた国や県の行政を望みたい」と辛口のコメント。

また、海外からの参加者で唯一参加した中国の 范春さんは「この懇親会はすばらしい雰囲気だ。「水銀国際会議」の雰囲気が吹き飛んでしまうくらい感動した」と述べた。

最後に、谷さんが「基本的に患者に向き合っていない」と結んでお開きとなった。





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