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《アジア初の「水銀国際会議」水俣で開催》
 《コメント》


  1. 吉井正澄・水俣市長
  2. 小島敏郎・環境省大臣官房審議官
  3. 赤木洋勝・組織委員長(国立水俣総合研究センター国際・総合研究部長)
  4. 富樫貞夫・組織委員(志學館大学教授)
  5. 范 春・ハルピン医科大学環境衛生学教研室主任

 
やるべきことはやったとさわやかに語る吉井市長
吉井正澄・水俣市長

水俣病研究への寄与と市民に新たな自信植え付けられれば幸い

開催受け入れ、というより誘致した市長・吉井正澄さん、会場内を"巡回"している時、初対面、しかもぶっつけ本番であったが、快く答えてくれた。



―― 実際に開催されての感想は?

( 吉井 ) 本当にやって良かった、と実感している。振り返れば、ここまでくるのに4年かかった。スタッフ初めみんな良くフォローしてくれたし、暖かく迎え入れ、協力してくれた多くの市民に感謝している。

―― 地元市長としてはどんな点に期待しましたか?

( 吉井 )二つの大きな目的と期待があった。一つは、水俣病が発症したところで、この権威ある国際会議を開くということで、世界の研究者、専門家が格別の視点をもって、これからの研究に活かせていただけることに少しでも寄与できるかなという点。 もう一つは、口には出せない事も含めて、水俣市民はさまざまな形で「水俣病」とその社会的現象に取り組んでかなりの年月が経っているが、そういう中で、このような国際会議を開くことによって、市民が新たな自信を持つこと。マスメディアも注目してくれていろいろな角度から取り上げてくれた。「水俣」が別の次元で内外の注目を浴びたことは嬉しい。これらの二大目的は達成できたと喜んでいる。

―― 市民からも好感を持って迎えられているようだが。

( 吉井 )今、こうして見ても、みな喜々として動いてくれている。それぞれがこぞってボランティアをやってくれているが、国際感覚を磨くことも含めて市民には本当に良い経験の蓄積になると考えている。

―― 市として、相当予算を投入したのか?

( 吉井 )うーん、300万円前後ではないか。

―― 相当高い投資効率ですね(笑い)。

( 吉井 )おかげさまで(笑い)。

―― 市長の任期が2002年2月で切れ、再出馬はしないと表明していますが、実績が実績だけに惜しむ声と、ポスト吉井を懸念する声がありますが…。

( 吉井 )そんなことはありませんよ。ちゃんと引き続きやってくれる態勢はできると思います。老兵は去るのみです(笑い)。






 
運営などの流れでは合格と語る小島さん
小島敏郎・環境省大臣官房審議官

ロジ的見地からは立派に仕上がった

環境省は「水銀国際会議」の後援者の一員だが、その責任者である小島敏郎・審議官。これまでも水俣病対策についてはいろいろ関わってきただけに、水俣でのこの会議の開催には感慨一入のものがあるはずだが、インタビューにはつとめてクールな反応だった。



―― 開催を目の当たりにしての感想は?

( 小島 ) コンテンツは(運営事務局に)お任せです。今回は立場上、ロジスティックな見地から、経費がどういうところにかかるなどの視点から拝見した。

―― その結果は?

( 小島 ) 全体としては、良く仕上がっていると感じた。

―― ところで、これまで水俣病研究に長年携わってきた宮本憲一さん(滋賀大学学長)や宇井純さん(沖縄大学教授)、原田正純さん(熊本学園大学教授)らに国際会議への参加の声がかからなかったという指摘があるが…。

( 小島 ) それは何か混同しておられる見方であり、井の中の蛙的な考えではないでしょうか。というのは、この「水銀国際会議」というのは国際学会であり、開催国だからといって自由になるというものではありません。すでに6回目だし、これまでの流れというものもあるわけだから。

―― アメリカの大学教授で、しかも水俣病研究の専門家が「水俣の海で水銀は有機化したのではないかと思っていた」と真面目に語り、「日本の国として、情報がある時期でパタッと止まっている感じだ」と指摘していたが、これまでこの問題に携わってきて、その点についてどう思うか?

( 小島 )それは、その方の自助努力が足りないとしか言い様がないですね(笑い)。情報が来ないのではなく、集めないのでは。今やインターネットの時代だし、我が方(日本国、環境省)は相当なところまで開示してますよ。 実は、あるNGOからも同じようなことを言われた。しかも、英語では分からないというようなことも。しかし、それらを含めて情報というのは集めるものだということを再認識していただきたいですね。






 
水俣の将来にとっても意義ある会議だったのではと語る赤木さん
赤木洋勝・組織委員長
(国立水俣総合研究センター国際・総合研究部長)

予期しない出来事もあったが、未来につながるものを得た

赤木洋勝さんは本職の国立水俣総合研究センター国際・総合研究部長の仕事を連日こなしながら、日本側を代表して今回の「水銀国際会議」を仕切った。会議中、さまざまなプログラムにもっとも多くの名前が出てきた人でもある。それだけ主催者として、研究者として活動したと言って間違いない。文字通り分刻みのスケジュールの中、3日目の昼休みを割いて話してもらった。



―― 準備段階でいろいろ苦労され、きょうは開会して3日目だが、今の率直な感想は?

( 赤木 ) とにかく、しゅくしゅくと運営されているという感じで、ある意味では不思議な思いがするくらい物事は進んでいます(笑い)。もちろん、スタッフ全員の協力あってのことですが。

―― それにしても、正に予期せぬ出来事がありましたね。

( 赤木 )同時多発テロ事件以前ではアメリカから100人以上の申込みがありました。しかし、事件発生後は海外へ出れないということで、会期そのものをずらせという要求がメールなどで殺到しました。そして、アフガン攻勢が始まってからはこんどはヨーロッパの方々からのキャンセルがき始めました。その頃は、しても仕方がないのですが、 一喜一憂でメールを開くのが恐かったです(笑い)。しかし、最終的にはよく集まったと思っています。 まあ、アメリカが減った割に、アジアで初めて開いたということでアジアの人たちが多く集まってくれたことが特徴だと思いますね。

―― そう言えば、南半球からと思われる人たちと随分懐かしそうにあいさつされていました。

( 赤木 )アジアや南米やアフリカの若い人たちがかつて日本に来て、それこそ私の家に泊まったりして、研究した人たちが今やその国の代表的な研究リーダーとして水俣に来たわけで、嬉しいですね。また彼らも異口同音にそう言ってました。

―― そういうことを含めて、改めて水俣でこの「水銀国際会議」を開催した意義について。

( 赤木 )「ミナマタ」というのは、水銀を研究する者にとっては"聖地"なんですね。したがって、とくに海外の研究者にとっては公害の原点・水俣に来る事こと自体に大きな意義があり、そこで水銀会議が開かれることは二重の意味があると言って良いと思うんですね。 それから、海外だけでなく、国内の研究者・専門家にとってもこのように一堂に会するのは初めてですし、水銀という物質を通じて大気とか燃焼科学とかさまざまな学会に属する研究者が集まって、学際的な議論を行う場になるわけです。

―― 今回の会議は単なるイベントか、あるいは水俣病研究の流れを変えるものになるかという点ではいかがでしょうか?

( 赤木 )それは国内と海外では異なると思います。海外における大気の水銀問題の研究は、たとえば電力研究所とかアメリカのEPA(環境保護局)などが先行していることは事実ですし、ある意味では当然なんです。そのへんの日本での本格的な取組みはこれからということになりましょう。

―― もう一つは、水俣市民との交流という点でも意義あるイベントと言えますね。

( 赤木 )水俣は水俣病の研究者には、ある意味で心理的に近づき難い場という感じがあったのですが、今回の国際会議には吉井市長初め市民側にも強い関心があって、それがホームステイの受け入れを初め、さまざまな形での献身的なボランティア活動につながったと思うんです。そういう意味で、"これからの水俣"にも強烈なインパクトになるのではないかと喜んでいます。

―― 一部の参加者から、井形さん(昭弘氏。愛知健康の森健康科学総合センター長) の招待講演に対する質疑を認めなかったことについて異論と不満が出ました。会場で赤木さんに詰め寄る場面もありました。また、"抗議文"も出されましたが、これについてはいかがですか?

( 赤木 )まず、井形先生に限らず、これらの学会運営はすべて座長が仕切っており、たまたま井形先生の講演が所定の時間をかなりオーバーしたため、次の予定に響くので、座長の権限で質問を受けなかったというのが事実関係です。抗議文なるものも、私宛に 出されたため受け取りましたが、あくまでお受けするというもので、私の方から何らかのお答えをしたりする予定はありません。 それから、認定の判断条件そのものについてのご意見は別の次元で議論するものだと考えています。

―― ところで、赤木さん個人は今後どうされるんですか?

( 赤木 )もともと研究者ですし、与えられた時間を静かに研究活動に戻れればいいなと考えています。やり残したことはたくさんありますので、それらを少しでもやりたいと願っています。

―― 最後に、組織委員長として一言。

( 赤木 )とにかく、多くの人たちのサポートで成功裏に終える事ができることに深く感謝します。






 
水俣での水銀会議の開催には感動したという富樫さん
富樫貞夫・組織委員(志學館大学教授)

開催は感慨深いが、水銀研究のレベルを考えると暗澹たる思いに

富樫さんも研究者であるとともに、今回の国際会議には陰に陽に関わってきた一人だ。本会議だけでなく、周辺のセミナーなどにもひんぱんに顔を出していた。



―― 会場で実際に開催されている風景を見て感想は?

( 富樫 ) 前回、赤木(洋勝氏。組織委員長)さんに誘われてブラジル大会に出て、目からうろこが落ちた感じだった。そして、今、この水俣で水銀会議が開かれたことに私なりに感動している。

―― ただ、専門的な研究ということに目を向けると、「水俣病は水俣で起こり、ゆえに研究も進んでいる」という従来の見方は今回改めなければいけないという感じがしますが…。

( 富樫 )専門外ではありますが、水俣病の研究もさることながら、今や水銀の問題は微量の水銀による大気汚染ではないかという感を強くしますね。その点では、日本の研究レベルはお寒いの一語のようだね。

―― 今回、初めての試みとして「水銀汚染対策マニュアル」なるものをまとめました。富樫さんはオブザーバーとして名をつらねています。セミナーの席上で、インドネシアの代表から質問がありました。「我々にはそれ以前の問題が山積している…」と。壇上で聞いておられていかがでしたか?

( 富樫 )率直に言って、質問というより陳情という感じだったが、それだけ水銀汚染は深刻であり、今の持てる力では金がない、設備がない、人がいないなどのないない尽くしで、その間にもドンドン現実は厳しくなっている。それにつけてもODAなどでハードなどに巨額の援助をしているのに比べれば、これからのサポートは金額的には2ケタも違う。そのへんを日本トータルとして改めて考えるべきだということを痛感しましたね。

―― 汚染対策マニュアルには一定の批判もあるが…。

( 富樫 )2回ほど相談を受けたに過ぎないが、1冊で水銀汚染に関するほとんどのことが対応できるというものは今までなかった。内容も良くできていると思う。海外向けを意図して作成したが、国内にだって十分役に立つはずだ。

―― ところで、例の国水研の名でまとめた「報告書」への批判がいまだに出ています。加わった有力メンバーの一人としてどうか?

( 富樫 )まあ、出尽くしたのではないですか(笑い)。宮沢さん(信雄氏。ジャーナリスト)も言い尽くしたと思うけど…(笑い)。






 
医師として参考になったという范 春さん
范 春・ハルピン医科大学環境衛生学教研室主任

同じ病状を抱える身として勉強になった

中国から参加した5人のうちの一人だが、気鋭の医学研究者である范 春さんは会議前半を終わったところで次のように語ってくれた。



アメリカでのテロ事件の影響を受け、日本へのビザを取るのに時間がかかったりして、いつもより長い行程であった(笑い)が、水俣へ来て、本当に良かった。

ご存知のように、中国でも水銀中毒の深刻な病状を抱えているし、その点からもいろいろな面で勉強になった国際会議だった。

「水俣病」についてもCDを買ったりして、しっかり学びたいと思っている。