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熊本学園大学「水俣学」レポ・第9回

ゴカイなど基礎生物と水俣病は密接不利の関係にある
 
= 鹿児島大学・佐藤正典さんが講義 =
 
世界に誇れる諫早湾の締切は極めて重大な誤りだ




専門の基礎生物学と水俣病問題は根っこでつながっているという佐藤さん
熊本学園大学の「水俣学」第9回講座は2002年11月22日、鹿児島大学理学部助教授・佐藤正典が教壇に立った。

恒例により、原田正純教授から佐藤さんが紹介される。「水俣学は単に水俣病の知識を勉強するのが水俣学講座ではない。 その意味で、今日の佐藤先生は水俣病の直接の研究者ではないが、水俣病とは結局、海の問題だ。 海の専門家として佐藤先生においでいただいた。佐藤先生の研究は、正に無視され、弱い者、小さな生き物に物凄い愛情を持って、 こつこつと長年続けてこられた。その姿勢に感銘を受けた。福祉の原点とは、社会から無視されがちな、弱い人たちに心を寄せて、 地道な努力をすることにあると思う。佐藤先生の姿勢と多分に共通するところがある」。

【 司 加人 】







子供時代の遊び場を奪われ、今、研究のフィールドを奪われている



そして、長身をひるがえして、佐藤先生がさっそうと教壇に立つ。


私の専門は、いまご紹介いただいたように、海の生き物、とくにゴカイの研究。 ゴカイは、海の一番浅いところ−干潟に生息する事はご存知の通り。とくに最近の何年間は諫早湾のギロチンといわれている、 堤防の締切を契機にして、有明海の干潟の生物の研究を集中的にやっている。

きょう、ここに私が呼ばれたのも、公害の原点、環境問題の原点といわれる水俣病と干潟の状況は根っこのところで繋がっているからではないかと、私は理解している。 そのへんを、これからお話する基礎生物学と水俣病問題は繋がっているんだということをお分かりいただければ幸いだ。


中味に入る前に、まず、私のことをお話したい。1956年、ちょうど水俣病が発見された年に広島で生まれた。瀬戸内海が原風景だが、 高度成長期のまっただ中で、子供のころ遊んでいたところがどんどんなくなっていった。いわば、遊び場所を取られた思いで、 それがいままた(研究の場である)干潟を(干拓などで)取られているという因果を感じてならない。


本論に入る。[ここからOHPにより説明]

水俣病がなぜ起こったか。それは、不知火海という海の生態系、豊かな生態系があったからこそ起こったと言える。 どういうことかというと、チッソ水俣工場から水銀が海に流された。この水銀が海に捨てられるだけで人間に帰ってこなければ病気などあり得なかった。 海の生態系が豊かで、漁業が盛んで、したがって魚をたくさん食べたから環境汚染を通して、豊かな生態系が汚染され、ブーメランのように流した汚染が帰ってきちゃった。これが水俣病だ。

そういう観点から言うと、生態系という視点、つまり基礎生物学の視点は環境問題のもっとも基礎にあるものと言えるわけだ。そこに生物学の出番がある、と常日頃考えている。


そこで、まず話したいのは「海の生態系」について。

そもそも、日本という国は世界でもまれに見る豊かな生態系に恵まれた国だ。同じ海でも陸から離れたところは土漠みたいなもので全然違う。 しかし、瀬戸内海、不知火海、有明海などの内海に存在する干潟は、陸に近いために栄養が豊かだ。浅いから太陽の光が海底まで届く。 因みに、海は地球の全面積の70%を占め、その深さの平均は4000メートル。これに対し、光が海中に届くのはせいぜい100メートルだ。 したっがって、浅い海の干潟では光合成が行われ、豊かな生態系が育つわけだ。

しかし、逆にその浅いところが人間の影響をもろに受ける宿命を持っている。化学的には汚染物質が投棄されればその影響を受けるし、 物理的にも浅いところから埋め立てられてしまう。一番安上がりの土地を得られるからだ。諫早湾の例がその典型。 高度成長期を境に、そういう事例が相次ぎ、それは即人間の生活に影響を与えないため、後世に悪影響を残すという反省はまったく行われないままきてしまった。




水俣病は「生態系の破壊」だという事を見落とした



しかし、水俣病は病気そのものが矮小化されてしまった。生態系が破壊されたというもっともボーダーラインにあるという点がベースとして省みられなかった。 しかし、ここがきわめて重要なのだ。この点を、まず強調したい。

水俣病で良く言われる現象として、ネコが狂い始めたことが指摘されるが、遡ると大正時代に魚が(水俣で)獲れなくなったことがあった。 生態系には人間に影響が現われる前に環境破壊の影響が出ているのだ。生態系というのは、弱い生き物たちから影響を受けるということも重要なポイントの一つだ。


それでは、生態系とはどういうものかについて触れたい。

海にも陸にもいろいろな生き物がいるが、それらのエネルギーの根源は太陽だ。ほとんどの場合、太陽エネルギーが基本で、 海の中だったらプランクトンや海草がまわりから 栄養を吸収して、有機物を合成する。これを「光合成」というが、 それを食べる小さな動物がいて、さらにそれを食べるもっと大きな動物がいる。その大きさはだんだん大きくなり、 遠くに移動したりする。それを「食物連鎖」という。陸に上がれば、同じように草が生え、それを草食動物が食べて……というように、 いろいろな生態系があるわけだ。

ただこれらは、決して均一でなく、豊かなところと砂漠のような不毛なところがあることはご存知の通り。 陸にも砂漠はあるし、熱帯雨林もある。海にも深いところは陸の砂漠や土漠のようなところもある。

そういう中で、海の干潟や河口の干潟は豊かな生態系を作り上げ、我々の祖先は陸での実りを得る前に、 海の実り−貝類を食べていた事が貝塚で立証されている。米を食べる前から機械や道具がなくても簡単に獲れる貝を食べていたわけだ。 我々の祖先はそういう環境の中に生きてきたわけだ。


とくに豊かな日本の中でもとりわけ豊かだったのが有明海だ。そこかしこが破壊されてきた中で、 いわば有明海はそれら生物にとって最後の砦みたいなものであった。水俣にも干潟があった。シオマネキとかいろいろな貝がいた。 それらが悪意があったかどうかは別にして、完全に埋め立てられてしまった。東京湾に至っては元々存在した干潟の90%が埋め立てられてしまったというのが事実である。


次に、代表的な食物連鎖の例をご紹介したい。

プランクトンは水にぷかぷか浮かんでいるが、実はこれが生態系の出発点だ。これを食べて、干潟のドロの表面にびっしり繁殖するのが珪藻。 手の平一杯のドロに、専門家に分析してもらったら100種類以上の珪藻が繁茂していた。それをこんどはご存知のムツゴロウなどが食べる。 珪藻を食べてるのはムツゴロウだけではなく、他の生き物もたくさん食べている。多くのカニ類もいる。これらは潮が退いたら活動を始める。

一方、潮が満ちてきたら活動を始めるのが貝類だ。タイラギとかアサリとか多くの種類がいる。彼らは水をろ過して食事をする。 ということは、貝がたくさんいればいるほど海の水がきれいになるという、いわば自然のメカニズムだ。

そして、そういう貝をこんどは人間が食べるという連環を何千年もの間繰り返してきたわけだ。


ゴカイの存在は無用なものと誤解されているとジョークを交えて講義する佐藤さん
そういう中で、私の専門のゴカイの存在を説明したい。彼らはほとんどが干潟の砂の中に巣を作る。そこの表面に溜まったものを食べるわけだが、 彼らの体内で代謝することも大事なことだが、巣穴が泥の中にいっぱい出来るということも大事なことだ。簡単に言うと、 バクテリアの分解が促進され、それが干潟全体の浄化につながる。栄養が溜まりすぎると、とくに不知火海のような閉鎖的な海域は富栄養化してしまい、 酸素が足らなくなって逆に生き物が死んでしまう。そいう状態を改善してくれるわけだ。しかも、そういう貴重な作業を無償でやってくれている。 しかし、我々はそのありがたさを忘れている。とくに、我がゴカイにおいては“価値のないもの”と誤解されている(笑い)。


ここでもう一つ重要な役割の生き物がいる。鳥だ。かりに、海の汚染がなく、ゴカイ類が繁殖しすぎてしまうと、さきほどの富栄養化状態になってしまう。 このゴカイを誰かが食べてくれないと連鎖にならない。それをやってくれるのが鳥たちだ。 中でも季節によって変る渡り鳥は自分たちの栄養とエネルギー補給のために物凄い量を食べるが、一方でそういう食物連鎖の役目も果たしてくれる。 因みに、渡り鳥はシベリアなどで生まれたものが日本に来て、冬を過ごして帰るものや、もっと凄いのは一休みして、さらにオーストラリアなどへ飛んでいくものがいる。 いずれも、日本や韓国の干潟で栄養とエネルギーを十分に補給する。干潟は越冬地であり、中継地であるわけ。さらに、鳥は糞をする。 それらは海であっても地球の引力に逆らって陸に戻される。自然界ではそういう循環をしている。


ここまでをまとめてみたい。

日本は豊かな生態系に恵まれていたというのは、陸から豊富な栄養が供給されて、それがプランクトンとか珪藻、 海草などに食べられて、それらを小さい生き物が食べるという食物連鎖がある。これはちょうど運動会のリレーに例えられる。 大事な栄養、すなわちバトンが次々タッチされるからだ。最後に大きな動物や人間がアンカーになり、それがまた陸に落としていけば真の循環だ。 その姿が正に有明海や不知火海や瀬戸内海だった。要は、一人勝ちということはあり得ない。 いろいろな生き物がいてこそ連鎖が行われるわけだ。




漁業の健全化も大事。だが、それ以上に生態系の保全が重要だ



そういう意味で、ごく最近伝えられている有明海のノリの問題がある。色落ちが心配されているが、ノリだけが取れればいいということはあり得ない。 あるいは貝だけ取れればいいということはあり得ない。貝だけでは自然界に生きられない。他のいろいろな生き物がいるから貝も生きられるのだ。 それが生態系だ。これが重要なことだ。このことを良く理解して欲しい。


しかし、それ以上に重要なことは、そういう生態系が次々と壊されることだ。その結果、身近な事で言えば赤潮現象だ。 本来あまり栄養のないところにプランクトンが異常に発生し、食べてくれる生き物がいないから死んでしまう。 餌をあげ過ぎた金魚鉢の状態になる。悪循環の典型になる。赤潮の中には有害性のものがあり、 それが魚や貝のエラに付着して魚たちを殺してしまうというものもある。一度こういう状態になると、浄化は難しくなってしまう。


そういう中で、わずかに残っているのが皆さんの近くに見える有明海だ。日常、報道されるノリがどうの、 貝がどうのというレベルの問題ではない。日本の原風景が、最後の砦が守られるかどうかという問題だ。この点を強調しておきたい。

そして、日本の沿岸漁業のナンバー1はこの有明海だった。 ということは、裏返せばそういう漁業を支えたのは生態系であったということだ。

諫早湾干拓の愚かさを再三指摘した佐藤さんの舌鋒は鋭かった
その有明海の中でももっとも豊かだったのが諫早湾だった。そこに7キロの堤防が出来、締め切られたわけで、 これは二重三重に重要で大きな環境問題だと言わざるを得ない。

重ねて言うが、有明海の干潟はいまや日本全体の40%を占める干潟で、そういうところの環境が破壊されてつつあるという実態をしっかり知って欲しい。


少し専門分野へ進みたい。

私がゴカイを研究したのは、興味はもちろんだが、ほとんど誰もやっていないということから始めたと言ってよい。 何が言いたいかというと、理学部というのはそういうところで、今も理学専攻で良かったと思っている。

さて、ゴカイの話だが、有明海には世界的に見ても他にいないゴカイが生息している可能性が大きい。 魚だけでも他のどこにもいないが、有明海にだけにいるものが7種類もいる。かにでもそういう事が言える。生物学から言うと、 こんな面白いところはない。これが実は、環境問題以前のきっかけだった(笑い)。なぜ珍しいのか? 海は地図を見れば分かるように、 世界につながっている。陸だったら隔離されていて、沖縄のヤンバルしかいないものとかあるが、 海は世界中に繋がっているだけに隔離されて生息しているものというのはそう多くない。

今の時点で言えるのは2種類は新種がいると思っている。いま、名前を付けようと論文を出している最中だ。 自分の大学でも授業でゴカイというと、目を伏せる学生が多いが、ゴカイを顕微鏡で見ると実に可愛いことが分る(笑い)。 [注=以下、スライド等を使ってゴカイの種類などの説明をるるされたが、ここでは省略する]


次に申し上げたいことは、ゴカイに例を取ったが、環境の変化に対応して生き物の分布が変わるという事もあるが、 有明海しかいないという本当の理由は、他の海岸にも本当はいたが、環境が破壊されたためにいなくなってしまい、 破壊の度合が遅かった有明海だけに残ったということが言えるのではないか。今の私はほぼそういう考え方に偏っている。 そういう諫早湾を今、壊そうとしているわけだ。そこのところをみなさんも良く考えていただきたい。


最後に、諫早湾の締切の重大性について再度触れたい。

漁業の問題もちろん大事だが、それ以上に貴重な、残り少ない日本における豊かな生態系が残るのか残せないのかの分かれ目にある。 みなさんもぜひ現場を見て欲しい。私は締め切り前の諫早湾の素晴らしさをこの目でみてしまったから切にそう申し上げたいのだが、 今は、漁業の存続うんぬんで議論されている嫌いがあるが、それだけではないことを強調したい。

ご覧になった人もいようが、諫早湾の堤防が締め切られた後、 白い貝殻が浜が真っ白にみえるほど累々としているのは我々の祖先が縄文時代から食べたハイガイの貝殻だ。そして、ごかいもしかり、 さらに言えば鳥の絶滅種になったトキもそうだ。辛うじて全滅はしていない。今なら、何か手を打てばまだ間に合う。 このことを理解していただきたい。私を含めて諦めてはいけない。




環境問題は100年、200年のレンジで考えよう


まとめたい。

環境問題の本質とは何か。今の50年や100年は人類の歴史の中でほんのわずかな部分に過ぎない。 確かに、水俣病の直接的な原因となった有機水銀などの有害物質が人間の健康に直接影響する問題、これはもちろん大事なことだ。 が、もう一方で、ダムを作ることで干潟が痩せていくというような生態系の破壊という問題は、今、こうして生きている我々だけでなく、 我々の子供、孫、その先の100年、200年先のこと、言い換えれば長い目でみた生態系全体の保全、この視点を持ち続けてほしいし、 持ち続けるべきだと考えている。みなさんも、そういう視点でモノを見、環境問題を考えてほしい。








講義が終わり、拍手が自然発生的にわいた直後に、環境教育についての質問などが出され、 佐藤さんは「お子さんがいるなら、ゲームなど出なく顕微鏡を買って上げて下さい」と答え、満場の笑いを誘った。 終わってからの学生たちの反応は「生物の講義は本当に久々。でも、こんなに面白く感じたのは初めて」という意見に代表されるように、 福祉学部の学生にとっても佐藤さんの説く、基礎生物学あるいは生態系の研究がこんなに環境問題と密接しているということは、 正に“目からウロコ”であったようだ。その意味で、強烈なインパクトをもった講義であった。






◇          ★          ◇




《水俣学講義計画案(平成14年度)》
 
各日10:40−12:10

 

  月  日内           容担 当
1) 9月20日 なぜ水俣学か、本学で開講するわけ花田昌宣
(熊本学園大学教授)
 水俣病の歴史(1)水俣病の発見から原因究明まで原田正純
(熊本学園大学教授)
2) 9月27日 水俣病の歴史(2)胎児性水俣病の発見、新潟水俣病原田正純
(熊本学園大学教授)
3) 10月4日 チッソの企業体質と技術
  チッソ史
宇井 純
(沖縄大学教授)
4) 10月11日 チッソ労働者と水俣病
  公害病と職業病との関係
山下善寛
(元チッソ労働組合委員長)
5) 10月18日 水俣病を記録して
   1960年〜1997年
桑原史成
(報道写真家)
6) 10月25日 水俣病とマスコミ
   主に地元紙の視点から
高峰 武
(熊本日日新聞編集局次長)
7) 11月 8日 法創造に挑む水俣病
富樫貞夫
(志學館大学教授)
8) 11月15日 水俣病患者の闘い−公害と差別宮澤信雄
(フリージャーナリスト)
9) 11月22日 海の生態系と漁業
  御所浦島
佐藤正典
(鹿児島大学助教授)
10) 11月29日 被害者の想い
   闘いの日々
浜元ニ徳
(水俣病資料館語り部)
11) 12月 6日 世界に広がる水銀汚染
   水俣が持つ意味
原田正純
11) 12月13日 被害補償の経済学
花田昌宣
(熊本学園大学教授)
酒巻政章
(熊本学園大学教授)
13) 1月10日 水俣学まとめ
   教訓をより確かなものに
原田正純


* 熊本学園大学社会福祉学部福祉環境学科
 
   〒862−8680 熊本市大江2−5−1 TEL 096−364−5162






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