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公害・環境問題研究に格好の“川崎再生物語”

= 永井進・寺西俊一・除本理史編 =
 
『環境再生−川崎から公害地域の再生を考える』が発刊





大学院生ら若い研究者たちを社会科学の研究者がバックアップして執筆、まとめられた本書は、サブタイトル通り「川崎から公害地域の再生を考える」ことを主題にした、いわば“川崎再生物語”である。








17年間にわたって続いた川崎公害訴訟は、被害者の原告側の勝訴、和解という形で終わったものの、大気汚染により健康被害を受けた被害者の肉体も公害で疲弊した地域も実は元に戻らない、という今や日本中に残っている負の遺産の典型的なケースである。

そういう状況を踏まえて、本書が取上げたテーマは、先例に唯一と言って良い西淀川(大阪市)があるだけで、それに次ぐ川崎市の環境再生の試行錯誤に多面的に切り込み、実際のプロセスを描き、問題点を抽出している。

通読して感じたことを羅列すると―

  1. 裁判にならなければ(しなければ)環境再生の取組みが生じないという日本の現実!
     
  2. もはや人類(否、むしろ日本あるいは日本人というべきであろう)は、行くつくところまで行ってしまった。自らを含め“懲りない面々”に成り果てた。
     
  3. 立体的、総合的環境破壊地区・川崎というプリズムを通して見る本書は「公害」や「公害問題」、「環境」や「環境問題」を学ぼうとする人たちには格好の書と言って良い。
     
  4. ただ、そういう若い人たちが買おうとするにはやや割高な感じがしなくもない。
     
  5. 各論に目を転じると、筆者の好みとしては、まず、コラムが出色であり、読み進んでいくと、ともすれば嘆息が出る、堅苦しい記述の中で、一連のコラムはほっと一息つかせてくれた。
     
  6. 15章の市民参加問題を取上げた項は、中でも“物言わぬ市民”という、なかなかまともに表現できないことを単刀直入に掘り下げているあたり、さすがベテラン研究者と感心させられた。






それにしても、である。

「環境再生」という語感は美しいが、なぜ「再生」するのか? 破壊し、失ったかである。要は、作為的か無作為か不可抗力かは別として、我々はもともと自然が有していた地球環境を自らの手で破壊してしまったのである。 その意味で言えば、「再生」とは「贖罪」にも通じるものがある。ましてや「環境再生」という名の元に「環境再破壊」は厳に戒めるべきであり、物言わぬ市民を初めとして厳しくチェックすべきである。そういう思いを引出してくれた本書に感謝したい。

どこかに、「再生」でなく、「保全」の好例を描いたものはないものか、と改めて強く感じたのだが、捻れた読後感であろうか。               

【誉 礼】  



* 発行所:
 
     有斐閣(有斐閣選書)
 
     〒101−0051 東京都千代田区神田神保町2−17  TEL 03−3264−1314
 
     4×6版 347ページ 2100円(本体)             





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