● 『公害の政治学』 |
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1968年、三省堂より刊行。多くの水俣病患者や関係者と接触した実体験を元に展開された公害運動論で、公害の悪化を予測し、その対象として四日市や市原市、徳山市などを実名入りで上げ、さらに新しい公害が発生するとして、「公害への国の責任を明確にする」「公害の自治体の責任を果たす」「公害への企業責任を明確化する」「人権尊重の政策を推進する」を提案。(1)公害は初め弱者層に現れる。(2)公害に第三者はいない。(3)公害をなくすには住民が専門家になるほかない。(4)既存の組織に依存せず、小さな組織の緩やかな連合が有効である―など「公害への住民運動論」を具体的に提示し、これが後に自ら主宰した東大自主講座につながり、日本の公害反対運動に大きな影響を与えたばかりでなく、全国の大学で自主講座を多発させ、また単なる公害学習でなく学内の民主化、地方自治の覚醒、住民運動などに大きな影響を与えた。
【この項、原田正純教授の解説から抜粋】 |