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「環境紛争処理北京WS」(3)

 ル ポ


現場調査・1日目……秦皇島事件現場
<ミニルポ> 1)相川さんの箸使いを見かねて・・・

 2)好評蒸しパン”




 

現場調査・1日目

北京WSの第3日は2日間のセッション報告の後を受けて、紛争現場への現地調査の第一弾として、列車騒音に悩む「秦皇島」へ案内してもらった。見たまま、感じたままをまとめた。

【司 加人】


秦皇島列車騒音事件現場へ

【WS第3日】 2001年9月17日

快晴なのに北京市内は霞みがち

■08:00 
気持ちの良い快晴の中、バスでホテルを出発。目指すは北京から真東へ300 キロの中国屈指のリゾート地・秦皇島(しんのうとう)だ。
2日間のセッションから解放?されて、フィールド派の研究者が多いだけに車内は明るい雰囲気が。 ただ、自他共に許すフィールド派の2先生(あえて名を秘す)が不参加なのは少し寂しい。 車内では事務局の相川さんがガイド兼通訳。様々な質問をさばく。
■08:30 
北京市内を抜け出す寸前だが、1990年にアジア大会が開かれた時の会場近くを走り抜ける。大きな水泳場や陸上競技場が見え、周囲の高層建築は元の選手村で、今は住宅に払い下げられているとか。 大塚健司さん(事務局)の「オリンピック村はどこに?」との質問に「もっと北の方に作られる」との答え。これから大車輪で再開発が進められることだろう。 北京在住のリサーチか?片岡直樹さん(東京経済大学)の「このへん、いくらで買えるの?」の質問にはさすがの王さんも「うーん、分からない」。 このあたりもかなりの渋滞だ。永井進さん(法政大学)が「1人乗りが随分いるなあ」とつぶやく。なるほど良く見ると、マイカー族というか1人乗りの車が多い。中国も大都市ではあろうが確実にどこかの国の後を進んでいる感じがする。 ところで、天気は快晴だが、どこかもやっているというか、スモーキーな感じ。これは夕方、郊外から北京に入る時にはっきり確認された。 「中日友好環境保護センター」と書かれたビルが見える。ここでは大塚さんが「友好病院などとともに、ODA援助で建てられたもので、当時の政府首脳が"中日"という名を入れてくれないと日本がやったということが分からないということで"日"の字が入ったと聞いています」と解説してくれたが、そう言えばごく最近も"日本の顔"が見えるとか見えないとかの議論があったことを思い出す。

■08:40 
ようやく高速道路に入ると、バスはスピードを上げる。なにせ現場までは300キロ。運転手さんの急ぎたい気持ちは良く分かる。高速道路から高層アパートが見えるがスモッグでかすんでいる。

■09:05 
高速は「京津」線に。いつのまにか道路の左右は田園地帯。背の低いトウモロコシなどが繁っている。


製鉄所の排ガス事件などで地方行政の強さ知る

■10:20 
バスの中で説明してくれる劉弁護士(中央)
弁護士で秦皇島事件を担当している劉 湘さんがマイクを持って"車内レク チャー"が始まる。劉さんは日本留学の経験もあり、かなりの日本語使いだが、説明は中国語で、 相川さんが額に汗かきながら通訳してくれる。要約すると、こんな感じだ。
  • 秦皇島は河北省に位置するが、省内ではきょうの主目的である騒音事件だけでなく、 いくつかの公害問題が起こっているという。同省の楽亭県に製鉄所があり、ここから の排気ガスが付近の農業を中心とする地域住民が栽培する桃などの果樹に深刻な影響 を与えており、すでに国の機関からは操業の停止命令が出されているが、地元行政は 経済優先、大きな税収入を失うことになるので閉鎖は拒否している。
  • 排ガスによる影響は人体にも及んでおり、付近の農民は風邪を引きやすくなっているという現象が顕著になった。
  • 農民は昨年5月、県の環境保護局に陳情したが、解決しなかった。このため7月には農民が製鉄所を取り囲んだ。自力救済運動に立ち上がったわけだ。県庁は農民説得に乗り出した。
  • しかし、県の説明は、その製鉄所は大納税者であることから操業は止められないこと、 大気汚染で人が死ぬことはない−というひどいもので、これが農民の怒りに火をつけた。農民たちは生産現場に乱入し、これにより工場の操業に支障が出た。 しかし、工場の労働者も2時間、自発的に作業をやめた。それ以外の衝突はなかったし、農民も引き揚げた。
  • 農民たちは、6月5日の世界環境デーに近づいたので、県レベルでなく、もっと上に突き上げると言い出したが、その際、代表を何人か出せといわれて、名簿を出したらたちまち警官が来て、5人のうち4人を刑事拘留し、1人は逃げた。
  • その結果、農民は初めは弁護士に依頼したが、行政が応じないため、「センター」(CLAPV)に持ち込まれ、王センター長から劉弁護士に担当することを依頼された。
  • 現地行政は明かに製鉄所を保護し、中央の指示を聞かないという典型的なケースになった。
  • その後、最終的には和解が成立し、賠償金が25万元支払われるという提示があり、住民は行政訴訟を取り下げた。
さらに、メインテーマである秦皇島事件についての概略説明をしてくれた。

■12:10 
高速を降り、秦皇島の街に入る。道の左右の柳の木などの街路樹が緑豊に繁っていた。建物もほとんどがフラットだ。


3分に1本の割りで轟音響かせる列車群

■13:30
昼食の後、いよいよ目的地に到着。バスの中では静かだった?印純生さんは自宅が近づいてきたこともあり、目の輝きが増してきた。 バスが入れるところまで行き、あとは歩きだ。すぐ高架線が目に入り、印さんの家へはその下をくぐって着いた。この付近に全部で5本の線路が交錯しているという。 印さんの自宅前に到着。近所の人たちも集まってくる。子供たちが無邪気に球遊びに興じている。 印さんの家の裏庭にも通してもらう。陽射しは明るいが、なんとしても1日=240本という列車の騒音は迫力を超えて恐怖すら感じる。1日=240本というと1時間で20本、3分に1本という計算になる。


印さんの自宅前で説明を聞く
移動の間にも60両連結の貨車が轟音とともに走り去る

■14:00
印さんの家からもう1ヵ所に移動するが、その間もひっきりなしという感じで貨物列車が通過する。 なぜかこのあたりに差しかかると汽笛を鳴らす。規則なのかいやがらせなのか?・・・ 何本かの列車の車両を数えたら、 ほとんどが55両から60両だった。貨車の長さはアメリカ的だ。


村全体の問題として捉えている地元首脳

■14:20 
地域の党の事務所に案内される。白い看板に「大里村民委員会」の文字。2階の会議室に案内される。間もなく村長の石主任と党支部の責任者の蘇書記長が現われる。お2人とも良く日焼けしている。ほとんどが農業従事者なのか10人ほどの人たちがオレンジやぶどうで歓待してくれる。 歓迎の言葉に続いて、この問題をどう捉えているかという説明があった。「我々はこの問題は単に印さん初め沿線住民だけの問題とは思っていない。村全体の問題だと位置付けている」と、きわめてオーソドックスな問題意識であることが理解できた。 逆に、日本には同じようなことがないのか? あるならどう対処しているのか? などの質問が矢継ぎ早に出される。淡路剛久さん(立教大学)や加藤久和さん(名古屋大学)、磯野弥生さん(東京経済大学)永井さんなどがルル説明したり、質問したりしばし攻守ところを変える。日本側は新幹線の事例などを説明する。 そういうやり取りの最中にもまさにひっきりなしに列車の轟音が鳴り響く。その瞬間はほとんど話が聞き取れない。もちろん、窓は閉めてある。夜、あたりが静寂な時のことを思うと、印さんたちが訴えることが実感として分かる。 やりとりはかなり専門的かつ技術的な領域にも入った。 ふと見ると、一見、高校生か大学生のような若い女性が2人メモを取っている。地元の学生で、日本から研究者が来るというので勉強にきたのかと早合点したら、なんと地元紙の記者さんだった。どんな記事を書いたのかはフォローできなかった。

村の事務所で説明を聞く 窓を閉めても列車が通ると騒音で会話が聞き取れない 地元紙の記者も取材に(左側の2人の女性)



一方で有数の避暑地は静かなたたずまい

■15:00 
屈指のリゾート地。秦皇島のビーチ
予定時間を大幅に超過して、大里村を辞去。 一路、北京へと思ったらバスのドライバーさんの機転で、せっかく秦皇島へ来たのだからという配慮からか、海岸通りを回ってくれるという。まもなく渤海湾の濃い青さの海岸が視野に入る。砂浜ではそう多くないが、水着姿や寝そべっていつ姿が散見される。周囲は別荘風の家が並んでいる。中国政府首脳が避暑地として良く使う「北戴河」という地名はご存知の人も多いだろう。5分ほど砂浜と並行して走り、北京市への高速に入った。

■18:00 
バスはひたすら走り、落日寸前に北京の市内に着いたが、朝、分からなかったことが、ここで解けた。完全に市内上空はスモッグだということで、まるで雲の帽子をかぶっている感じだった。車内に排ガスのような臭いが入り込んで来た。秦皇島という空気のきれいなところから一気に戻るとこういう変化を体感するんだなと、変な納得をしてしまった。

■20:00 
現地調査をスキップした人たちと合流し、にぎやかに夕食にしゃぶしゃぶを食べ、ホテルへ戻った。強烈な秦皇島の列車の轟音が耳に残っていたせいか、北京の喧騒がなぜか心地良ささえ感じた。



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相川さんに代わってメンを取り分けてくれた印さん(中央)
《生きた日中技術交流?》

WS3日目の現地調査第1日の話題その1。9月17日の昼食時のこと。連日、多量の食事でついつい食べ過ぎてしまうと自らの自制心のなさをタナに上げて、出てくる食事の多さに"自己責任"を放棄してきた面々も、北京から約4時間のバス移動でお腹がすいたのかやはり旺盛な食欲を見せる。秦皇島の街中に予約されたレストランではナベ風のメンが出された。事務局マインドに溢れている相川さんが例の象牙風のハシでメンバーに取り分けてくれようとするが、滑ってうまくいかない。そんな相川さんのハシさばきを見かねて、隣の印 純正さんがやおら立ち上がって、武骨な指(失礼)ではあるが鮮やかなハシさばきでメンを取り分けてくれたという一幕が。「これが本当の日中技術交流ですね」はある若い人の独り言…。




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《主食? 副食? それとも…》

同じ昼食の途中でふっくらとした蒸しパン風のものが出てくる。写真のように、ソフトケーキの倍くらいの厚さで、外側はこんがりとした色がきれい。全体は4つに切られ、これだけで満腹という感じのボリュームだが、味は素朴でなかなか。帰国後、この名前や原料、作り方が気になっていろいろな人に尋ねたが、ほとんどの人が「大塚さんか相川さんなら知ってるんじゃないの?」と口を揃えるが、ご両人とも「?」。知り合いの中国人留学生にも聞いたが、「そこに行ったことがないし、食べたこともない」という返事。ということは秦皇島付近の地域色の濃いものと言えそうだが、いまのところ原料はトウモロコシと小麦粉、作り方は発酵させて蒸し焼きでは…というところに落ち着いているが名前は分からず仕舞。どなたかご存知でしたら一報を。
ちなみに、ほとんどのテーブルで食べ切れず、ホテルに持ち帰った。


ふっくらとして中は蒸しパンの感じ

中国通の大塚さんも初めてとか



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