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「環境紛争処理北京WS」(2)

 インタビュー


《北京WSで思ったこと》

片岡直樹さん (東京経済大学現代法学部教授)

      



日中の共通課題は研究者の年令的断絶をどうカバーするかだ

―― 昨日、全日程を終了したところですが、今回のワークショップでは座長を勤められたり、質問者に回ったりされましたが、振り返っていかがですか?

( 片岡 ) まず問題として触れておきたいのは、メンバーの年令層の断絶といいますか、とくに中国側は文化大革命の影響で、研究者の年令層がきれいに飛んでしまうんです。そうすると何が起こるかと言いますと、年令的にも一世代飛んだ留学組が今の研究者の中心になっちゃうんですね。そして彼らの話す内容は我々が日本にいても知っている世界的な動きにそった中国の動きということになり、中国がどういう問題をかかえ、どういうふうに法律的に対応しようとしているかという変化についてはあまり話されません。そのため、率直に話ができる先生は少ないという感じがあります。

―― ということは、手放しで今回の成果があったとは言えないということですか?

( 片岡 ) そこまでは申しません(笑い)。法律を専門とする立場から率直に言わせていただけば、法律屋というのはえてして世の中が見えていない領域にいるわけですが、今回のWSで率直にいろいろな問題を語って、どういう法律上の欠陥があって、どう改革したら良いかを話そうと、あるいは話してくれるようになった。それは、中国の新しい変化だと日本から出られた多くの方が感じられたと思いますが、確かに90年代の後半からはそういう話ができるようになったのは事実です。
今回も、率直に我々外国人の前でも現在抱えている矛盾を話してくれたということは一貫して良い方向に動いてきている延長線上にあることは間違いないのですが、問題はどうしたら良いかというところで、(WSに出席している)彼らは基本的には一部を除いて民間人なので影響力はないわけですので。結局中国の環境保護局がどう動くかということが重要な意味を持っているわけで、今回の会議はどうだったのだろうか、と考えるのです。
王先生たちは今回、いろいろな人たちを集めてくれ、それなりに影響を与えようとしていますが、基本的には個人ベースで影響を与えるということで、これはもともと民間と民間の交流ですから当り前なのですが、本当に事を動かすとすれば行政ベースの組織などとタイアップした形で、環境保護局にもっとダイレクトな影響を与えるようになればいいんじゃないかと思います。

―― 誤解される表現かもしれませんが、犬の遠吠え的なもので終わるのか、そうではなくて、これをテコにしてダイレクトに影響を与える一つの手段として使いたいのか−という点ではいかがですか?

中国での「環境保護法」の位置付けはジリ貧

( 片岡 ) それはいくつかに分けて考える必要があると思います。一つは、政法大学の中での王先生の影響力を固めようという努力という点では、今回我々が来たことで一定の成果はあったと思います。これは重要だと思います。というのも、法学研究と法学教育の中での環境法の位置付けは乱暴に言いますとジリ貧なんですね。弁護士試験を含めた国家試験の中で「環境保護法」が取り上げられていないんです。日本と同じような基本的な法律科目が受験科目に設定されているので「環境保護法」を勉強しなくても国家試験にパスしちゃうんです。

―― いつ頃からですか?

( 片岡 ) 90年代に弁護士試験の試験科目整備をやった時に入らなかったんです。とくに80年代に重要な論争として社会主義経済の中で民法はいるかいらないか、という議論をやってきて、結局、86年に民法ができて、いわば民法派が大学の中で勢力が強くなったわけです。それに合わせて経済法派は自分たちの存在意義をどこに持っていくか考えて、日本型の経済法−取引の独占禁止とか、行政が統制する経済法領域に焦点をあてて、そちらへ完全にシフトしたんです。となると、従来は経済法の中に入れられた「環境保護法」をどうするかと言った時に、さきほど申し上げた世代の断絶があったためにスタッフが足りなくて「環境保護法」はマイナーになってしまったんですね。それで、王さんがやっていることは「環境保護法」の拠点を、すでに武漢にはあるが、北京にもちゃんと作ろうということで、それは今回成功したのではないでしょうか。
もう一つは、お金の面ですね。アメリカはフォード財団などのような民間のファンドが資金援助してくれるわけで、そのための実績をあげていくためには我々との交流が成功したことは重要なことでして、金が出なくなったら王先生の取り組みも続かなくなると思うんですね。したがって、資金ベースでも成果を得たのではないでしょうか。
ただ問題はその先にあるんですね。今回もそれぞれの大学から有力な、ちゃんとやってる人に声をかけたようですが、人脈的にネットワーク化されていないという印象は否めませんね。それは、彼らの中にある大学間競争もあるんでしょう。理想的には武漢大学でも、王先生たちと同じようなセンターを作ってやるべきなんですが、まだそこまで行っていないというのが現状ですね。

―― 武漢大学の存在はどういう意味があるのですか。

( 片岡 ) 実は、武漢大学の環境法研究所は国家環境保護総局−昔の環境保護局ですが−の肝いりで作られたものなんですね。そういう意味では武漢大学が全中国の拠点になっているわけです。で一方、首都の北京では、北京大学や政法大学や社会科学院というものも拠点化されてなくて、そうすると環境保護局にがんばれというネットワークを作ろうとした時に、武漢大学をどうするかということが重要なんですが、武漢大学側からはネットワークは作れていないのです。本当は北京と武漢に拠点があればもっと機能できるわけです。
いずれにしても、王先生のように中国全体を考えてどうしたら良いかという発想で動く人がもっと出てくると、より効果というかそれこそ影響力を持つことになると思います。

―― ところで、今回のWSについてのご感想をうかがいたいのですが…。

( 片岡 ) 一つは、日本側の人的、年令的層の問題ですね。今回は、50歳代、60歳代の世代が中国ともやれるなという実感をもたれたと思うのですが、それが一番大きいですね。で、問題はその次の世代が一挙に若い世代に飛んでしまうことですね。今30歳代、40歳代の人で法律専門家が中国の環境法を勉強しようという人たちを組織化できるかどうかだと思いますね。
これは、私自身の大いなる反省点でもありますが、いままでそれなりに書いてきたのですが、実はそれが日本人に伝わっていないことを今回参加して痛感し、書き方を含めてもう一度考え直さなければいけないと反省しています。

中国側は日本の情報はほとんど知っているのでは?

―― 具体的には?

( 片岡 )つまり、「こういうことは分かっている」ということを北京に来てもう一度やっているという点です。若い人で、中国語をやれるような態勢を日本でも本気でやらないといけないんですが、ご存知のように日本は今、大学危機ですので(笑い)、中国法なんていうマーケットはもともと狭いのでここは言うのは簡単ですが、ある意味で中国側と同じような問題をかかえていると言えます。環境協力をやれるようなセクション−アジア経済研究所でも外務省でも、それこそ体制派とくっついてでも話をいろんなところに進めていくようにしないと議論のスタートラインがいつも低いところにあるまま、同じようなことを繰り返してしまう感じがします。
それから、中国側はどうかですが、ポイントは中国側がどれだけ情報を持っているかということで、基本的に今回日本側が発表された内容は法律制度論について言えば中国側は知っているんです。31歳の清華大学の王遠明さんが書いた本も、もちろん淡路(剛久)先生の本を取り上げて全部書いているんです。ですから、彼らは少なくても理論的問題については知ってるんです。今回は、日本の制度の問題を生の声で聞いたことで、そうか、そういう問題があるのかという理解はしたと思うのですが。学問的交流を直接会うという形以前の交流としてやっておけば、より効果的だったと思うんです。言い換えれば、中国側が今回のWSで日本側の発表を新しい知識として仕入れたのかなと考えるとちょっと違うかなと思うんです。
たとえば、昨夜、公式日程が終わった後、書店に行って何冊かの本を仕入れたのですが、買わなかったものもあったんです。かなり厚かったためなんですが。それは外国の環境法を選んで編集した本でしたが、中を見たら一番紹介されている国が日本なんですね。日本の十いくつかの法律が紹介というか中国語に翻訳されているんですね。ということは、彼らは制度の内容については情報として知ってるということなんです。
したがって、問題は理論的に悪いところ、なんで失敗したのか、うまくいかなかったのかというところを伝えることが肝心だと思うんですね。今回の民・民ベースの会議は、いわば現実を踏まえた体制批判派なんですから、それならそれで批判的なニュアンスを伝えられないか。民・民に比べて日本の環境省などからの情報はかなり量的に入っていますので、バランス良くない形で情報が中国側に入っているということなんですね。そういうことをどう気がついてもらうかということだと思います。

―― 最後に、今後については?

( 片岡 ) 一番は、やはり日中とも若い人を引っ張り出したいということ。そして中国側については、原理論的、つまり法の理論的研究をちゃんとやっている人を呼ばないとダメだと思うんです。実は、昨日のフリートーキングの時に私が質問で言いたかったのは、中国側の環境法の人たちはちゃんと勉強してないだろうということだったんです。要は、外国はこうなってますよという紹介型でなく、なぜこうしないといけないのかと説得するような理論研究をやらないと、中国で法を作る時に十分な配慮をしてもらえない可能性があるわけです。そこが欠けているのではないかと思ったわけです。
そのへんのテーマと人を選んだ交流がこれからは重要だし、たとえば若い人たちが議論し合えるワークショップを組むとか、次回以降は何らかのアイデアが必要になりますね。いずれにしても、今回が出発点になったことは事実ですし、事務局を務めてくれ、献身的に協力してくれた大塚さんとか相川さん、桜井さんのような若い層が次回まで継続できる態勢が重要だと思います。

―― そういう意味では片岡先生自身ももっとアクティブに動かれることが望まれるんでは?…(笑い)。

( 片岡 ) 心がけたいと思っています。せっかく地方から東京へ出てきたのですから…(笑い)。

【2001年9月18日、北京友誼賓館にて】





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