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「環境紛争処理北京WS」(1)

 《特別鼎談》


●出席者=発言順
王 燦発さん (中国政法大学教授・
 公害被害者法律援助センター長)
宇井 純さん (沖縄大学教授・日本環境会議代表理事)
原田正純さん (熊本学園大学教授・同)

司  会 : 司 加人
通  訳 : 大塚健司・相川 泰両氏
【2001年9月15日、北京友誼賓館にて】
WSの成功で一致した宇井さん王さん原田さん(左から)


◇ ◇ ◇


ワークショップ(WS)第1日目の公式日程が終わったところで、主宰した王 燦発中国側代表と、宇井 純、原田正純両教授の3人に話し合ってもらった。中国側は「初の試みだが成功したと思っている」とし、日本側も今回のWSの成果を「予想を上回るもの」と高く評価、今後も継続することが双方にとってより大きな果実が得られるという点で一致した。鼎談が終わって、王さんを中心に3人ががっちり握手したシーンが印象的だった。


■  日本環境会議など日本側の協力で成功した  ■


―― 王先生にまず伺います。ワークショップ冒頭の主催者あいさつにもありましたが、ここまで3年の準備期間を経て本日開催の運びとなった心境はいかがでしょう。

( 王 ) 中国の民間組織が今後の環境を守るためにはやり遂げなければならないことがいろいろあるんだなということをまず強く感じています。
今回、このWSを開くにあたって、民間の組織の役割は非常に大きかった。国際交流基金とか日本環境会議の支持・支援がなければ開催できませんでした。中国で環境NGOをやるということは現状では非常に難しいことです。
二つの問題がありました。それは「お金」と「人」でした。とくに、人の問題というのは豊富な知識があって、しかも環境保護運動をやるというのはリスクを冒すわけで、そのリスクを冒すことができ、かつ法律の専門的知識をもっている人というのはなかなかいないのでかなり制約があります。
もう一つは経費面で、必要な経費を確保することはなかなか難しいことです。
今回、日本環境会議と協力したのは初めてですが、私は非常に成功したと思っています。

―― 宇井先生は今回、北京にこられる前までにどういうことを期待したか、そして、第1日目を終わった時点ではありますが、これまでのところの感想をお聞かせ下さい。




■  逃げ腰だったが協力し合うことで道は開けそう  ■


( 宇井 ) 正直に告白しますと(笑い)、私は、これまで中国のこの種の問題についての取り組みには逃げ腰で、できたらあまり関わりたくないという気持ちでした。それは、中国の置かれた状況、実際に起こっている環境問題は私の想像を絶するような、とても私の能力では解決の糸口がみつからないような深刻な問題が多いであろうということを予想していたためでした。
しかし、そのいままでの認識は完全にと言って良いくらい覆りました。と言うのは、日本環境会議のメンバーというのは、いま、日本で環境問題に取り組んでいるグループとしてはもっとも強力なメンバーであり、それらが今回ここに集まっており、私自身、その中に加わることは自分一人で出掛けていって調べるという、これまでやってきた手法に比べると大分気が楽であり、今回、ここにいる原田さん初め北京にきている人たちは長い間公害研究を続けてきている人たちで、それらの人たちと協力して仕事ができるということは大きな成功の可能性がある、という考えに変わったわけです。

( 王 ) なぜ、一人で取組まれることを恐れられるのですか?

( 宇井 ) うーん、私は技術者なものですから、どうしても一つ一つの問題に何か答えを出さなければならないという、一種の強迫観念のようなものに取りつかれてしまうんですね(笑い)。
この問題とても自分の力が及ばないと思って投げ出すというのは普通の技術者はできないのです。どうしても答えを出そうとする。しかし、現実はとても一人の技術者の力でどうにもなるものではない、という点があります。だがそれは一種の思い上がりであると反省しました。
さて、きょう1日の討論を聞いて感じたことですが、まず「来て良かった」ということです。それから、最初に申し上げたように、中国にはいろいろな困難な条件があるにもかかわらず、その中でみなさんがこのようなセンターを作って活動して、こういう会議を開催するということは大変大きな前進であって、そういう前進に対して、自分が何かでお手伝いしたいというように考えるようになりました。
1920年代、30年代は公害問題そのものを語ることに弾圧されましたし、50年代はやはりほとんど被害者は相手にされませんでした。韓(祥)さんや印(純生)さんが話してくれたような事態は我々も長い間経験しました。
そういう経過を今日まで試行錯誤した中でどうにか事態を変えてきた。中国の場合は少なくとも前車の轍を踏むということを繰り返さないですむだけのいろいろな条件があり、それから我々が試行錯誤した中で比較的成功した道は何かということは割合分かり易く理解できるのではないでしょうか。
それから、損害賠償請求における補償責任、無過失責任の因果関係の問題は、ちょうど私がかつて新潟水俣病事件の弁護団に参加して経験したことだが、弁護団の中にも無過失責任を主張するのが良いのか、それとも過失があるからそれを立証して公害の悲惨さをはっきりさせた方が良いのかということを激しく議論しましたが、ちょうどそれと同じようなケースでした。新潟では結局過失を証明する方向になりました。また因果関係の立証責任が一部被害者側に転嫁されたことも、新潟の裁判の成果で、そこに立ち会えたことは幸運でした。
いずれにしても、私自身は法律家ではありませんが、今回のWSのプログラムを拝見してそのような部分まで準備をしてくれた王さんを初め、中国側の関係者に御礼を申し上げたい。

―― 原田先生にもどのような期待をもって北京にこられ、それが実際にどうであったかということと、日中間で協力し得る可能性について触れていただきたいのですが。




■  今後は現場同士の交流が重要ではないか  ■


原田さん
( 原田 ) 私は1976年に公害の話をして欲しいと言われ、中国側から正式な招待を受けたことがあります。そのころはどちらかと言うと、公害問題などをやっていると所属していた大学からも社会からも疎外されている時期だったので、中国から正式に呼んでもらったことに大変感動しました。したがって、公害問題についてはみなさんの言葉で言うと老朋友だと思っています(笑い)。それから以降も何回か同じようなことで伺いました。
しかし、今回は大変感動しました。いままでと非常に違ったからです。というのは、いままでは私の方が一方的に話をして、聞いてもらうけれども中国側の情報はほとんど教えてもらえなかったのです。今回は、直に被害者の農民の人たちの声を聞けたことは正に涙が出るほど感激しました。
もう一つは、これまで私が話しにきたのはほとんどが医学関係の人に対してでした。しかし、今回は医学関係の人はもとより、法律家、官僚、裁判官などと幅が広いというか、バリアがないというか、そういう方々とお会いできたことにも感動しました。
私も裁判には医学の立場から関わってきましたが、裁判から私たちはいろいろなことを学びました。それだけに、今回のような交流の中で学んでいくことは双方にとって大きいと思います。
ただ、日本は確かに多くの経験がありますが、日本の経験がはたして中国とかその他の国にすぐ活用できるかという点では少し疑問をもっています。
それは、それぞれの国の自然環境とか文化とか経済とかいろいろ違いがあるからで、日本の教訓が即、役に立つとは思えない、ということです。
実は、日本の場合でも、同じ公害といっても一つ一つ違うのです。したがって、今後の交流というのは、日本から何かを教えるとか指導するということではなく、お互いの現場を大事にしながら学び合うというような交流が重要です。今日、被害者の人たちの直接の声を聞いてこれはできるという希望をもちました。きょうの歓迎宴の時に、農民の人がすごく喜んでおられたことを見て、私も日本の被害者との付き合いがありますので、あの気持ちが痛いくらい分かって、改めて王さんはすごいこともやってるんだなと思いました。

( 王 ) ありがとうございます。


■  まだ伝えきっていない公害問題の複雑さを伝えるのが残された仕事  ■


―― 宇井先生、今後の日中間でのこの分野での協力の可能性について敷衍していただきたいのですが。

宇井さん
( 宇井 ) 韓さんの自分の財産を投げ打ってでも子供たちのために闘うんだという主張は、実は日本でも水俣病の中でそういう人がいました。そういうことから考えると、民衆同士が協力し合える可能性は大いにあるだろうと思います。片方で、国の体制、システムの違いがあります。たとえば水質関係の法律を作るのに際して、1958年に作られた日本の水質二法を参考にしたという話しを聞き、これには愕然としました。つまり、あの法律は1970年までの12年間、一度も罰則が適用されたことがない、まったくの不要・無能のかたまりのような法律だったわけです。しかし、日本の官僚が作るわけですから、法律の中にこれは不要であり、無能だとは書いてありません(笑い)。一応、役に立つようには見えますが…。
そういう中で、私はかねて「公害には第三者はいない」という理論的な結論をもっており、今日もその考えはまったく変わっていません。第三者の調停の和解が勧められていることは、論理的には間違っているという姿勢を取っています。しかし一方で、私は10年以上住んでいる沖縄県の公害審査会の委員を務めていて、和解を勧めているという現実、矛盾があります(笑い)。矛盾する立場でこの問題と関わっており、そしてまた今の中国の現実の中で第三者による調停というものが必要であろうということは認めるけれども、究極的には公害には第三者は存在しない、という考え方は変わりません。
そういう複雑な側面を含めて、中国側に正確に伝えることは終わっていないというか、私の仕事では残っていると今回強く思いました。命がある限り努力するということが東洋における"サムライ"の仕事ではないか。そういう面での手伝いができれば幸いだと思ったところです。


■  中国の現状を諦めない。手を打てば必ず改善する  ■


―― 王さん、お2人の話しを聞いていかがですか?

王さん
( 王 ) お2人のお話しをありがたく伺いました。中国の環境問題が深刻であるということはその通りだと思いますが、そういう時にこそ仕事をする必要があるのではないか、あるいは民間の組織が何か役割を果たすことができるのかできないのか、ということに対しては決して自信を失ってはいけないと考えます。
中国の環境問題が深刻だからと言ってどうしようもない、繰り返しのつかない状況ではない。何とかすれば状況を好転することができると考えています。
環境問題への取り組みは、政府が大きな役割を果たすことは言うまでもありませんが、民間組織にも果たすべき役割があり、とくに市民が参加するということは非常に大きな意味があると考えています。以前は被害者はあちこちにいましたが、彼らが実際に環境訴訟を起こすということは非常に少なかった。しかし、我々がセンターを立上げてから1年余りですが、その間にセンターの活動およびマスコミを通じて報道されることによって北京の環境訴訟は、それだけで数倍になりました。
訴訟には確かに困難があります。たとえば地方の行政機関は汚染をしている企業の利益を優先して保護しようとしますが、裁判をやっていくと勝訴する方が敗訴するよりも多いのです。
汚染被害者が裁判で勝つということは単に賠償金を取れるというだけでなく、その事実自体が汚染をしている企業に大きな圧力を与えることになるわけです。環境を汚染し、その結果、被害が出たら、誰かが訴えることによって、彼らに圧力を加えるという意味があるからです。もし、こういう環境訴訟を民間組織の援助のもとに全国で、普遍的に行うことができれば、全国の汚染源となっている企業に対して非常に大きな圧力となり、結局は汚染の減少へとつながると思うのです。


■  公害健康補償法など日本の諸制度に学ぶ点多い  ■


―― 日本と中国の協力関係についてはいかがですか?

( 王 ) 同じような道を歩んでいるのかなと思います。中国の指導者は先進国が歩んだような、先に汚染をしてから後で(汚染を)処理するという道は歩まないとよく言いますが、実際には多くの地方行政機関はすでに同じ道を歩んでしまっています。
しかし、日本がどうやって方向転換できたのかということは中国は学ぶべきことです。中国は環境問題に取り組む中で、とくに環境立法において多くのことを日本から学んでいます。たとえば挙証責任の転換であるとか、無過失責任などの環境法の理論は日本の4大公害の裁判から学んできました。80年代には、日本の環境法が全て中国語に翻訳され、80年代の中国の環境立法というのは主に日本の環境法を参考にして作られました。ただ、90年代に入って、中日の環境面の交流は80年代よりも減ってしまったようで、90年代の中国の環境立法はアメリカやヨーロッパのものを参考にしたものが多いです。
私は、交流や付き合いを通じて今後もっと日本の経験に学ぶことができると考えています。たとえば日本の公害被害健康補償法です。私はいま、中国の環境資源保護委員会に環境損害賠償法を立法するようにという提案をしています。きょう、予定を変更してフルに傍聴してくれた江小珂さん(全人代環境資源保護委員会委員)は私のこの考え方を支持してくれています。
もう一つ、中日関係で注意しなければいけないのは、中国の環境は日本の環境にも影響してくるということです。中国の環境を守ることは、実は日本の環境を守るということでもあります。中国の砂嵐(黄砂)は、政府は認めませんが、私は絶対に韓国と日本に影響があると思っています。
それから、さきほど原田先生は中国政府に招かれて来中されたということでしたが、政府あるいは政府と関係ある組織はその会議を開くことによって批判を受けることを恐れるのです。しかし、民間組織がやる場合はそういうことはありません。なぜならば、失うものは何もないからです(笑い)。したがって、私たちはあえて言いたいことを言うのです。今回、被害者を呼んで直接話を聞いたり、被害の現地へ行くということは政府が企画した会議ではあり得ないことです。
さきほどご紹介した江小珂さんは、帰り際に「きょうの会議では中国の悪い部分の話題が多すぎましたね」と言っていました(笑い)。ですが、研究者の立場からすればいろいろな問題を明らかにすることは良いことであることは間違いありません。もしも起こった問題に蓋をしてしまったら、その問題を解決することは永遠にできなくなるからです。いくばくかの地方行政機関は、自分のところで起きた問題を隠そうとします。しかし、そんなことを許したら問題は何も解決しません。
私たちがいまやっていることは、環境問題を裁判化しようということです。それによって、環境問題が表面化し、公開され、公開されたら取り組まないわけにはいきません。したがって、環境訴訟を起すことを私たちは奨励しています。
したがって、環境紛争を起すことを奨励するということは単に個別の汚染被害者の権利を守るということではなくて、中日の環境問題全体を解決していくという上でも大きな役割をもっているのです。多くの被害者の声を聞くものの、実際にはほんのわずかな訴訟に持ち込むだけですが、こんなに多くの汚染があるのにこれしか(訴訟が)できないのかとは言ってほしくありません。むしろ、わずかながらもなんとか(被害者を)助けられるという一つのモデルとして中国全体の環境問題を改善していくことができるのだと理解していただきたいのです。
中国において年間30万件の環境紛争があり、その半分の当事者が訴訟を提起するということになれば、中国の環境状況は絶対に改善します。
そこで、我々は日本の方々に中国環境汚染被害者が訴訟を起すという、法律の手段によって環境問題が解決していくという点でみなさんの協力をお願いしたいと思います。


■  人体への影響問題での訴訟もいま慎重に調査中  ■


―― 昨年、王さんのセンターとアジア経済研究所の間でスタディがあったり、今回の1日目の論議を聞いたり、要旨集を拝見しても、確かに中国における環境訴訟は多いですが、あくまで財産などの被害賠償の範囲に限られているように思いました。しかし、環境紛争処理の究極は人の生命、健康に帰すると、日本の水俣病事件をはじめ数々の経験から考えます。その点について中国の状況はどうでしょうか?

( 王 ) 良い質問ですね。実はご指摘の点については私たちもすでに注視していますし、活動も始めています。実例を上げますと、福建省の化学工場の周囲でガンの発生率が上がっているということが起こっており、現地の人の話によると、この1−2年の間に8名が死亡しているということが実際に起こっています。センターとしても専門家と弁護士を派遣して、はたして訴訟することができるかどうかを確認しているところです。ただ、訴訟に持ちこめるかどうかは微妙なところですが、こうした活動をやったことが意味がないということでなく、むしろ県が改めて本格的に調査を始めている。つまり何らかの措置を取り始めた。ということは、我々の調査活動が何らかのプレッシャーを与えたということです。


■  健康問題への取り組みは難度が高いがぜひ取り組みたい  ■


今回の会議に、環境医学の専門家を2人招きましたが、実際には太原の先生(高増林さん)だけが出てくれましたが、これは今後私たちが健康問題に関わっていこうという一つの布石です。
中国で健康問題に関わるということは非常に難度の高いことです。というのは、中国にはまだ公害認定の制度がありませんし、公害病関係の調査データは秘密の中でもレベルの高い秘密とされているので、情報が開示されるのは非常に困難なわけです。しかし、困難がいかに大きくても私たちはこういうことに取り組んでいきたいと考えています。

―― 宇井先生何か?

( 宇井 ) これからは多分、自然科学的な所見といいますか、たとえば理学部の人、生物学の人などが研究の輪に入ってもらうことが必要ではないかという方向は予想しています。


■  今後は自然科学分野の専門家にも参加求める  ■


左が宇井さん右が王さん
( 王 ) おっしゃる通りで、私たちは自然科学系の環境科学の専門家、たとえば環境モニタリングの専門家や環境医学の専門家が加わってくれればよいと考えています。

( 宇井 ) その場合に多分二つの方向が同時に進行するであろうと考えられます。一つは、専門家というのはともすれば分かりやすい、精度の高い、お金のかかる研究計画に引っ張られやすいのですが、それでもいろいろな工夫はあるものです。たとえば、水や空気の汚染の時に、すぐ水や空気の汚染を測るというのはあまりうまい手ではありません。非常に濃度が薄くて、変動が大きくて、傾向がつかみ難い。それよりもその地域の鳥たちを調べることの方が得策です。鳥というのは、空を飛ぶために非常にたくさんのエサを食べてそれをエネルギーとして消費しますから、エサの中にある汚染物質をどんどん蓄えます。それから貝です。水の中の食べ物をこして摂っていますから、その時に水の中の汚染物質を貯めていきます。
そういうような適当な材料を選ぶことによって、そんなに金をかけなくてもその地域の汚染の状況というものは濃縮された形で分かります。
沖縄でも同じような経験をしています。たとえばゴミの焼却炉から出てくるダイオキシンが問題になりましたが、実はダイオキシンの測定は非常に金がかかります。そこで大体同じように出てくるであろうと思われる鉛とか亜鉛とかカドミウムとかの重金属が土の中にどれくらい散らばっているかということを測ることによってダイオキシンの広がり具合を推定したことがあります。

( 王 ) 鳥というのはあちこち飛ぶわけで、それをキャッチアップするのは逆に難しいのではありませんか?


■  地域住民や若い人たちの協力も欠かせない  ■


( 宇井 ) はい、それで鳥の専門家の出番になるのですが、どの鳥が渡り鳥で、どの鳥がその地域に生息するかということは分かるのです。とくに渡り鳥を捕まえれば、その渡り鳥が遠いところから渡ってくる経路の汚染状況が分かりますし、そこに住んでいる鳥であればそこの地域の汚染状況が分かります。これは工夫すれば結構役立ちます。
それから、たとえば1本の木があった時に、それから細い鉛筆の芯くらいの木を切り出すことによって、その年輪のどの場所が汚れているかということを分析することができます。いつ頃から汚染が進行したかということを鉛筆の芯くらいの太さをくりぬくことで測れるのです。こういう研究は自然科学者でなくてもできます。
もう一つは、たとえば中学生なんかが簡単な試験法とか自然の観測を積み重ねていくことによって、公害の分布を調べることができます。手間のかかる方法ですが、日本の場合、ムラサキツユクサのおしべの色が変わることを利用して原子力発電所から漏れる放射能を調べた例があります。これは地域の市民が協力し合ってやりました。さらに、お墓の石についているコケの分布を調べることで大気汚染を調べたケースもあります。そういうことから言うと、若い人たちが自分たちの環境教育の研究として行動するということももう一つの方法として出てくるように思います。
今までの私たちの経験から言いますと、公害というのは調べれば必ず減ります。さきほどの王先生の、調べれば行政への圧力になるというお話のように、地域住民が公害を調べれば必ず圧力になって、公害は減っていきます。したがって、そういう方向での改善というものも入ってくるでしょう。ですから、二つの方向で同時に進行するであろうと考えられます。

( 王 ) 私にとっては専門的な話ですが、これまでそういう方向ではあまり注意していませんでした。


■  弱者のために活動する王さんの活動に共鳴  ■


左が王さん右が原田さん
( 原田 ) 中国で健康被害をみつけることはある意味では日本より難しいのではないかと思います。その理由は、公害が起こるようなところは僻地というところが多くて、そういうところは他の伝染病とか、他の不健康因子が入ってくる可能性が多いことが一つです。
もう一つは、日本の公害の場合はわりと単純なんです。たとえば神岡鉱山のカドミウムとか、チッソ水俣工場のメチル水銀とか土呂久鉱山のヒ素中毒とか…。しかし、いまから起こってくることはそう簡単ではないだろうし、そこが難しいところだと思われます。
もう一つは、かつての水俣のように、あんなに大量には(汚染物質を)流さないでしょう。したがって、これからは長期にわたる微量汚染の影響が問題になります。
さらに付け加えると、長いこと環境問題を研究してきましたが、この問題を勉強するということは単に環境問題という一つの分野を研究するというよりも、一体、研究というのは何のためにするのか、たとえば法律というのは誰のためにあるのか、医学というのは誰のために、何のために研究するのかという根源的なことが徹底的に問われてきたと思うんです。ですから、中国でいま王先生たちがやられていることは、小さな環境問題ではなくて、学問のあり方を問うことにつながっているのではないかと思います。
法律も医学も病人とか弱い人のためにあるんだということが今回の会議でも確認されたと思うんです。そういう点に今回は非常に強い共感を覚えました。

―― 良いお話を聞かせていただきましたが、最後に王先生から一言。

( 王 ) 私たちは共通の家である地球を守るために勉強している仲間なので、これからも共にやっていきたいと考えています。

宇井さん王さん原田さん
―― お疲れのところ長時間ありがとうございました。






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