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「環境紛争処理北京WS」(1)

 インタビュー


《北京WSを振り返って》

日本側代表 淡路剛久さん

 
(日本環境会議理事長、立教大学教授・法学部長)
       



 中国の実情を知ることができ、実りあるワークショップだった

―― 今回のワークショップ(WS)の日本代表を務められたわけですが、今、一段落したところでどのような感想をおもちでしょうか。

( 淡路 ) こんどのWSは日本環境会議と中国側の主催者とのジョイントで企画を立てる形で行われたわけですが、日本環境会議は、これまで中国でシンポジウムとか調査をした経験があります。しかし、その結果は、必ずしも満足の行くものではありませんでした。それは、なぜかと申しますと、公害の現状が大変ひどい状況であるにもかかわらず、被害の実態が見えない。というより、率直に申し上げれば見せてくれないし、我々も見る手段がないというあたりが、行った後どうも隔靴掻痒の感を強くした原因だったんですね。それに比べて今回は、少し近づいたという感じです。

―― 少し近づいた?

( 淡路 ) つまり、我々が知りたい事実や我々が協力していかなければいけない課題とか問題−こう申しますのは、中国の公害問題は、結局は、中国の専門家、市民、NGOなどが取組まなければ解決しえないからですが−それに向けてようやく動き出してた。そして、それに我々は近づけたなということです。そういう意味で、こんどのWSは成功と言って良いのではないかと思っています。事実、今回日本から参加した人たちは、前回までの経験と照らして、ある程度の満足感が得られたと言えると思うんです。

―― 前日の夜の打ち合せにかなりの時間をかけていました。結果、最終的にはプログラムの一部変更もありました。どういう状況だったのでしょうか?

( 淡路 ) 北京へ行くまではメールでやりとりをするとともに、現地に日本側の事務局の人に早目に行ってもらって情報交換をしていまして、その情報の流れ自体はとても良くいったと思うんですが、問題は関心のレベルがちょっと違う、あるいは関心の対象がずれたところにあるということが一つありました。違うというのは、日本側から言えば、被害者救済というところにポイントがあるように思っていたわけです−もっとも、私個人としては、中国側は紛争処理システムの導入が主要な目的ではないか、と推測していたのです−が、現実には被害者救済もあるけれども紛争処理に大きな関心点がありました。そこのところの多少のずれが一つ。

もう一つは、両方の報告を中国側、日本側と交互にやっていくわけですが、それをかみ合わせる、 つまり一つの報告の後にまったく違ったテーマで別の報告がなされるのでは聞いている方は混乱してしまいますので、 そのかみ合わせ方をどうするかという点で必ずしも十分に詰めきれていなかった部分があった。そこでセッションの流れを良くするように、 名前を含めて少し修正し、報告の順序も少し変えて全体の流れがスムーズにいくようにしました。その時、いろいろ議論をしました。 対立があったというわけではなく、お互いの考え方を理解し合うことに務め、通訳の時間も含めて少し時間がかかったということでした。
その結果、1日目はほとんど議論の時間が取れませんでしたが、少し修正した成果として2日目には議論の時間がかなり作れたということで、 良かったと思っています。

前夜の打合わせで紛争処理制度を位置付けてから被害者救済を考える流れに修正

―― 名前といえば、会そのもののネーミングも変わりましたね。

( 淡路 ) そうですね、立証の問題を一つの分科会の名称とした部分がありましたが、それを変えました。公害が公害問題とか公害被害として認知されていくプロセスは、被害の実態、ポリューションの実態から始まります。それが公害事件として認知されていって、紛争になる。その時にその事件をどう認知し合うかというのが証拠の問題です。しかし、言葉で立証と言うと、法律の世界ではテクニカルな用語として非常に狭くなるので、そうではなくて被害の認識を共有し合うプロセス、その中に裁判制度もあると考えて、被害が存在し、それを社会がどう認知して直面し、それを制度的にどう解決していくかということで制度面に移って行くという形で、紛争処理の制度を位置づけ、最後に被害者救済をどうするかという流れにしたわけです。その点、初の段階の考え方では少し狭い部分があったり、明確でなかったところがあったので変えたということです。したがって、意見の対立でなく、比重の違いということですね。
 それからもう一つ、会の名称に関連して、被害者救済に重点を置くか、紛争処理に重点を置くかは、重要な問題と関連しています。日本の経験から言うと、日本では紛争処理制度として公害等調整委員会から各県の公害審査会まであり、これをどう評価するかが問題になるわけですが、いずれにせよ、それらがそのまま今の中国に導入されて、果たして真の被害者救済ができるだろうかという点に疑問、心配があるわけです。 と言いますのは、基調講演でも触れましたが、被害者が救済され、加害者・原因者がきちっと責任を負うという仕組みが法的に確立した上で、初めて一種の特別裁判所的な紛争処理制度が機能することになるわけで、これはとても大事なことなんですが、それが確立しない段階で、紛争処理制度というのができてくると、被害者側の権利をある程度削減して紛争を抑えるという役割を果たすことになりかねません。その意味で、紛争処理制度を作る場合には、裁判制度との関係がとても重要なのです。

我々は、被害者を救済することが第一義的に重要だと考えていまして、被害者救済のためには、裁判制度の確立(司法の独立)が基本的に重要であると考えています。それができた上で、簡易迅速な被害者救済、紛争解決のために紛争処理制度をつくるということならとても良いことで、そうではなくてまず紛争処理制度ありきということになると、さきほど言いましたように、被害者が犠牲になるといういうことになりかねない。そうすると、被害者が救済されないだけでなく、公害はなくなりません。そこで被害者救済に重点を置くか、紛争処理に重点を置くかは、実は大変重要な問題だということになるのです。中国側では、1日目に出ておられました江小珂さん(全人代環境資源保護委員会委員)が紛争処理制度を提案していきたいとおっしゃっていますので王さんが今やっている被害者救済の活動が紛争処理制度と結びつくことによって初めて公式なサポートが得られるようになるわけで、そういう意味では政治的には紛争処理というのは大変重要な位置付けが与えられると思います。

また、21世紀の最初の10年のグリーンプランにこの紛争処理制度というのは入っているんですね。あれだけ公害があって、紛争が発生するようになった時に、これをどう解決していくかということは為政者としても大きな問題で、その時、被害者救済だけでは社会は安定しないという発想はあるんじゃないでしょうか。だから、紛争処理というところに持っていく。我々はそれを被害者救済、完全救済を含めながら、紛争処理に持っていくのがいいんじゃないかと考えており、そのあたりに若干の比重の置き方の違いはあったかもしれません。

―― 今回のWSは民間ベースのものですが、王さんは、今回のWSを有形無形に有効活用しようというお考えのようです。淡路先生はこの種の、というか今回のWSの効果についてはどうお考えになりますか?

現役裁判官初め自由な発言に感銘受ける

( 淡路 ) この種のWSの影響を考える前に、今回我々が非常に感銘を受けたことを申し上げておかなければなりません。 それは、前回行った時と比較して、発言が自由になってきているということです。
一つの例が、現役の裁判官が行った報告の中にあらわされています。この裁判官は、公害事件では誤った判決が少なくないことを指摘された上で、 なぜ誤った判決がなされるのかについて、三点あげました。一つは、まず法律が具体的な紛争案件に適用するにはおおざっぱすぎる、 そういう法律がまだ多い。二つ目は、裁判官が環境問題についてほとんど勉強していない、知識がない。そういう人が非常に多い。 三つ目は、法院−裁判所ですが−の独立性が確立されていないということでした。この指摘は、裁判官批判、司法の独立がないことへの批判、 法律の不備について触れた立法批判を裁判官自身が堂々と我々外国人に言われたわけで、これには感銘を受けました。
と言うのは、裁判官がこういう形で批判ができるようになってきたということは、中国社会が自由に発言できるようになってきた現われであると思うんです。批判ができるということ自体が社会を動かす原動力ですから、一つの大きな動きだろうと思うんです。
もっとも、他方では、中央政府に対する批判や党に対する批判は一つも聞けませんでした。また、王先生がNGOという言葉は一つの禁句だと言っておられたように記憶しています。NGOのノン・ガバメントというのは、そもそも人民に基礎を置いている政府に対して、それをノンと否定するのはなんだ、ということのようですが、そのような状況ではもう一つ先に行くのは難しいなあと思いました。

さて、このシンポジウムの影響力についてですが、今回は全人代のメンバーで環境問題にもっとも力がある江さんが1日目は終日出席されていたわけですし、北京社会科学院の馬驤聰先生も出ておられましたし、具体的に紛争処理制度というものを作っていかなければならないというふうに思われたと江さんは言っておられましたので、影響力が出てくる可能性があるように思います。また、こういうものをきっかけにして、公害被害というものが掘り起こされてきますので、掘り起こされてくると紛争処理制度とか裁判で解決できない問題っていっぱい出てくると思うので、その時に立法を動かしたり、矛盾解決のために仕組みをどう動かさなければいけないかという話になってきます。その意味からも影響力はあるのではないでしょうか。今後、これがどう広がっていくか、あるいはどう実現していくか、次のステップにどうつながっていくかの最初の仕掛けというか、第一歩としては影響力があったと言って良いのではないでしょうか。

次回は「2年後・水俣→関西」の方向で詰めたい

―― いずれにしても、継続が大事だと思いますが、日本側代表としては次回以降についてはどのようにされるお考えでしょうか?

( 淡路 ) 日本が経験した公害とは一体何なのかというのを中国の多層の方々に見てもらうということと、 この種のWSで情報の交換を行い続ける、つまり、この形のものを2年後にやるとすれば、その間、中国と日本がどう動いたかをお互いに 定点観測をやって情報を交換し合う。そういう意味で続ける必要があるだろうということは意見交換の中から出てきています。 いま我々が考えている案は、もし可能であれば2年後くらいに日本でできないか。中国からは各界−行政官や学者や裁判官や弁護士や医者などに 来てもらう、できれば被害者にも来てもらう。水俣とか関西の大気汚染地域の現地を見てもらい、そこで被害者の話をじっくり聞いてもらって、 被害の発生から現在に至るまでのいろいろなプロセスをヒアリングしてもらい、どういう形で被害が発生し、公害として認知され、解決され、 それが一つの制度的仕組みとなって社会全体で公害をなくすような仕組みに変わっていったか、変わりつつあるか、というものを知っていただく。 そして、その後、日本環境会議のシンポジウムに合流いただくという形で開けたらいいなと希望しています。 現実の問題としては財政的裏付けが必要ですので、11月に王先生が来日するまでに固めて、「二度目を実施する」ということを 正式にお伝えしたいと考えています。

【2001年10月2日、立教大学にて】





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