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| 地球温暖化防止−京都議定書発効へ |
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意外に大きい民生・運輸部門での温暖化ガス削減 マイカーの利用抑制など個人ベースの協力も大切 |
| 【寄稿:青柳 優(専門紙記者)】 |
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〈はじめに〉
マラケシュ(モロッコ)で開かれていた気候変動枠組み条約第7回締約国会議(COP7)は11月10日、地球温暖化防止を目指す京都議定書の運用ルールについて最終的な合意を成立させた。これで、米国抜きではあるが、各国の批准を経て京都議定書が正式発効することとなる。この合意を受けて日本政府は11月12日の地球温暖化対策推進本部で、京都議定書を2002年に批准することを決め、次期通常国会で批准を求めることを明らかにした。さらに11月15日の中央環境審議会で環境省は、同じく2002年の通常国会で地球温暖化対策推進法改正を求めることを表明し、その制度案の骨格を示した。CO2など温暖化ガスの削減を目指した取り組みが大きく進むことになるが、果たして温暖化ガスが目標水準まで削減できるのかどうか、温暖化対策では産業からの排出抑制にとどまらず、一人一人の生活レベルでの厳しい対応も要求されることが予想されなど、かなり困難な取り組みとなることは明らかだ。
京都議定書運用ルールでは、途上国支援、京都メカニズム、吸収源、順守−などについてルールが決まった。このうち[京都メカニズム(先進国の削減目標達成に向けて行われる排出量取引/先進国間の共同実施/途上国で実施するクリーン開発メカニズム)]では、これらは国内対策の補完的なものであり、目標達成の重要な要素として国内対策が構成されていなければならないこと、先進国は国外での原子力発電施設建設に伴う削減分を削減目標に使うことを控えること、クリーン開発メカニズムへの資金は政府の途上国支援(ODA)を流用してはならないこと、排出量取引については、排出枠の90%または直近の排出量のうちどちらか低い方をあらかじめ留保することで取引の売り過ぎを防止すること、などが決まった。
また森林などの[吸収源]については、2008−2012年の第1約束期間の目標達成のために、排出量から差し引くことができるのは、森林管理/農地管理/牧草地管理/植生の回復、に限るとともに、それらの活動が90年以降の人為的な活動によるものであることを証明しなければならないこと、削減目標達成のために使える森林吸収の総量は国別に上限値を定めること、さらにクリーン開発メカニズムで認める吸収源は、植林、再植林に限定し、そこで得られる削減分は年間で各国の90年の排出量の1%を超えてはならないこと、などが決まった。ここで注目されたのが各国の森林吸収量で、日本は炭素換算で1300万トンとなった。
京都議定書が発効されれば、日本は2008年から2012年をメドに90年比で6%の温暖化ガスを削減しなければならない。このためには、1998年に定めた地球温暖化対策推進大綱を見直すとともに、必要な法整備を急がなければならない。2002年の通常国会で地球温暖化対策推進法を改正することとなる。この改正では、一定規模以上の事業者に排出量の把握と国への報告、その公表を義務づけること、家庭での対策については電気やガスなど公共料金を通知する際に、それらのエネルギー使用に伴って排出された温暖化ガスの量を消費者に知らせる制度を設けることなどを当面の柱としている。企業に対しては削減目標を定めて積極的に排出量を抑制していくという手法は、最初の段階では採用しない考えだ。ただし、こうした対策で効果が得られないと判断した時には(おそらくそうなるであろうと予想されるが)、2005年をメドに、企業ごとに削減目標を定めることや、そうした削減計画の策定を企業に義務づけていくことなどを明らかにしている。さらに環境税や炭素税などの税制についても、当面は制度化することはないものの、そう遠くない将来には新たな税制として制度化する方針も持っている。
これらの当面の法制度では、なによりもまず、実態の把握という手法を通じて削減できるところを削減していこうという考えだ。とりわけ、家庭がいま、どのくらいの温暖化ガスの発生に寄与しているのか、一人一人の生活がどのような形で温暖化につながっているのかを、市民が広く理解すること、その理解を進めることを行政の制度として確立することは、意義の多いことといえる。
日本が京都議定書を批准するにしても、「先進国全体の1990年のCO2排出量の55%を占める国が締結」という発効条件が満たされるかどうかはまだ不透明だ。米国抜きでも他の先進国が批准すれば数量的には満たされるが、カナダなどが批准するかどうか、先行きは見えないとされる。とはいえ、日本はこうした国際的な動きとは別に、独自に少なくとも「90年比6%削減」への取り組みを始めなければならない。少なからぬ関係者が、いずれ米国もこの枠組みに入ってくると見ており、しかも議定書の運用ルールに基づいても、米国は大胆にもこれらを有利に活用できるとしている。そのことは、米国が入らないからとの理由で、日本が対策の進展を緩めるならば、先行き大きな負担が日本にかかってくるとの見方につながっている。 このような京都議定書の実施については、日本の産業界は反対の意見を多く出している。すでに他の先進国に比べてはるかに進んだ省エネ対策を実施しており、これ以上の削減は負担増になるとするものだ。確かに、産業界からのCO2削減はそう容易ではない。大幅に削減できる余力がないことも事実だ。産業界がよく持ち出す国際競争力にも影響が出るだろう。だが、長期的に見れば、発想の転換でCO2削減の可能性はありはしないだろうか。産業の競争力もそうした新たな製造、産業の在り方を求めることで生まれることにつながる。ただし、これは時間のかかることで、それゆえ「長期目標」として定めるものといえる。 このことに反して、いま、広く指摘されるのが民生、運輸部門における温暖化ガスの削減だ。温暖化ガスの排出では産業界からの排出よりも、運輸や家庭、オフィス・店舗などが寄与する割合が大きくなっている。運輸については、温暖化ガスの排出が少なくなる輸送手法への転換や効率的な物流の仕組み作りなどが提唱されている。自動車の利用を少なくしようとの活動もある。だが、その効果はほとんど現れていない。マイカーの利用という身近なことがらについて見ても、一人一人が利用を抑制しても総量が増えれば、全体の増加につながる。勿論、一人一人の活動は重要な要素になるが、同時に総量の抑制を図る施策も必要となっていく。家庭における電力消費も同じだ。さらに、このことは店舗の温暖化寄与が大きくなっていることに見られるように、消費構造にも直接かかわっている。地球温暖化問題への対応は、社会構造とりわけ消費構造の変革を求めることにつながっていく。 |
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