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第7回環境ホルモン学会講演会を聞いて
【寄稿(文・図)】 三菱化学環境安全部部長 西川洋三


第7回環境ホルモン学会講演会−内分泌撹乱とアンドロゲン−が6月11日、東京・内幸町のイイノホールで開かれた。 講演を聞いた三菱化学環境安全部部長の西川洋三さんが感想を寄稿してくれたので紹介する。





環境ホルモン問題に対するメディア、一般市民の関心は薄れてしまったように思えるが、研究者の関心は高い。今回も出席者は約200人で第1回以来ずっと変わっていない。 全体で5題の発表があった。このうち、男性生殖器が十分発達せずに生まれてしまう尿道下裂のモニタリングの状況と分子生物学に対する私の感想の二つを紹介したい。


=興味深い欧米での高い尿道下裂の発生率=

▼「ヒトの先天異常(尿道下裂と停留睾丸)」
 ―先天異常モニタリングによる最近の動向―
 横浜市立大学 産婦人科 平原史樹

睡眠剤サリドマイドが発売されてから、それが「サリドマイド児」の発生原因になると判明し販売中止されるまで5年余の年月がかかった。この悲劇を教訓として、出産時の先天異常の発生を継続的に観測することが世界的規模で行われることになった。日本では1972年から日本母性保護産婦人科医会が中心となりモニタリングを行っている。現在では日本の全出産児の約10%(毎年約10万出生児)が調査対象になっている。


図1
日本の先天異常発生推移(日本母性保護産婦人科医会)
外表奇形を中心とした先天異常の発生率は約1.0%で大きな変動は見られないものの、近年では若干の増加傾向が認められる。 (図1) ただし、次の点を考慮すると先天異常の真の増加を示すものかは定かでない。すなわち、1998年ごろから急増しているのは、超音波診断の普及によって心臓奇形の検出率が高くなったことが原因である。もう一つは医療技術の進歩により、以前は死亡した早産児でも現在では生育できるようになったことがある。すなわち、調査対象児が、1981年以前は妊娠28週以降に出産した児、1982年以降は妊娠24週以降、1992年以降は妊娠22週以降と広がっている影響がある。早産の方が奇形の発生率が高いからである。


図2
尿道下裂
日本における尿道下裂の発生率は1万出産当たり2.2である。(この発生率は欧米の約1/10。) 発生状況の推移を図2に示す。これからは近年増加傾向がみられる。しかし、最近ほど早産児も調査対象にしていることを考えると、真に増加していると言えるかどうかの判断は難しい。それでも、平原先生は増加傾向にあると感じている。

尿道下裂は、出産週齢に比較して体重が軽い児に多い、初産例に多いという傾向がある。どうして初産例に多くなるのか考えているがわからないという。
停留睾丸は、観察が難しく医師によって判断に差がでること、出生時の体重が軽いほど発生率が高いことから、日本ではモニタリングの対象にしていない。外国では停留睾丸の発生率についての論文が出ているが、データの信頼性に疑問を持っていると先生はおっしゃる。

以下は、私の感想である。もし尿道下裂の発生率が増加傾向にあるとしたら、その原因は次のことではないか。すなわち、高齢出産ほど尿道下裂の発生率が高いと聞いたことがある、あるいは、少子化がすすみ初産の比率が増加しているのかもしれない。

欧米での尿道下裂の発生率が日本の約10倍もあることは興味深い。環境ホルモンが関係しているかもしれないヒトの異常として、日本ではもっぱら精子数減少が取り上げられている。しかし、欧米では、乳がん、前立腺がん、睾丸がん、停留睾丸、尿道下裂なども取り上げられている。これらの日本での発生率は欧米に比べて、いずれも非常に低いのだ。すなわち、乳がんの発生率は1/4、前立腺がんでは1/10、精巣がんでは1/5である。日本人の乳がんと前立腺がんの発生率の低いのは、脂肪分がすくなく、大豆(植物性女性ホルモン)の多い食事が原因と見られている。一方、尿道下裂は出生時に判る異常であるから、遺伝的要因すなわち人種差が主たる原因になるのだろうか。

環境ホルモンが原因かもしれない異常は日本では欧米に比較してずっと少ない。それにも係わらず、日本政府の環境ホルモン予算は欧米に比較してずっと多いのは不思議だ。日本の予算は1998〜2000年の間、約80億円/年である。米国は約30億円/年、英国は1994〜2001年の8年間で合計27億円にすぎない。




=いつの日か役立つ?分子生物学の研究=

▼「男性ホルモンと性分化」
 九州大学 大学院医学研究院 名和田 新

▼「環境ホルモンが減数分裂に影響を与える可能性」
 東京医科大学 黒田雅彦

この2題は環境ホルモン問題を分子生物学の立場から解析したものである。年々このような研究発表の比率が増加している。こういう研究は、研究のための研究にすぎず、当面の問題解決には役立たないと私は思う。環境ホルモン問題には役に立たなくとも、いずれ何らかの意味で役に立つ基礎研究であり、無駄にはならないとは考えるが。

とにかく、化学品安全担当にとって、分子生物学が必須の知識になる時代がくるのは確かなように思う。それで、私も1年前から分子生物学の勉強を始めたが、まだ最先端の研究を理解する力はない。雰囲気がわかるだけである。

動物実験を主体にしている研究者は環境ホルモン騒動を苦々しく思っており、分子生物学者はそういう問題もあり得ると張り切っているように思える。そういう私の感じを何人かの学者に言ったところ、得られた反応は次のとおりであった。

A先生(動物実験が専門):「分子生物学は、動物実験で得られた毒性のメカニズムを解明するために使うものでなくてはならない。今は、生物が抜けている。分子生物学でなく分子学になってしまっている。」

B先生(分析をベースにして野生生物の異常を長年追跡している):「動物実験だけでは限界がある。分子生物学に期待したい。」

C先生(動物実験が専門):「動物実験の結果で異常がでた場合、化学物質を投与したための毒性によるものか、単なる偶然で生じたのか慎重に検討しなければならない。偶然で生じたことを毒性と判断して研究を続けると、以降の研究が無駄になってしまうから。」