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 「水俣病事件」関西訴訟特集 III


=寄稿:津田敏秀岡山大学医学部衛生学教室講師=

上告審では学問上でも国の失態露見しよう
国際的にも取り返しのつかないミス明白に

水俣病関西訴訟は国・熊本県の上告によりさらに長期化することになったが、 これまで自ら2度法廷に立ち、証言を行ってきた気鋭の疫学研究者・ 津田敏秀さんが5月8日に訴訟団が川口順子環境大臣らに「上告するな」の交渉を行った際に読み上げた意見書を《さうすウェーブ》に寄稿してくれた。津田さんの発言は常に先鋭的で、その研究結果も学会などで注目されているが、今回の意見書はトーンを抑えた冷静な表現ながら、指摘するところは今後の最高裁での論争の中でも注目される論点といえる。全文を紹介する。





<はじめに>

 私は、一介の研究者に過ぎませんので、「上告しろ」とか「上告するな」とか申し上げる立場にはございません。ただ、大阪高等裁判所で証言をさせていただいた一人として、また水俣病に関して学問的責任のある学会である日本精神神経学会の学会員として、今回の大阪高等裁判所判決で疫学上問題となった点と、国際的な公害事件・集団食中毒事件の取り組みとの落差をご説明させていただきたいと存じます。水俣病に関する行政の歴史は、衛生公衆衛生や保健医療関係者の、非常に参考となる反面教材であり、今後の行政の参考にしていただきたいと存じます。
 実は、私が大阪高等裁判所で証言させていただいたことや意見書に書かせていただいたことは、水俣病事件における実態のほんの一部分でしかありません。従いまして、以下に述べさせていただくことの多くは、もし本件が上告をされた場合には上告審で明らかになってしまうかもしれない事項であります。


<公害事件としての水俣病事件の特殊性>

☆「診断」ばかりが論じられ「因果関係」が論じられなかった類稀な公害事件

 水俣病は、魚介類の摂食もしくはチッソ水俣工場の廃水と、感覚障害・運動失調・求心性視野狭窄・難聴などの症状との因果関係の問題です。しかし、他の公害事件と異なり、これまで「診断」ばかりが論じられ「因果関係」が論じられてきませんでした。なぜこのようなことになったのか私には理解できませんが、他の公害事件を扱ってこられた旧環境庁とされましては、これは大きな失態と存じます。


☆疫学者がほとんど関与しなかった希な公害事件

また水俣病は、公害事件にも関わらず疫学者がほとんど関与されてこなかった事件です。他の公害事件を扱ってこられた旧環境庁としては、これも取り返しのつかない国際社会に顔向けできない大きな失態と存じます。


☆データが根拠とならずに権威だけが根拠となった稀な公害事件

 また水俣病は、公害事件・食中毒事件にも関わらず曝露地域の住民が行政の手で調査されなかった事件です。結果として、公害事件や食中毒事件を知らず、またデータの分析方法やデータ解釈の経験はないが、権威だけはあるという、椿先生や井形先生のご発言が幅を利かして根拠となった公害事件です。他の公害事件を扱ってこられた旧環境庁としては、これも大きな失態と存じます。
 また、本年5月1日、水俣市において川口環境大臣は、高裁判決が、「一定の条件があれば、感覚障害だけで水俣病と認められる」とした認定基準に関して「当時の医学的見地から出てきた考え方を維持していく」と述べられ、現在の基準を見直す考えはないことを明らかにされました。しかし、私どもの分析は、当時のデータを使い、当時の医学的見地からしても誤っていることを示したのです。
当時、環境庁がなぜ誤ったかという理由は、公害問題・食中毒問題の経験がある医師等が作成に関与していなかったためです。このことは、この3−4年、水俣病問題に関係していた人々のほとんどがご存じのことです。これは、とても現職の環境大臣の発言とは思えず、川口環境大臣という方は、今なお何も知らされていないか不誠実かのいずれかではないかと思われます。


☆蓋然性半分以上で認定

 水俣病は、医学的に蓋然性半分以上で認定と旧環境庁が主張されてきました。しかし、このことをデータに基づいて支持する医学者は、今日においては存在致しません。
井形昭弘先生も認定されなかったボーダーラインの患者さん達の蓋然性を70−80%はあるのではないかとおっしゃっています。また近藤喜代太郎先生も、学会の場で多くの人々が見つめる中で、私に対して直接に「52年判断条件が医学的な判断条件などとはあの時作った医師達は誰も思っていない。あれは誰が補償をもらうかの判断条件であり、医学的というのは環境庁が勝手に言っているだけだ。」とおっしゃいました。
また、例え52年判断条件を満たしていても半分以上は認定されていないことは、日本衛生学会誌で示されています。旧環境庁としては、これらも大きな失態と存じます。


☆申請後に認定審査委員会で臨床医が認定しないと患者とみなさない、稀な食中毒事件

 水俣病事件では、申請後に認定審査委員会で臨床医が認定しないと患者とみなしませんでした。これは現在の食品保健行政の大きな足かせとなり得ることです。申請制度や認定審査委員会を作らずに通常の食中毒事件同様に処理していらっしゃれば、行政が被告となった水俣病訴訟の大半はなく、税の無駄遣いもなかったでありましょう。


☆「診断」ばかりが問題にされて申請者が検査漬けになるという、稀な食中毒事件

 水俣病は「診断」ばかりが問題にされて申請者が1週間近くもかかる不必要と思われる検査漬けになるという、稀な食中毒事件でした。これは現在の食品保健行政の大きな足かせとなり、熊本県・旧厚生省の大きな失態と存じます。


☆曝露地域の調査

水俣病事件は、行政により患者集団、原因食品を摂取した可能性のある集団が調査されなかった、稀な食中毒事件です。これは旧厚生省の大きな失態と存じます。


☆申請

水俣病事件は、申請者が申請しないと患者としてカウントされない、珍しい食中毒事件でした。普通は保健所の人たちがイヤでも調べてくれると聞いております。これは現在の食品保健行政の大きな足かせとなり、熊本県・旧厚生省の大きな失態と存じます。


☆水俣病の専門家

 井形先生は、神経内科こそが水俣病の専門家であるかの如き発言を繰り返されています。しかし、これまで述べてきましたように、水俣病には公害事件として、あるいは食中毒事件としての側面もあるのです。従いまして水俣病事件に関しましては、公害事件や食中毒事件の経験のない神経内科医だけが中心になって発言するべきでないことは明らかでしょう。
 さらに、興味深いことに、昭和52年判断条件が作られました水俣病認定検討会にも、昭和60年医学専門家会議にも日本神経学会の認定医は一人も含まれておりません。受験して合格されたご年輩の認定医が当時からいらっしゃったのにも関わらず、環境庁の方々は、まるで選りすぐるように認定医ではない方々を水俣病の専門家として採用なされてきたのです。ニセの専門家を選りすぐられた旧環境庁の方々におかれましては、これらも大きな失態と存じます。
さて、井形先生をはじめ、所謂「水俣病に関する専門家」の先生方が、水俣病の診断は難しい難しい、専門医でなければだめだというようなことを、あまりにも、くどく発言されていたのが、私は以前から不思議でした。水俣病の診断とは、具体的には四肢末端に優位な感覚障害、運動失調、求心性視野狭窄、難聴、時に平衡機能障害等の診断です。なぜ不思議かと申しますと、素人の私にもこれらは、必ずしも診断に難しい症状ではないと思えたからです。整形外科、脳外科、一般内科等々のその他の科で十分可能、いや侵襲行為さえしなければ医師でなくても簡単なトレーニングで検査技師らにより可能なのです。


<「Evidence Based Medicine(EBM):根拠に基づく医学」から見た水俣病>

☆厚生労働省から出向されている先生方へ

 厚生労働省にお戻りの節は、もはやEBMは避けて通ることが出来ない方法論です。なぜなら、国際的に見てEBMは今日、保健医療行政の基本言語だからです。そして水俣病における判断は、EBMの最も初歩的な練習問題です。私のような若い者が、このように水俣病に関して堂々と意見を申し上げられるのも、EBMのおかげでございます。  水俣病に関して環境省においてどのような発言を先生方がされるのもご自由ではありますが、もし、先生方が水俣病のデータに関して適切なご判断をされなければ、厚生労働省にお戻りの際に、EBMとかそれに基づいたガイドラインとかを厚生労働省で主張しにくくなり、我が国の保健医療行政の後退を招きかねないと考えられます。


<さいごに>

 今まで水俣病事件に関して、専門を学んだものが関わらなかったために、様々な誤りが生じてきたと思われますが、今後は、公になりチェックも厳しくなることでしょう。もし本件の上告があるとすれば、これまで私が述べさせていただいた諸点は、最高裁判所の審理で公知の事実として明らかにされる事項です。そして、このような過去の実態を良くご存じの上で上告したとして世間に知れ渡るであろう事項でもあります。 ご判断は皆様にお任せ致します。100年後、200年後の、わが国の子孫に賢明な判断であったとお互いに評価されたいものであります。



−参考文献−

  • 津田敏秀「水俣病に関する意見書」『水俣病研究』1号,53-86頁,1999年,葦書房
  • 宮井正彌「熊本水俣病における認定審査会の評価」『日本衛生学会誌』51号,711-721頁,1997年


 

●津田敏秀(つだ・としひで)
岡山大学医学部衛生学教室講師のかたわら、日本精神神経学会水俣病問題小委員会委員や西宮市大気汚染健康影響調査方法検討委員などを務める。水俣病関西訴訟では原告側主尋問、被告側反対尋問として法廷で証言した。 1959年生まれ。