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国・県の上告を聞いて(1)

=原田正純・熊本学園大学教授=

裁判長のメッセージに応えなかった国・県は
またも水俣病の歴史に汚点を重ねた!




原田正純さんは関西訴訟においては前後4回以上原告団側の証人として裁判に出廷したと振り返る。 4月27日、大阪高裁で控訴審判決が下された時も傍聴席で直接、岡部崇明裁判長の判決を聞いたという。 5月9日、大阪で取材した、「判決を聞いて」感じたことからご紹介しよう。



原田正純さん
原田正純さん
  • 裁判長の判決を聞いた時、瞬間的には意味が良く分からなかった。したがって、あまり実感は湧かなかったというのが正直なところだ。
  • したがって、比較的冷静に聞けたとも言える。総体的に言って、画期的な判決とマスコミも一般も高く評価しているが、それに異を唱えるつもりはないものの、手放しで喜ばれるものではないというのが私の結論だ。
  • しかし、一方で岡部裁判長は今回の判決にはかなりの逃げ道を残しており、私は"行政にメッセージ"を送っているなと思った。冒頭の「この裁判が19年あまりにもわたったことに申し訳ないと思う」という言葉がそれで、裁判長のこの異例とも言える言葉は(行政に)もう上告するな、ということを発信しているのではないかと私なりに理解した。
  • しかし、冷静に考えると、「国の責任」問題にしろ、水俣病患者認定の「平等論」にしろ、なぜ今更ウンウンしなければならないのかと思うと空しさを禁じ得ない。なぜならば1987年と93年の2度にわたって熊本地裁は「国に責任あり」と明確に打出しているからだ。そのつど、国側がただメンツで控訴し、ひっくり返したに過ぎない。「平等論」も熊本地裁の二次訴訟で同様の状況であった。
  • 原告側は上告しないことを決めた(5月3日)が、今回、国・県・チッソが上告するかどうかは不透明だ。しかし、裁判長のメッセージを冷静に受け止めてメンツなどにこだわらず判断して欲しいと思う。

    【この項、5月9日、大阪市立大学にて】




しかし、国・県は11日、多くの期待を裏切って上告に踏み切った。11日、 こんどは東京でもう一度原田さんに、国・県の上告についてコメントしてもらった。

  • 大阪高裁の判決を直接聞いて、これが人の心を持った判断だと感じた一方で、空しさを感じたのは、私は最近、水俣病事件というのは、仕出し弁当で食中毒が起こったのに、弁当の中の何にあたったか分からないからと言って弁当を売り続けたようなもの、また行政もすぐ営業をストップさせないで売り続けるのを認めたようなものという例えをしているからだ。こんなことで国民の健康を守ることが出来るだろうか。社会の常識では当然のことがどうして19年も議論しなければならないのか、という思いが強かったからだ。
  • 専門的になるが、病像論でも中枢障害説を採用して、あたかも原告の主張を認めたように見えるが、疫学的検証による感覚障害だけの水俣病を認めているわけではなく、この判決で行けば水俣病は公害被害者補償法に該当し、メチル水銀中毒は裁判上のものであるということになる。しかし、もともと水俣病はメチル水銀中毒であることからこの両者を区別する論理も根拠もまったくない。にもかかわらず、水俣病とメチル水銀中毒と分けることで環境省の水俣病に関する判断条件の正否の判断は避けられたのだ。その上、認容された補償金は極めて低く抑えられた。その結果、仮処分の時の補償金を逆に返さなければならない原告も出るわけで、このことはあまり広く報道されていない。
  • 実は長く、苦しい裁判の結果はこのようなものであったのだ。それでも年老いた原告たちは行政の責任を裁判所が認めてくれたこと、極論すれば裁判長の冒頭の詫びの言葉でわずかに救われ、激論の末、上告はしないことにしたのだ。
  • その意味で、裁判は原告に名を、行政に実を取らせた。そのことによって冒頭の裁判長の言葉と合わせて行政に上告しないようにというメッセージを発したと受け取れた。
  • しかし、国・県は冷酷にも上告した。不良債権には惜しげもなく税金をつぎ込むのにである。川口順子環境大臣、岩尾總一郎環境保険部長たちは水俣病の歴史に忘れられない新たな汚点を重ねたと言わざるを得ない。なんともやるせない気持ちでいっぱいだ。



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