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昨年11月23日の沖縄県立芸術大学音楽部によるモーツァルトのオペラ『魔笛』公演は 沖縄におけるオペラ史に大きな足跡を残したが、 指揮をした大勝秀也さんはその後各地での演奏会をこなし、 在住のスウェーデンのマルメ市に戻り、 このほど《さうすウェーブ》に次のようなメールを寄せてくれた。 『魔笛』はなお余韻を残しているようだ。


《マルメから、いま思うこと》

難解な『魔笛』だからこそ"シンプル"を心がけた
聴衆に受け入れられた"小池演出" のコンセプト


沖縄県立芸大オペラ『魔笛』指揮者
マルメ市立歌劇場音楽総合監督
大勝 秀也

 魔笛の記事遅れ馳せながら拝見しました。池田さんはいい観点で書いて下さったと思います。 ああいう演出だったこともあり、音楽担当の僕としては出来るだけシンプルに作り上げたつもりです。 魔笛は演出するのに難しいオペラで知られていて、小池さんの頭の中にあるコンセプトが結果的に聴衆に受け入れられたようですね。

 なぜシンプルにこだわったかと言うと、ある人が僕に言った一言があってとても印象に残っているのです。 「モーツァルトの音楽をいかに透明に作り上げるかが指揮者の仕事。なぜなら聴衆がそれぞれに自由に色をつけるものだからだ」。 勿論どうしたって大勝のモーツァルトになってしまうのでしょうけど、聞き手にストレートにモーツァルトを聞いて もらうためには出来るだけモーツァルトが書いた音符に忠実に再現すべきだと思いました。 多くの音楽家は「解釈」という言い訳の元に勝手に作曲家の意図を変えて自己満足に浸っています。 魔笛の場合、そして小池演出においては特に、音楽はスムースでナチュラルに、余計なことをしない事が重要だと思います。 せりふや語りが沖縄語であること、若い歌手達のイノセントな声の色、荒削りながらフレッシュで いきいきとしたオーケストラのサウンドなどを考慮しても当然そうすることが僕の課題でした。

スウェーデンのマルメ市立歌劇場で昨年9月〜11月にかけて行われたヴェルディの 『アイーダ』公演フィナーレで、舞台あいさつをする大勝秀也さん(前列左から6人目のタキシード姿) =母・大勝稔子さん提供

 テンポについてもシンプルを追求しました。テンポが変わるときその2つのテンポにはちゃんと関係が出来ていて、 そこをしっかりつかむととってもナチュラルに感じます。 その関係は全曲を通して貫かれてあり(モーツァルトの凄いところです)、その関係にのっとって音楽を進めていくと 自然と流れが出来てしまいます。
あとはオーケストラの中に隠れてしまいがちなメロディーやハーモニーを浮き立たせ、舞台の歌い手とのバランスを整えます。 バランスについては僕は一番気を使います。今どのメロディーが、あるいはどのパートが、どの楽器が聞こえてくるべきか、 または聞こえてきてはいけないかなどを考えます。時には歌よりも、ある楽器を際立たせてもっとドラマティックにすることもあります。 そうしていくとナチュラルな音楽がドラマをスムースに進めていきます。

 魔笛の上演が難しいとされる理由の一つにフリーメーソンの扱いが挙げられます。 モーツァルトは音楽の中のいたるところにそれを織り込みました。僕は一度だけフリーメーソンの儀式に参加したのですが、 今日に至っても例のファンファーレ(魔笛中によく出てくる3回鳴るやつ)が演奏されていました。 この「3」という数字はまさにフリーメーソンの重要な数字であることはよく知られていますが、 魔笛の中にはまるでクイズかパズルのように織り込まれています。3人の童子、3人の侍女、3拍子系の多用、変ホ長調(フラット3つ)、 3小節フレーズの多用、などです。 ヴィデオで観てあんなにきれいな舞台だとは思いませんでした。オペラ後進国の沖縄で、 しかも魔笛があんなに受けたのは小池さんにブラヴォーでしょうね。陰ながらお役に立てたと一人で思っていますが、 マルメから出かけて行って出来るだけのことはしたつもりです。長々と読んでいただき有難うございました。

2001年3月27日








 
●日本経済新聞文化部編集委員・池田貞夫さんが沖縄県立芸術大学のオペラ『魔笛』 を見て、2000年12月2日付本紙文化面に「オペラ地域に根付く」という記事を大 きなスペースを取って高く評価、執筆してくれた。