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special interview
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大田氏 昨年11月、“日本で最も注目を浴びた知事選”で三選ならず、「自由人」 になった大田昌秀さんの身辺は日々多忙。 本来の職であった学者・研究者の生活に戻るべく努力しているそうだが、 講演の依頼が引きもきらず殺到している。それも国内にとどまらず、 ここ2、3ヵ月だけでも韓国、オランダ、アメリカ出張をこなしている。 そして、知事時代に果たせなかった想いの実現に向かって、 いまシンクタンク・大田平和総合研究所をスタートさせ、「実行をともなう提言」を行い、 平和や環境問題に取り組んでいきたいと燃えている。
その後あの大田さんは元気かな? と思っている人たちには、大田さんはすこぶる元気ですとお伝えしよう。 タイトなスケジュールの中、新事務所にお邪魔した。
ただ、インタビューの後に渡欧、そして沖縄サミットの決定、 民主党の次期衆院選擁立などの話しが出てきたが、 それらについては追加回答が得られなかったのが残念だった。


インタビュアー:司 加人
プロフィール
著書紹介


大田平和総合研究所ホームページはこちら


――― 沖縄県知事を退任して半年になろうとしています。大田さんはどうしているのでしょうか、という質問が手元にきています。そして、お元気なのでしょうかというのも。新たなお仕事として「大田平和総合研究所」を設立されました。どんなことを考え、どんなことをしたいのか、というあたりから伺いたいのですが。
「大田平和総合研究所」で沖縄の本当の平和を目指したい
大 田 平和な沖縄を目指す上で、まず考えなければならなかったことは、沖縄の基地問題は非常に重要であり、避けて通れない問題であるということです。たとえ県の責任ある地位を去ったといっても、県民の一人として、きっちと、取り組むべき問題です。特に、私自身、戦争世代で自ら銃を取って戦場に出たという体験もありますが、 その教訓を踏まえ、戦争を知らない世代へ戦争と平和について伝える義務があると思います。21世紀には若者たちが、私たち戦争世代が味わったような苦しい青春時代を送るのではなくて、もっと明るく人間味のある心豊かな生活を送ってもらいたいと切に願うからです。平和な沖縄をつくるために、自分に出来るかぎりのことを、全力で尽くしたいと思います。

 しかし、次に考えなければならないことは、平和な沖縄というのは、基地がなくなり、ただ単に戦争がないという状態ではないということです。戦争がなくても必ずしも人々の生活は平和とは言えません。ですから平和を妨げるような問題についてはこれから一つ一つ解決していかなければならないということです。たとえば、沖縄は基地をかかえていますので、 その財政を基地から入ってくる収入に構造的に当てにしている市長村が過去半世紀の間に出来あがっています。この基地依存という偏った財政を健全な財政に移し変えていくにはどうすればいいか? 基地で働いていいる人たちが基地で働かなくても生活していける場所、仕事をどうやって作ればよいのか? 基地があるが故に、その基地から派生するいろいろな公害、 たとえば爆音が大き過ぎて子供たちが難聴になっていること、あるいは生まれてくる赤ちゃんが小さいこと等いろいろな悪影響が指摘されていますが、それらの問題を医学的に調査し、どのような対策があるのか? 基地に関する問題だけではなく、一般的な問題では、少子社会や高齢化社会へ医療面あるいは福祉面でどのように対応をたてたらよいのか?  このような問題を対処しないかぎり、真の平和はありえないと思います。

 このような、平和な沖縄をつくって行く上で、直面する諸問題へ積極的に取り組みたいという気持で平和総合研究所を設立しました。沖縄には、経済面では若干ありますが、社会問題や教育文化問題についての政策面を適格に提言できるシンクタンクはありません。研究所として、平和を目指す政策提言を行いたいと思っています。


「環境」「教育」も平和に欠かせぬ重要要素

――― 教育面ではどうですか。

大 田 大事です。結局、21世紀は今の学校教育を受けている子供たちが担うわけですから。学級崩壊等いろいろな問題が提起されていますが、より民主的で平和な社会をつくっていく子供たちを育てていく必要があります。教育問題については、私はもともと研究者でしたので、人並み以上に関心をもって取り組んでおります。
 もう一つ重要なのは環境問題です。知事時代、昨年の5月にアメリカへ行って、基地の跡地利用の問題を考える現場を見せてもらったことがあります。アメリカでは基地内の環境汚染がひどく、その汚染を浄化するために巨額な資金と長い時間が必要だということで、跡地利用がうまく進んでいないことを知りました。

 結局、教育・環境問題にしても、基地問題にしても、現在は、沖縄の問題を沖縄だけで解決するという時代ではありません。いわゆるグローバル化といわれ、地球的な広がりを持つ社会になっていますので、諸外国のシンクタンクから国際的に信頼度の高い情報を集め、分析し、問題解決のための研究に取り組んで行きたいと考えています。

提言―実行、むしろ民間のほうがやりやすい
―― 率直に申し上げて、いま一民間人になって、知事時代とはすべての点でスタンディングポイントが異なると思うのですが、とくにこれまでは行政を司る側から見たり、考えたりされていたわけです。その辺はいかがですか。それから、これまでは少なくとも実行する権限と力、組織をお持ちでしたが、これからはそのあたりをどうするのか、 要はすぐれたアイデアであっても実行されなければ文字通り絵に描いた餅になるわけですが。

大 田 最初のご質問ですが、行政を司る側であってもなくても、私のスタンディングポイントは変りません。私はもともと研究者ですので、物事を判断したり、決定する場合には、どのような立場であっても、根拠なしにはやりません。情報を集め、分析し、事実に基づいて判断するというやり方は、知事時代であっても、それ以前の研究者時代でも、そしてこれからも変ることはありません。

 大切なのは、繰り返しになりますが、信頼度の高い情報を収集し、的確な情報を把握し、分析、決断、実行へと導くことだと思います。たとえばガイドライン問題では、どこの国が危険であるかというような仮想敵国を次から次へと作り、意図的な結論へ急ごうとしていますが、仮想敵国視される国々の情報について我々がどれくらい実態を把握しているのでしょうか?

 また、偏った情報をもとに判断するのは危険です。さる大戦中に、大本営の発表という一方的な発言だけが情報源であったり、国策的な通信社が知られるのが好ましくないと思われる情報を伝えないようにしていたことがその例として挙げられます。偏った情報というのは、現在でもあります。たとえば、国際的な通信社の代表者であるアメリカの情報を、 ともすれば日本のマスコミは一方的な情報源から情報を得、仮想敵国について不必要な危機感を煽ったりする こともあります。中立的な立場から情報を入手することが大切です。 そして、偏見のない情報をもとに分析することによって、その事実関係を明らかにすることが大事です。私は大学にいた頃、「敗戦後沖縄だけが日本から切り離されたのはなぜか?」という疑問をもちました。具体的に言いますと、北緯30度の線から南を分離したことになりますが、北緯30度という線は、奄美大島の北の線になります。奄美大島というのは戦前から鹿児島県の行政下にありますから、 沖縄だけ分離するのではなく、なぜ鹿児島の行政下にある奄美を一緒にして日本から切り離したのか? この疑問点は今でも意外と議論の的になっていません。しかし、私からすると非常に奇妙に感じました。この疑問を明らかにするために、私は知事になる前に16年間、毎年アメリカへ行き、現地の国立公文書館や国立国会図書館で資料収集をしました。その資料を分析し、 アメリカがなぜ日本から北緯30度以南を切り離し、沖縄に基地を置いたのか、その理由を知りました。私は今後もこの姿勢を変えることなく、将来予想される諸問題について可能な限り国際的に情報を集め、疑問点を明らかにし、解決策を研究して行きます。

 次に、行政というのは、ご指摘のとおり物事を実行できる組織をもっていますが、ある種の拘束があることも事実です。一民間人になると、その種の拘束から離れ、知事時代やれなかったことでも、一般市民の協力を得て、どうにかしてやり遂げることも可能だと思っています。これからの時代、行政だけで問題を解決するのは非常に困難だとも思います。



大田氏



もはや何一つ自国だけで解決出来る事はない

 繰り返しになりますが、沖縄の問題も沖縄内部だけで解決できることではありません。たとえば、仮想敵国があるとすれば、それを皆が危険視し、備えようとすれば、基地を肯定し、軍備を強化していくのは自然の成り行きです。したがって、仮想敵国を作らないように、 東南アジア諸国あるいは東北アジア地帯で友好関係を結んでいくという方向を探り、二国間の軍事協定ではなくて多国間の経済交流、 文化交流を踏まえた友好関係を築きあげることによって安全を保障して行くことです。しかも、単なる国の安全ではなく、人間の安全、たとえばダイオキシンとかPCBなど環境破壊等、一国だけではなく、人類全体が直面している問題も同時に考えて行かなければなりません。


できるだけ色々なメディアから伝えたい

―― 研究の成果がいかにすぐれたものであっても、それが世に公開され、社会にインパクトを与え、実現されることが肝要だと思いますが、これまでいわれた諸テーマの研究結果を提言などの形で公表される予定はいかがでしょう。

大 田 もともと本を書くことが好きなので、それなりに書いてきましたし、長年にわたって集めた資料もたくさんありますので執筆はします。また、今年になって、日本国内はもとより、韓国、オランダ、米国で講演をしましたので、研究所に閉じこもって執筆をするだけではなく、 できるだけ多くの人たちと話し合い、意見を交換したり、研究結果を報告し合ったりしながら、沖縄の基地問題を中心に国内外へ伝えて行きます。

知事になったのは学者時代の主張の責任で
―― 時々、まだ知事をなさっているというような錯覚に陥ることはありませんか?

大 田 まったくありません。私はもともと知事になりたくてなったわけではありません。むしろ教育や経験から、政治家になるよりは研究者であった方が自分のもっているものを発揮出来るのではないかと長年執筆活動をしてきました。執筆活動の中で、私は、「沖縄がもっている特異な条件にはどのようなものがあるのか」、「沖縄の人の長所あるいは短所はどういうものか」、「沖縄の過去の歴史を振り返ってみて、 将来沖縄の人々が幸せになるためにはどのような沖縄を作るべきか」について議論してきました。この議論への責任を問われる形で知事になるように請われたのですが、知事というのは学者の立場とは異なるので、当時何度も辞退しましたが、自分の言葉に責任を取らざるを得ない結果となりました。したがって、政治的な野心があったわけではありませんから、知事であろうとなかろうと、自分のやりたいことには関係ありません。 今は知事という枠の中で縛られないので、自由に言いたいこと、やりたいことをすることができるので、むしろ知事時代よりもずっと仕事がやりやすくなったと思っています。

―― 知事時代、相当我慢していたこともあったと思います。そういう意味ではストレスはまったく違いますか。

大 田 そうですね(笑い)。ただ、大学時代を振り返ってみますと、本を書く、執筆するというのは、文字どおり自分がそのとき持っているものを全て搾り出すことで、内面的には非常に疲れましたね。エネルギーを消耗してしまうんです。知事の仕事を一生懸命やるより本を書く方が、結果的に疲れるのではないでしょうか。知事時代は外に出て人と接しますので、適当な刺激やリフレッシュにはなりましたが、 書斎にこもると運動不足になったり、考えあぐねてなかなかうまく書けなくなったりするので、健康状態はむしろ知事時代の方が良かったかもしれません。これからはとくに健康管理には用心しなければならないと思っています(笑い)。

―― ということで少し太りましたね(笑い)。

大 田 そうですね。知事を辞めた直後は4キロやせて喜んでいましたが、最近、出る機会が多くなり過ぎて、かなり無理をしているものですから、また太ってきました。ストレス太りですかね。

―― それにしても、モテモテおじさんのようで…。

大 田 いやいや。


環境問題は正に国際問題。ユイマール精神で

―― ところで、最近、先島で海浜漂着物、とくにプラスチックの中間原料であるレジンペレットの漂着調査をしたのですが、ほとんどの島にその存在が認められ、ショックを受けました。その他ペットボトルなどを含め、ほとんどが明らかに周辺国のものでした。ということは、さきほども指摘がありましたが、もはやこの種の問題も正に日本だけでは何も出来ないという事実です。

大 田 そのとおりです。沖縄では海洋の赤土汚染、マレーシアでは白濁汚染があり、まさに環境問題は21世紀の人類にとって最大の課題だと思っています。こうした問題は沖縄の基地問題と同じように、それぞれの地域だけでは解決できません。沖縄の基地問題について言えば、多くの人たち、特に諸外国の研究者や評論家、学生たちが、「沖縄」に関心をもち論文に沖縄を書きたいという人たちが増えています。 このように問題に対して、関心を持ち、一緒に解決して行くという、国際的な連帯感をもって多国間で手を取り合っていく、いわば沖縄のユイマール精神つまり共生の精神が大切です。環境との共生、異文化をもつ民族との共生、異なる宗教をもってもお互いを認め合うということ、ユイマール・ビジョンというものが、ぜひとも国際的な広がりをもてるよう推進して行きたいと考えています。

ゼロ・エミッションにも取り組みたい
―― 具体的にはどのようなテーマに関心をお持ちでしょうか。

大 田 ゼロ・エミッションがあります。ご周知のように国連大学が提唱した産業廃棄物のリサイクルで、地球レベルで廃棄物をなくそうとすることです。たとえば、沖縄では、砂糖きびの絞りかすであるバガスをもっと利用しようというのもその一つです。現在、国際的共通問題、前述しました環境や人権の問題等の調査・資料・提言は無数にあります。これからは、この問題に確実に対処して行かなければなりません。 抽象的な議論ばかりでなく、実生活に結びついた解決策を出して行きたいと思っています。

 基地問題で言いますと、問題を内外に伝えるだけに止まらず、前述した平和な沖縄をつくって行くための解決策も合わせて発信して行きます。沖縄で一番重要なものは土地問題と産業振興です。過去半世紀、50年以上もやむを得ない状況で沖縄の多くの地主たちが自分の大事な土地を基地に使わせてしまっています。片や地主の老齢化が進んで、基地から入る収入が半ば唯一の収入源になるという状況が現実にあります。 そのため、地主の不安を取り除くために、生産的な産業を興さなければなりません。この3つは平和な沖縄を作って行く上で重要な課題となります。この3つの問題は、口でいうのは簡単ですが、現実には非常に厳しいものがあります。しかし、これを避けて通ることなく真正面から取り組んでいかなければならないということを感じています。


無限の可能性を秘めた若者を再び戦場に立たせてはならない

――― いまの若い人たちにはまぎれもなく21世紀を背負っていってもらわなければならないわけですが、その人たちへのメッセージを改めて伺いたいのですが。

大 田 さきほども言いましたように、私は10代の頃銃をとって戦場に出なければなりませんでした。私の中学の同期生は120人いましたが、生き延びたのは30人そこそこでした。10代の若者といえば、無限の可能性を秘めている存在だと思います。その可能性を、大人になるにつれ順調に発揮できれば、人間として大変幸せだと思います。私の多くの同期生は、自分のもっていた可能性をはらんだまま戦場に出て、 もっていたであろう才能を発揮するチャンスも与えられないまま死んでしまいました。散らせてしまった才能は、沖縄にとっても、日本にとっても、おおげさに言えば人類にとっても大きな損失だったと思います。来るべき21世紀では、今の10代の若者が自分の力を最大限発揮できる平和な社会をつくりたいと切に願っています。と同時に、今の若い人たちも、沖縄戦の教訓を十分学び取って、自らの可能性を思いきっり発揮し、 国や人類に貢献出来る社会を作ってもらいたいと思います。現在教職に就かれていらっしゃる先生方へは、無限の可能性をもっている若者たちを再び戦場へ立たせないような教育を目指してほしいと思います。私も真の平和な社会をつくるために最大限の努力を惜しみません。


大田氏