●ブナガヤー(キジムナー)

沖縄諸島に伝わる想像上の妖怪。ブナガヤーは大宜味地区での表現。語源は木の精の意。イメージとしては赤髪のオカッパに赤ら顔の小童で、本土で言えば河童。漁をして魚の目を好んで食すと言い伝えられている。




































 

●教公二法阻止運動

「地方教育区公務員法」と「教員公務員特例法」の二つの法律の略称で、1963年、教職員の政治活動を制約し、争議行為の禁止等を盛り込んだ二法の制定を阻止する闘争が激しく繰り広げられた。 同2月24日、当時の民主党が武装警官包囲のもとに立法院本会議において強行採決しようとしたことに教職員会を中心にした立法反対請願者約2万5000人が議会前に集結し、曲折を経て廃案が決まった。 その後警察の手入れがあり、多数の検挙者が出て、裁判闘争に発展した。




































 

●基地問題

1952年に石川県内灘試射場の接収問題に端を発した基地問題が多くの政治的、社会的 問題化したことをいう。日本が日米安全保障条約および地位協定により、アメリカに 「施設および区域」を提供する義務を負ったために、内灘に続いて53年には群馬県妙 義山の演習場拡張問題が、54年には東京都立川飛行場問題をめぐって数多くの事件が 発生した。
内灘事件は基地問題の始まりとして位置付けられ、立川飛行場拡張問題は57年に強制 測量を阻止しようとした労働者・学生7人が起訴された。当時、東京都北多摩郡砂川 町(現立川市)で起こった二度にわたる事件は砂川事件とよばれ、59年3月の一審で 東京地裁(伊達裁判長)は駐留米軍は憲法9条に反するとして全員無罪の判決を下し たが、同年12月に最高裁は外国軍隊は憲法9条にいう戦力にはあたらないとして、米 軍の駐留は憲法違反ではないと原判決を破棄、差し戻した。




































 

●瀬長亀次郎(せなが・かめじろう)

沖縄のもっとも著名な政治家の1人。1907年(明治40年)生まれ、92歳。 敗戦2年後の47年に石川市に沖縄人民党を結成し、アメリカ軍の圧力を受けたり、投獄されたりした。56年那覇市長に当選し、"赤い市長"として、アメリカ軍支配への抵抗のシンボルとして、世界的に有名になった。70年の国政参加選挙で初当選し、89年に引退するまで7期19年衆議院議員を務めた。




































 

●安里積千代(あさと・つみちよ)

政治家。1903年(明治36年)生まれ。八重山群島政府知事から立法院議員を6期務める。58年に社大党委員長に就任、沖縄復帰運動に尽力する。70年に衆議院議員初当選、2期務める。




































 

●VOA(Voice of America)

アメリカの共産圏向けラジオ放送。沖縄においては1953年に国頭村に開局した。以後24年間送信した。




































 

●右翼政治テロ事件

1967年3月29日白昼、福地曠昭氏(当時、教公二法阻止共闘会議事務局長)が右翼2名に刺され、 重傷を負った事件。当時、福地氏は教公ニ法の阻止のため阻止団を結成、屋良朝苗、喜屋武真栄両氏とともに運動を指導していた。戦後沖縄で起きた初めての政治テロ事件で、刺傷事件後も関係者への脅迫などが絶えなかった。




































 

●1フィート運動

1983年に起った、県民1人が100円ずつカンパして、米国立公文書館から沖縄戦の記録フィルムを買い、実相を伝えて世界平和の原点にしようという運動。1人当りのカンパ額がフィルム1フィートに相当するところから、このネーミングとなった。学童が小遣いを節約したり、アルバイトが短期間のうちに全県に広まった。購入したフィルムを那覇で初公開した時は2000人以上の人が集まり、これが契機となって全国に上映が広がり、衆院外交委でも上映された。

*沖縄戦記録フィルム1フィート運動の会
〒900−0015 那覇市久茂地2−4−23 池宮商会ビル4F
Tel 098−862−2277  Fax 098−861−6466