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special interview

インタビュー 征子夫人に聞く ミニルポ ミニレポート プロフィール


ミ ニ ル ポ


《愛車は低公害車》


環境都市の前市長らしく?愛車はT社の低公害車だった
【2002年7月11日、水俣市内で】

インタビューが終わって、次の予定のために吉井宅を辞去するにあたって、タクシーの呼出をお願いしたら“拒否”された。 なんと、ご自分で運転して送ってくれると言って譲らない。やむなく?お願いしたが、運転暦40年を超える腕前はなるほどおっしゃるだけある。 お陰でインタビューで予定をオーバーした分、次のアポイントに食い込まずに目的地に到着した。残念だったのはチップを渡し損ねたことだった…。


《気さくな市長》



「市長!」「おう、元気?」そんなやり取りで予定時間がどんどん過ぎていく。市民と談笑する吉井さん(左)
【2001年10月16日、水俣・もやい直しセンターで】

人間とかく大きな実績を上げると天狗になるものだが、歴代市長が出来なかった水俣病問題を大きく前進させた、水俣市の“歴史に残る市長”ち言われても吉井さんの鼻は高くならず、誠実さと気さくさは最後まで失われなかった、というのが大方の評価だ。 顔見知りの市民から声をかけられると、次のスケジュールに追われていても気さくに話をする。残念ながらカメラのフレームの外だったが、この時のお付の秘書のお嬢さんの焦っている表情は印象的だった。



《“世紀のご対面”実現》


新潟水俣病の患者さんを長年診察、第2回(1993年)田尻賞を受けている斉藤恒さんを真ん中に談笑する吉井さん(右)と宇井さん
【2001年10月17日、水俣・総合体育館で】

「水銀国際会議」のルポでもご紹介したが、吉井さんにとって水俣病研究の先駆的存在である「宇井純」という名は特別なものがあったはず。 しかし、なぜか直接会ったことはこれまで一度もないというので、実は《さうすウェーブ》が一役買ったのがこのシーンだ。短い時間であったが、あいさつとやり取りが行われた歴史的一瞬だった。

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