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special report
ルポ上≫


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「SW先島諸島海浜漂流物調査団」ルポ

ショッキングな事実を報告せざるを得ない。 南西諸島の中の 先島(さきしま)諸島−日本の最西端に位置する 与那国島をはじめ、西表、 石垣竹富宮古来間(くりまじま)の各島々の海浜には一般のゴミに混じって、 あのレジペレ(レジンペレット)が 全島に漂着していた。わが《 さうすウェーブ (SW)》は3月19日から24日まで、 この6つの南の島に調査団を派遣したが、たまたま同じ目的で調査をしようとしていた、 いまや"ペレット博士"として本職以上に名を知られている? 神沼二真・国立医薬品食品衛生研究所化学物質情報部長 と合流する幸運に恵まれ、専門家としての評価や指導をうけることができた。6島・6日間にわたった調査ルポを 前回(4月8日アップ)に続いてお伝えする。合わせて今回の調査の結論として痛感したことを、 多くの方々のご協力を得るための呼びかけにしたい。
【 SW編集部 】



太平洋岸に目立って集積

石垣島(北部)

3月22日(月)●曇時々晴

神沼チームが悪天候の西表島に渡っている間、わがSWチームは石垣島の北部地域と、 竹富島の調査を行った。 石垣市内のホテルからレンタカーを駆って390号線を一路北上。お世辞にも良い天気とはいえないが、 とにかく太平洋を右に見ながら最初のポイントの星野に向かう。通路川を渡ると 星野だ。
星野
海岸の形状は、長さ60−70メートル。奥行きは20メートル程度で、砂というより岩が露出しているという感じ。 いわば小さなビーチだが、そういう所にもペットボトルをはじめ、空缶、電球などのゴミが漂着している。 お目当ての"レジペレ"は「多めにあった」といわざるを得ない。

先を急ぎたいので390号線をさらに北上し、玉取崎、舟越を経て 伊原間(いばるま)をウォッチ。ただ、ここは翌日、 神沼先生とご一緒しようと思い浜への入口をチェックしただけでさらに北上。その先から道路は79号線に変わり、 太平洋側から東シナ海側に。そして、枝道を入るとまた太平洋側に出る。そこが 明石だ。

明石
沖縄で唯一といってよいパラグライダーが楽しめる明石パラワールドの下の明石海岸の砂はキメ細かく美しい。 「海ガメ上陸の地」と書いた立て看板が目に入る。この種の看板ははじめて目にした。浜の奥行きは40−50メートルはあり、 波も穏やかだった。太平洋の荒波をもろに受けてか漂着物は流木が中心で、ペットボトルなど小さなゴミは少なかった。 "レジペレ"も他に比べると少なかった。

石垣島のもっとも細い首は伊原間付近と思われるが、それに次いで細いのがこの明石と東シナ海側にある 北の崎(きたのさき)付近であろう。

北の崎

明石から車で4−5分の北の崎はちょうど明石の西の反対側に位置している。まず目に飛び込んできた砂の色は太平洋側に比べて濃い目であった。海岸そのものの奥行きは浅く、おそらく満潮時には浜は水没してしまうと推測される。漂着物はきわめて少なく、"レジペレ"も発見できなかった。

ここからさらに北上すると、石垣島のほぼ北端に近づく。最北端の平久保崎灯台付近は浜がなさそうなので、少し手前の 平久保(ひらくぼ)で海岸を見つけ下車する。

平久保
国指定の天然物ヤエヤマシタンの群生地が近いところだが、海岸線は100メートルくらいの幅、50メートルくらいの奥行きという感じ。ちょうど浜の中央に水流はわずかだが川が流れていた。ここの漂着物も流木が中心で、ペットボトルなどは少なめだった。肝心の"レジペレ"は少量だが見つけることができた。

今日のもう一つの目的地である竹富島へ向かうためUターン。石垣港目指して一挙に南下したが、ちょうど石垣港付近にさしかかった時、ちょうど空港の裏の浜が目に入ってきたのでちょっと寄り道した。 大浜だ。

大浜
岩場が中心で、岩にはアオサが付着していたのが目立った。その横の小さな浜に下りたが、漂着物はほとんど見られず、"レジペレ"も認められなかった。

まさに駆け足だったが、この日の石垣島チェックはこれまでとし、次の目的地・竹富島へ渡るために石垣港へ急いだ。


唯一?「ほとんど認められず」

竹富島

石垣島の南西約6キロ。高速艇でたった10分で竹富港へ到着したが、いぜん天候はすっきりしない。 風もまだおさまらない。「竹富島では自転車を」と聞かされてきたので迷うことなくレンタル サイクル。ちょうど島を西へ横切る感じで カイジ浜へ向かう。

カイジ浜
砂の一つ一つが星の形をしている星砂が見つかるので人気というこの浜の別名は星砂の浜だ。 島の観光名所の一つでもあるだけに清掃は行き届いているが、海岸そのものは岩が露出しており、 思ったより美しくない。ここでは "レジペレ"は発見できなかった。

北上してコンドイビーチへ向かう。

コンドイビーチ
真っ白なコーラルサンドの浜だ。位置としては竹富島の最西端になる。木立を抜けると遠浅の海が 広がる。右方にはコンドイ岬が続いているが、奥行きは30メートルほどはあろうか。 浜には海草やサンゴの死骸などはあったが、ゴミらしいゴミはほとんどなく、"レジペレ"も 発見できなかった。もっと陽光が見られればペパーミント色に輝く海と書いてあったガイドブック通りなのであろうが、 そこまでは回復しなかった。車人間になっている証拠で、久々に乗った自転車のためこのあたりから 足の筋肉が引きつりはじめ、それでもやせ我慢して競い合いつつ、牧場と畑の中のいくつかの起伏を 経て約15分。東岬の西側 アイアルという浜に出る。

アイアル
海岸の幅は60メートル程度か。右手にはアオサが付着する岩場がある。漂着物は海草類とサンゴの 死骸が中心で、"レジペレ"は認められなかった。その景観は竹富島でもっともきれいだと思った。

天候も回復過程に入り、石垣島へ戻るため 竹富港へ向かった。たまたま船の時間があり、港の近くの浜に下りた。もう、"レジペレ"探しにとっぷりつかった行動というしかいいようがない。

竹富港付近の浜▲
定期航路の近くの小さな砂浜だが、漂着物は海草が中心。ペットボトル、電球などはなかった。 "レジペレ"はわずかにではあるが発見。

こうして、自転車による文字通り駆け足で竹富島の4ヵ所をチェックしたが、まず全体的には漂着ゴミの量は少なく感じた。地形的に、北側に石垣島という大きな島によって自然にガードされているということが考えられる。 同時に、"レジペレ"も相対的に少なかった。石垣島へは午後5時30分ごろ戻った。


ショック! 名勝・川平湾にもあった

3月23日(火)●曇時々晴

午前9時ホテルをスタート。近くのホテルに宿泊している神沼先生と合流して車は石垣空港の脇を抜けて一路390号線を北上。天候もようやく上がり調子に転じ、曇り空から時々薄日がもれ、たちまち気温は上昇する。 走りながら窓を全開したり、少しだけ冷房を入れたりする。まだ雪が降っている所もあるのに冷房かなどと思いつつ宮良を過ぎて白保にかかる。ここが13年前問題になった新石垣空港の最初の予定地・白保かと感慨をおぼえる。 さらに北上し、沖縄の最高峰・於茂登(おもと)岳を左に見ながら走る。道路工事以外の渋滞はほとんどない。
走りながら思い出した。前日、西表島で案内してくれた松本貢さんが西表の歩道について「どうして、こういうところにこんなに広い歩道が必要なのか。その上、車道側になぜわざわざ街路樹を植える必要があるのか」との問題提起を。 石垣島の場合、さほど広さは感じられないが、街路樹はキチンと植わっている。ただ良く見ると、街路樹の種類がその地域、地区毎に違う。残念ながら植物名はわからないが、その土地土地の木が植生されている感じで、見た目には変化があって楽しい。 沖縄の植物の代表的な一つであるデイゴも紅い花を開きはじめた。
そんな風景を楽しんでいるうちに最初の目的地・ 伊原間(いばるま)に到着。消防署のところを右折するとすぐ海岸だ。

伊原間
ビーチはそこそこの広さで、右に目をやると玉取崎展望台が見える。こじんまりした美しい浜だ。一般ゴミは比較的少ない。しかし、"レジペレ"はかなりの集積度だ。この日最初のポイントは「高集積地」の判定が神沼先生から下った。浜には魚の死体も打ち上げられていた。

この地点は地図でもわかるように、あそらく石垣島でもっとも細い部分、すなわち太平洋(東側)と東シナ海(西側)の間が500メートルくらいかそれ以下と推定される。地名のついた伊原間湾は東シナ海側にあり、380号線の三角地帯を東シナ海側へ、79号線に入ると間もなく 野底(のそこ)だ。

野底
このころから天は味方して、晴れ間が多くなる。たちまち舞台照明が変わったように海の色が鮮やかに変化、浜の白い砂が目にまぶしい。とくに看板はないので勘で車を停め、海側への道を進むと果して海岸に出た。野底海岸だ。
浜の幅も奥行きもそうないのに、なぜか一般ゴミは相当なもの。それも漁具や樹脂製の球形のブイなどが集中している。ペットボトルも正にアジア大会だ。風と潮の関係か。"レジペレ"集積度は、量も多く、 コケムシがついた「年季もの?が多い」というのが神沼先生のご宣託だった。
海に向かって右へ進むと、野底川の河口があった。少しずつ上げ潮になってきたのか海から川へ流れが上がっていく様子が見られた。
キリがないので南下、吹通川(ふきどうがわ)を過ぎると間もなく 米原(よねはら)キャンプ場へ着く。

野底
漁具が集中的に漂着していた

米原キャンプ場
シーズン入り寸前なのかキャンプ場にも浜にもほとんど人影はなかった。さすがに人の手が入っている感じで、ワイドな浜だが一般ゴミはあまり見られなかった。それでも潮の干満によってもたらされるゴミのラインは2−3条あり、"レジペレ"もそれに沿って多少みつかった。しかし、他に比べると相当少ない。だが、キャンプシーズンになるとどうなるか気になるところだ。

そんなことを考えながらさらに西下すると、沖縄でも代表的な名勝地の一つ 川平湾(かびらわん)にさしかかった。

川平湾
SW編集部ははじめてだが、神沼先生は25年前に一度来たことがあるという。さすがに、大型観光バスも駐車場に止まっているなどこれまでのポイントとは人の数が違う。 駐車場の大きなデイゴも花が開きはじめ人目を引く。斜面をだらだらと下りると川平湾だ。白砂青松というのか、白い砂、青い水、近くの島の緑が濃い。 グラスボート群を横目に見ながら海に向かって左の方へ進む。すぐ例のスタイルでしゃがみこんだ神沼先生が間髪を入れず「あった、あった、あった! ショックだなあ」と高い声。確かに、川平湾に"レジペレ"はあった。我々が見ても残念ながら"レジペレ"だった。
川平湾
名勝の地にも“レジペレ”が・・・

ここ川平湾は石垣島観光の代表的なメッカだ。したがって、一般ゴミはほとんど認められない。おそらくかなりの頻度で清掃されているのであろう。しかし、"レジペレ"はその手をかいくぐって浜に存在していたのだ。 さらに、琉球黒真珠センターの裏手にあたる浜へ回り込んだ。ここにくると一般ゴミは多く、"レジペレ"もかなりあった。

一同落胆して昼食をとるが、これまで抱いていた「カビラ」のイメージと"レジペレ"の存在がせっかくの川平定食を味気ないものにしてしまった。ご飯の中に虫入りというおまけまでついてしまった。

そんな沈んだ雰囲気を打ち破るように神沼先生がこの先に「日本一早い」というキャッチフレーズのところがあるんですよ、とおっしゃって 底地(すくじ)ビーチへ向かう。

底地ビーチ
3日前の3月20日、日本一早い海開きが行われたところだ。それだけに一般ゴミはほとんど見られなかった。幸にも"レジペレ"も認められなかった。川平湾ショックが大きかっただけに一同ほっとした感じで、宮古島への移動のため石垣空港へ向かった。


すさまじい韓・中・台製のペットボトル

宮古島

3月24日(水)●曇り後晴

前日、神沼チームに那覇からかけつけた助っ人・森川直樹さん(沖縄県海洋深層水協同組合)が加わったので、 今回の調査の最終目的地・宮古島は神沼チームが北・西地域、SWチームが東・南地域と南北に分けることにした。以下は東・南地域のレポである。

平良(ひらら)市のホテルを朝9時過ぎに出発。レンタカーを駆って空港脇から東へ向かった。内陸部でナビゲートのミスからやや迷いながら丘陵地帯を抜け、 ようやく東海岸を南北に走る83号線へ。最初のポイントである城辺(ぐすくべ)町の 浦底(うらそこ)海岸に着く。

浦底海岸
83号線のもっとも南が長さ約2キロ、幅250メートルの半島、東平安名崎(ひがしへんなさき)。地形的には断崖絶壁の連続で、断続的に小さな浜があるというパターンだ。 東・南地域の最初の浜が浦底海岸。奥行きは20メートルあまりだが、幅は700メートル前後というところ。ゴミの量はかなりのもので、なかでもペットボトルが目立った。 文字によってその生産地を判読すると韓国、台湾、中国の順で多く、中には98年8月という製造年月日も認められた。 "レジペレ"は少量だった。

順次南下することにしたが、浜からいったん83号線に出るには各浜ともかなりの急勾配を上らなくてはならない。ほどなくこんどは 新城(あらぐすく)海岸の小さな看板があり、それを左折する。

新城海岸
浜に出る手前のところにゴミ袋が山積みになっていた。近くにいた人に聞くと、前の日に町の肝いりで約800メートルの海岸を500人のボランティアによってクリーンアップが行われ、 昨年のオフ入りからの約半年分のゴミが集められたそうだ。したがって、漂着物はなかったが、"レジペレ"はそう多くはないものの認められた。

地形的には同じ繰り返しで隣りの 吉野海岸へ下りる。

吉野海岸
地元の人の話しでは、新城海岸とならんでここも海ガメの産卵場所とのことで、穴場的な浜といえる。新城海岸とは隣り合わせという感じだが、 人手が入ったのと入らないの差で漂着ゴミは多く、おまけにタールの塊もあって、かなりのテクニックを身につけたはずのSWチームもうっかりタールに手をついたり、 ピンセットを汚してしまったりした。このタール、"レジペレ"探しには強敵だ。ここではかなりの"レジペレ"を採集した。



南端・東平安名崎の付け根にあたる 保良(ぼら)ガービーチへはブレーキを踏みつつ慎重な運転が必要だ。

吉野海岸
吉野海岸

保良ガービーチ
プライベートビーチだが、オープン前だったため人影は見られなかったものの、浜の清掃は行き届いており、一般ゴミはほとんどなかった。しかし、それでも"レジペレ"は少量ながら認められた。

保良ガーから西へ向かう道はごく一部を除いて浜に下りられず、235号線という道はいわば断崖の上を太平洋を左に見ながら走る。途中、沖縄電力の風力発電試験所の前を通り、城辺町西端の インギャーマリンガーデンという入江に面した浜に立ち寄り、さらに上野村の ドイツ文化村でも浜に下りたが、いずれも"レジペレ"は認められなかった。同じ太平洋でも宮古島の東と西では風向、海流の違いによるものと推定される。


SWチームのこの日の予定は、午後4時15分発の那覇行きのフライトまで"レジペレ"を追いかけることなので、予定になかった来間島(くりましま)に足を伸ばすことにした。

石垣島にガードされ"洗礼"はまだ?

来間島

道路工事中でわかりにくかった上野村のドイツ文化村あたりからようやく来間大橋方面の標識をみつけ、角のお店で飲料補給をして大橋に向かう。この来間大橋、なんと農道橋とか! しかも全長1690メートルの日本一の長さを誇るとか! 確かに、車社会においてはこの橋の開通は便利だが、毎年10月にはあの サシバが飛来することで有名なこの小さな島を巨額な投資によって橋で結んでしまうという発想に複雑な心境で橋を渡る。正確には計らなかったが、3、4分で渡りきってしまった。
橋を渡った所が 来間港で、すぐ右下の浜に下りる。

来間港付近▲
生活ゴミはほとんどなく、海草類のみが打ち上げられていた。 "レジペレ"もみつからなかった。

島の西側に向かったが、浜への道はわかりにくい。ここ数日で培われた?勘で、車を停め、分け入るとはたして浜が現れた。なんの標識もないが、帰り道に見た手製の道標によると ナガマ浜と記されていた。

ナガマ浜
小さな浜で、溶岩のような岩場がほとんど。陽光に青い海がまぶしい。砂は白く、メッシュも細かかった。"レジペレ"はまったくみつからなかった。 橋へ向かう途中でタバコの葉を栽培している畑があった。その葉は、かつて本土で見たものより数段緑色の濃いものだった。


ナガマ浜
来間島のナガマ浜は
白い砂と青い海が美しかった

来間島側から宮古島を見ると、大橋の左側に白い浜が広がっている。宮古空港への道順なのでちょっと寄ってみようということになり、大橋を戻ってすぐ左折し、農道を分け入ると浜が開けていた。 前浜、愛称マイパマビーチの東端というところだ。

前浜
宮古一のマリンリゾートで4キロもの白浜が続くとのことだが、それだけに手入れも十分のようで、ゴミは少なかった。そして、最後のポイントなので念入りに調べたが、発泡スチロールの丸い玉 (一見、"レジペレ"にそっくりなのでご注意を)は見つかったが、"レジペレ"そのものは認められなかった。

宮古空港までは10分ほど。製糖会社を過ぎて左折するともうすぐだった。少し遅れて神沼チームが到着。これにて今回の"先島へレジンペレットを訪ねて"の実質的な調査は終了した。

以上がSW編集部が実際に足と目で感じた先島諸島のレジンペレットを中心とした海浜漂着物の状況であった。科学的分析や総合的な判断については神沼先生たちのご判断に委ねるが、素人なりに、というより一社会人として感じたことが多々あった。

いまの世の中で、ダイオキシンはじめ一度マスメディアに取り上げられた問題はそれが的外れであってもあっという間に伝播していく。海浜へ流れ着くゴミについてもかつて報道されたことはある。しかし、その中で"レジペレ"はその形態ゆえにまさに密かにこの南の島々に"上陸"していた、という事実はまだそう知られていない。"漂流レジペレ"が今後社会的に及ぼす悪影響についてもそう大きくは取り上げられていない。研究者のなかでも神沼先生や一部の人たちによって地道に調査・研究・分析が進められている段階だ。もちろん、今回のたった数日間の調査で断定はできない。しかし、レジンペレットという小さな物体がどこから、どうやってくるのかは不解明ながら、美しい南の島々に確実に漂着している事実はつきとめられた。と同時に、この"レジペレ"はいますぐでなく、おそらく10年、20年先に環境ホルモン問題となってじわりじわりと我々に襲いかかってくることが容易に想像できる。それだけにより広範囲に、より緻密な情報・データを蓄積し、科学的な判断に基づいた警告を発する必要がある。 だが、それを国や自治体の動きに待ってはいられない。我々「民」のベースで、草の根ですぐにでもアクションを起こすべきだというのがSW調査団の結論である。その手法、手段はつたないかも知れないが、《 さうすウェーブ 》として次のような アピールをしたい。



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