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ルポ下≫


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「SW先島諸島海浜漂流物調査団」ルポ

ショッキングな事実を報告せざるを得ない。 南西諸島の中の 先島(さきしま)諸島−日本の最西端に位置する 与那国島をはじめ、 西表、竹富、石垣、宮古の各島々の海浜には一般のゴミに混じって、 あのレジペレ(レジンペレット)が多少の差こそあれ、 全島に漂着していた。わが《 さうすウェーブ (SW)》は3月19日から24日まで、この5つの南の島に調査団を派遣したが、 たまたま同じ目的で調査をしようとしていた、いまや内外で"ペレット博士"としてつとに有名な 神沼二真・国立医薬品食品衛生研究所化学物質情報部長と合流する幸運に恵まれ、専門家としての評価や指導をうけることができた。5島・6日間にわたった調査ルポを 2回に分けてお伝えする。合わせて今回の調査の結論の一つとして痛感したことに、多くの方々のご協力を得るための 呼びかけもしたい。
【 SW編集部 】



いまや漂流物の日本の玄関口

与那国島

3月19日(金)●曇り後晴

東京から約2100キロ。「ヨナグニ」はやはり遠い。
羽田空港から那覇までは珍しく?10分も早く着いたのに、それからの乗換えが大変。航空会社側の説明によると、気象条件と到着機の遅れとかで約2時間遅れるとのこと。「気象」といっても低気圧はどんどん東へ進んだはずだし、現に那覇空港で無為に時間を過ごしている内に晴れてきて、見る間に強い陽光が差してきた。要は、多分人為的な理由によるものだろう。まあしかし、よくあることだから責めるつもりはない。那覇から石垣空港へようやく着き、駆け足で乗り継ぎ、やっと与那国空港に着く。おそらく日本の数ある空港の中でも屈指のミニ空港といってよいと思うが、とにかく無事到着。目下、空港ターミナルは新築中で、仮小屋の中で預けた荷物を受取る。
歩いて1分のレンタカー屋さんに行って、車を借り、とりあえず宿のWHホテルへ。初日とあってメンバー全員(といっても3名)張り切っていて、直ちに翌日の本格調査のための予備調査に出て、ほぼ、与那国の土地勘を養ってホテルへ戻る。

3月20日(土)●曇り

那覇空港で一度お別れした神沼先生が到着。いよいよ本格的な"レジペレ"採取アクション開始だ。 前日、島の古老に聞いたりして目安を立てておいたツァ浜/ウブドゥマイ浜へまず走った。

ツァ浜
農道で車を降り、鉄条網の戸を開けてかなりの急斜面を浜へ向かって降りる。ただし、足元には細心の注意が必要だ。放し飼いにされている牛の無数の大きな糞があるから。
途中で見える東シナ海は絶景。曇っているが、海の濃い青さ、淡い青さ、エメラルド色の部分、波となり白濁した部分などそのコントラストは素晴らしい。
慎重に歩いたので浜までは10分ほど要したろうか。やや薄いクリーム色したビーチだ。しかし、ゴミの量は相当なもの。
神沼先生のご指導で目指す?"レジペレ"のありそうなポイントを早速当たる。要は波がもってきたゴミのラインが時差でいくつかあるが、そのラインがポイント。 「ではみつけましょう」の先生の言葉が終わるか終わらないうちに「いやー、こりゃ凄いや!」の先生の声。我々が駆け寄ると「見てください、こんなに集中してますよ」。 以下は波が打ち寄せる音と、先生のうなり声とがミックス。とても矛盾する心境だが(初日故にとくに強い印象)、見つかった事の喜び?とその事実の重さの複雑な心境だ。 先生の興奮はしばし続く。そして「与那国島は漂流物の玄関口だ!」と断定。

ウブドゥマイ浜
遠景は美しいビーチだが・・・

漂流物
漂流物はさながらアジア大会?
目を転じると、一般漂流物も相当なもの。とくにPETボトル類が目立つ。文字から判断すると、台湾、韓国、中国の順。明らかに"天然水"で、誤解を恐れずにいうと、 残念ながら使用後故意に投棄されたものではないだろうか。とくに船舶からのものと考えられる。 他の浜でも見られたが、漁業用の照明器具(裸電球)もまとまって漂着していた。

強烈な印象のまま次は島の南側、太平洋に面した集落の比川(ひかわ)のナータ浜に向かう。

ナータ浜
静かな集落を抜けて高い岸壁に突き当たったところがナータ浜だ。緩やかなカーブのこの海岸では左右で工事が行われていた。
驚いたのは、下見をした前日と打って変わって浜辺に打ち上げられているゴミの量そのものが減っていたこと。おそらく夜中の大潮が退く時に、前日あったものを持ち去り、新たなものが残されたものの、その量は大きく違ったということだろう。1日でこうも違うのかというのが実感だし、増してや台風とか季節風によって状況は大きく変るということをたった1日にして教えられた感じだ。
ただし、"レジペレ"は容易にみつかった。メンバーの一人がピンセット3本分の四角の中の数を数えたらなんと39個もあった。1メートル四方に換算すれば約160個。この数が何を示すかは軽々しくいえないが、神沼先生を唸らせるには十分な密集度ではあった。
南国の日はまだ高かったが、この日はここで切り上げ、ホテルに戻る。
その日の反省会では「もしかしたら小笠原並みかもね」との発言も。しかも、ペレットにコケムシがついた年季ものも見られた。要は、かなりの間、潮流に乗って漂流してきたものかもしれないという推察が成り立つというわけだ。。黒潮に乗って太平洋を還流してきたかも、という一種のロマンというかミステリィーさえ感じさせる。


3月21日(日)●曇り

早朝散歩を日課とする神沼先生が前日の夕食前の散歩でホテルから近い、島内最大の集落・祖納(そない)港のナンタ浜も"有望"?との感触を得てお帰りになったので、この日の最初の採取場所とする。

ナンタ浜
期待した太陽の姿は見えず、北寄りの風が吹いたが、そう寒さは感じない。
ここの岸壁も高いが、浜に降りるとやはりかなりのゴミの量だ。たちまち発見。「まれに見る高集積地」と神沼先生のお墨付きが出る。新しい漂流物のラインの中にも多い。新しいかどうかは砂の湿気でわかる。
余談だが、この採取作業、かなりの労度を必要とする。どちらかの膝を砂につけて、左に袋をもち、右手でピンセットをもって拾うというスタイルだ。とくに神沼先生のスタイルは、まるであの版画家の棟方志功の制作中の姿勢にそっくりだ(先生、失礼!)。その際、つけている膝が湿ってくる。その速さで砂が乾燥しているかどうかが素人にも判断できる。
ここの一般ゴミではやはりPETボトルはもとよりゴム製のサンダル、漁具、使い捨てライターなど雑多なものが混在していた。

飛行場を右に見ながら、島の西側に移動する。飛行場を過ぎたところに驚くほどの廃棄物の山が見えた。 これは外部からの不当投棄とは考えられない。とすれば車1台づつの持ち主がわかるといわれるほどの狭い島のこと、 どういうことなのか気になる。左右に養牛場が目立つ。聞くところによると、与那国の牛はあるところまで育てられてから、 本土の牛の産地へ送られ、そこで仕上げられて○○牛、△△牛と銘打たれて売られるそうな。したがって、日本の多くの著名な 牛の原産地は与那国といっても過言ではないとか。車で5、6分も走ると次の目的地 ダンヌ浜に着いた。

ダンヌ浜
とても小さな浜で、ちょっとしたプライベートビーチといった感じ。前日も寄ったのだが、"レジペレ"は見つからなかった。 東シナ海に面していて激しい波に洗われているせいだろうか。ゴミそのものも極端に少ない。
余談だが、浜に公衆トイレがあったが、なんとシャワー設備(ただし有料)が付いていた。どうやら泳いだり、潜ったりするところの一つのようだ。

次に移動する途中に、西の集落の 久部良港の手前に、かつて人頭税時代に口減らしのために妊婦を飛ばしたという深い岩の割れ目 久部良バリというところがあり、歴史上の出来事とはいえ、なにか身が締まる思いがした。この久部良一帯にはあの松方浩樹さん の別荘とか、塀に"ようこそ日本最西端の久部良中学校へ"とか、意外性の建物もあって、目的の ナーマ浜に降りる。

ナーマ浜
このころから霧雨もようの雨が風に乗ってくる感じに。浜に降りるもごく少量しか認められず。一般ゴミも少なく、やや拍子抜け。

この浜から左上に目を転じると灯台が見える。これこそわが国最西端の地・西崎(いりさき)だ。 東シナ海の強い風を受けながら灯台まで上がっていったが、残念ながら台湾は見えず。道を南側に変え、工事中のでこぼこ道を抜けて、 前日きた比川の西隣りのカタブル浜に。

カタブル浜
北西側は強く激しかった風が南側に出た途端にぴたりとなく、折りから日差しも差し始める。浜には無人のキャンプがいくつか張られている。
肝心の"レジペレ"はかなりの比率で認められる。しかも、神沼先生によると「年季の入ったもの」が目立つとのこと。一般ゴミも古いものが多く見られた。

これで与那国島をほぼ一周した。
島の平坦な所は、薄い空色の昼顔が咲き乱れ、もう田植えが終わった水田には白鷺の群れが舞い、とんぼが飛び交いという、東京からきた身としてはさながら春を飛び越えて、一辺に夏の中に飛び込んだ感じがした。

ここで与那国のために、ちょっと苦言を呈さなければならないことがある。今回泊まったWHホテルさんのこと。2ヵ月前から前日まで再三再四確認したにもかかわらず、「団体さんが出ないから」という説明で、我々としてはリザーブしたつもりの普通の部屋が与えられず、しかもトイレ、バス付きも守られず、その上共同トイレが朝の"繁忙期"に数時間も使えないまま放置されたりと、およそ観光事業の精神に欠ける対応。いくら島の自然が素晴らしくてもこれでは印象は半減、いや全減というもの。ついでに、その団体の「日本Yの会」の方々も貸し切りではないのだから、朝の4時から声だかにロビーで談笑したりせず(造りがいいので客室に筒抜けなのです)、粛々とバードウォッチングにお出掛けになっていただきたいなとお願いしたいですね。全国津々浦々にお出掛けになるのでしょうから。ということで、残念ながらくる前のイメージと大きなギャップをいだいたまま島を離れることになってしまった。

次の島、石垣へ移動のために飛行場へ向かう途中で、高台にある森林公園に寄った。島の北側がほぼ180度近く見える所だ。前述したように北風びゅうびゅうの所で、東シナ海は依然うねっている。与那国島はその昔「どなんちま(渡難島)」といわれたとか。その意は、激しい潮流が渦巻いていて渡るに渡れないというところからきているそうだ。しかし、"レジペレ"はそんなことは苦ともせず、簡単に与那国島に渡ってきたようだ。なにかいやな予感をもちつつ、石垣へ飛んだ。


3月22日(祝)●曇り後雨

いやな予感はまず天候に現れた。石垣島を拠点に、この日は日帰りができる二つの島を2グループに分かれて調査することにした。 西表島(いりおもてしま)と「竹富島」だ。ここでは、西表島報告をする。

激しい北風、マングローブの中にも「あった!」

西表島

午前8時15分石垣港を高速艇「サザンクロス5号」で出る。船内は満員。この時まだ雨はない。天気予報は強風高波注意報が出ていたが、 港内は波静か。だが、一歩港の外に出た途端かなりの上下動。そのつど船内で悲鳴と嬌声が上がる。残念ながら視界はあまりよくない。 色彩もモノトーンに近い。それでも30分ジャストで、西表島の中心港・ 大原港に着く。ところが船外に出た途端に横殴りの風と雨。 出迎えて下さった地元の松本貢さんが声を掛けてくれて、挨拶もそこそこに走って車の中に。 松本さんは、18年前に「東京か西表島かという選択の結果、西表島にきた」そうだが、今回は、直接的には「沖縄環境ネットワーク」の 照会に、メンバーであり、野生生物保護センターにつとめている夫人・千枝子さんからの応答で案内を快く引き受けていただいた。 氏も「環境」には相当な関心をお持ちだ。それにしても、この寒さは島生活18年になる松本さんにとっては厳しいとか。

そんなやり取りをしながら、最初に案内されたのは上陸した大原港の南西にあたる 南風見田(はえみだ)の浜。 白砂の美しい遠浅の浜で、老人が手投げ網で漁をしていた。だが、ここでは"レジペレ"は認められず。

進路を北側に取る。というより、南風見田の浜より先には道路がないのだ。大原港をもう一度通って島の東側の道を一路ばく進。 松本さんの小型ジープの揺れは相当なもの。なぜか道路工事や橋の架け替え工事が多い。年度末と地域振興と…。 下調べをしていただいた松本さんが次に案内して下さったのは 与那良川(よならがわ)の河口だ。

与那良川
ここだけでなく、この一体(というよりこの島全体というべきか)見事なマングローブが密生している。 したがって、浜の奥行きはどこもそう深くない。ここの沖には由布島(ゆぶしま)といって、干潮時には島まで歩けるほどの浅瀬で、 水牛車に揺られてのどかに歩くこともできるとか。しかし、満潮で風雨ではいかんともし難い。そういう中で神沼先生の採取は執念 とも思えるほどで、まもなく「ここにもありますね」。松本さんは陸のマングローブの茂った中に残されたゴミの中を探す。 ここにも変色した"レジペレ"が散見される。雨風ますます激しい。

車は東端の野原(のばる)を過ぎて ホネラ川の河口へ。

ホネラ川
川と海が交じわっているところで、足元の悪い護岸から浜に降りる。地形的には与那良川や後から出てくる所と酷似している。 橋の下に"レジペレ"が認められた。一般ゴミは雑多なもので、マングロープの林の中に引っかかっている感じ。

ようやくの思いで道路に戻り、次の 高那(たかな)といわれるところの浜に出る。

高那
この島では珍しい?レストランがあるところだ。これまでの狭い浜ではなく、白浜が広がっている。 ここは「かなりの集積度」が認められた。但し、作業性はさらに困難性を増す。ピンセットで細かい"レジペレ"を掴むことが なかなか難しい。
この浜では一般ゴミの数はそう多くなかった。

ユチン川、ユシキダ川、大見護川を越えて ゲーダ川に掛かる ゲーダ橋の下に降りる。

  
西表島
西表島にも“レジペレ”は漂着していた

西表島・ゲーダ川河口で
神沼先生(右)と案内してくれた松本さん

ゲーダ橋
松本さんはとても身軽で、もたもたしている我々をおいてあっという間にマングローブの林の中に消えていく。 どうやら、松本さんもこの"レジペレ"探しにはまった感じ。神沼先生ともどもようやく橋の下に降りると、海草などのゴミとともに "レジペレ"の姿が。この日の西表島での採取量では2番目に多かった。

そこからさらに道なりに走ると、もう一つの港の船浦に着く。但し、この日、石垣島から船浦への船便は欠航だ。 同じ島に着くにしても、場所によって事情が大きく変るのが島の特殊性といえる。そして、このことは"レジペレ"のみでなく、 漂着物を考える時、大いに参考になる要素といっていいのではないか、素人考えだが。船浦から上原という集落を過ぎて、 ヒナイという地点では微量ではあったが"レジペレ"の漂着が認められ、次の地点の 中野でも存在した。 そして、西表島の最北端にあたる 星砂の浜に到着。ようやく風も雨も収まりはじめた。

星砂の浜
小さい、その名の通り瀟洒な感じがする浜だ。普段は波穏やかなビーチと紹介されている。近くに小さな島がいくつも点在しているのがダイナミックさよりもやさしさを出している海岸だ。浜には砂の形をした星砂がたくさんあるという。残念ながら自身の目では確認できなかったが。それよりも"レジペレ"のほうがすぐ見つけることができた。

星砂の浜を過ぎれば今度は西側に入ることになる。それと合わせたように"レジペレ"の存在は変る。 宇奈利崎(うなりさき)トドマリ浜では少しあったが、次の 祖納(そない)そして、島の唯一のトンネル・西表島トンネルをくぐって道路の終点 白浜には"レジペレ"は見られなかった。

この頃になると、やっと天候は回復の方向に向かった感じで、随分楽になった。神沼先生が述懐する。「風は15から20メートルは吹いたでしょうね。いろいろな所でやりましたが、今日が最悪の条件でした」と。帰路、来た道を戻りながら、松本さんの島への思いを聞いたり、途中、イリオモテヤマネコとともに西表島の貴重な生物であるカンムリワシが飛んでるところを車を降りて見たり、悪天候にしては変化に富んだ1日だった。それにしても、この島でも至る所で道路工事が展開されていたのは、景気回復策の一環とはいえ、気になる現象であった。松本さんに感謝し、再び船上の人となり、波も収まったので船外の席に座って、約30分の石垣への船旅を楽しんだ。

*以下、 ルポ〈下〉に*


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