1.精子濃度の調査結果
5つの研究グループから調査結果の発表があった。下表に要約する。
各報告の結論および注釈
1)札幌医科大学
| ・ | 20年前と比較して精子濃度は減少していない。 |
| ・ | 両時点の調査とも対象者の年齢は18才〜36才であるが、年齢の高低による精子濃度の差は認められない。 |
| ・ | 以上から、精子濃度は減少傾向にないと結論している。 |
2)東邦大学
| ・ | 10年前に比較して精子濃度は減少していない。ただし、精子運動率は低下している。 |
3)聖マリアンナ医科大学
| ・ | 若年者の方が精子濃度が低いという傾向は見られない。 |
| ・ | 厚生省の委託を受けた国際プロジェクトの一環として実施している。 |
・ | 妊娠させた男性についての調査である点が他の調査対象と異なる。
したがって、他の調査よりも精子濃度が高くなる可能性がある。 |
・ | 札幌、大阪、金沢、福岡でも同じ試験条件で調査を行うことになっている。 |
4)帝京大学
| ・ | 精子運動率の低さは異常であると他の研究者から疑念の質問あり。 |
| ・ | 中間報告では下表の通りで、若年者の方が精子濃度が低い。
環境ホルモンの影響かもしれないとマスコミに取り上げられた調査である。 |
今回の発表では精子濃度は91.6×10の6乗であり、大差があるのはなぜだろう。
今回も若年群の方が濃度が低いと説明があったが、数値をメモ出来なかった。
5)慶応大学
| ・ | 元々は人工授精用ドナーのデータとして取っておいたものを
解析していることおよびデータが多いことから解析に時間がかかっているらしい。 |
| ・ | 新聞情報では25年間で10%低下しているとのことであった。 |
2.他の研究者のコメント
熊本悦明(札幌医科大学)
| ・ | もっとも大きな問題点は、精子数算定の難しさである。
そのばらつきがきわめて大きい。二つの群間の平均精子数の差を論ずるには、
検査対象が同じ条件のものを選び、しかもかなりな多数例で比較しない限り無理である。 |
| ・ | 少数例での安易な臨床データの分析や動物試験結果をもってセンセーショナルな断定的な論議を
するのは慎むべきである。 |
| ・ | 動物実験では投与量が非常に多い。 |
| ・ | 不妊という観点からは女性のクラミジア感染症の方がはるかに重要である。女性の1/10〜1/20が
これに感染しており、不妊の原因となっている。 |
岩本晃明(聖マリアンナ医科大学)
1)精子濃度の変動の例として
| ・ | 同一人でも5〜200×10の6乗/mlの変動がある。(WHOの報告書による) |
| ・ | 聖マリアンナ医科大学に比べある分院での対象者は精子濃度が50%近く高い。
検査技師は同じ人なのに。精子採取場所が聖マリアンナではトイレ、分院ではピンクのカーテン付きベッド
という雰囲気の差らしい。(しかし、東邦大学ではビデオ付きであるが精子濃度は低い) |
| ・ | 同一人でも1回目、2、3、4回目と検査する度に濃度が高くなる傾向がある。
採取慣れによって高くなるらしい。 |
2)男性生殖器の異常発生率について
| ・ | 尿道下裂:日本人の発生率は1万人当たり2〜3人で、欧米の1/10である。 |
| ・ | 停留睾丸:いろんな程度があり、比較出来るデータにするのは難しい。 |
| ・ | 精巣がん:日本人では増加していない。 |
押尾茂(帝京大)、三浦一陽(東邦大)
・喫煙、飲酒の精子濃度への影響はなさそうである。
3.西川の感想
| ・ | より信頼がおけそうな札幌医科大学、聖マリアンナ医科大学の調査結果から考えて、
日本人の精子濃度は減少していないように思われる。 |
| ・ | 日本人の精子濃度は欧米人の平均的な値と差がないようである。
日本人は大豆の摂取量が多いので植物エストロゲン(女性ホルモン)の影響を受けて精子濃度は低いはずだという説があるが、影響なさそうである。 |
| ・ | 札幌医科大学は札幌市住民、他は東京周辺住民が対象である。
札幌市の方が気温が低 いので精子数は多いのではないかと思ったが、地域差はないようである。 |
| ・ | 仮に化学物質による精子濃度への影響があったとしても、その影響よりも他の変動要
因の影響の方がずっと大きいので、調査しようがないように思われる。 |
| ・ | テレビ局の取材はなかった。翌日の新聞にも記事はなかった。メディアの熱が少し冷
めてきたのではなかろうか。それとも取材を断ったのであろうか。 |
| ・ | この分野では大御所的存在の熊本先生は良識的で説得力があった。
したがって、ヒトの精子問題では学問的には変な騒ぎにはならないと安心を感じた。 |
◆
一方、森田昌敏・国立環境研究所地域統括官の講演要旨は次の通り 。
わが国におけるいわゆる環境ホルモン物質の作用に対する研究はまだまだ少ないのが状態だ。いままでは農薬の毒性、職業的な中毒による研究が主なものだった。
当然のことながら、化学物質には強いものもあれば弱いものもあるが、いずれにしても特異的または非特異的に雄性生殖能への毒性を示すと考えられる。本日は、一般的な毒性のために結果として生殖系に悪影響が現れるような物質について触れる。
一般的に、化学物質の毒性はいろいろな生化学的な反応系を介して臓器、器官、細胞レベルで発現するが、生体は全体としてシステムを構成していることもあり、精巣や精子が特別に弱いことは少ない。雄性生殖能に対して悪影響を示す化学物質は、ひとにおいては医薬品の副作用や化学工場や農薬使用に伴う職業的中毒により偶然的に見つかることが多い。また、動物実験の過程で見出されるものも少なくない。
このような化学物質の例を示す。
* 化学物質の精子・精巣への毒性(対ヒト)*
| 鉛 |
400−500μグラム/リットルの血中濃度で精子や精子に影響が出る可能性がある。バッテリー工場労働者の間で精液の質の低下が認められる |
| メチル水銀化合物 |
毒性の評価は主として脳神経系への影響を中心に考えられている |
| タリウム |
報告例は少ない。男性の性欲と性能力の低下および精子精子への影響があるとされる |
| バリウム |
バリウム肺および循環器の傷害がバリウムについては良く知られている |
| ベリリウム |
呼吸器系、循環器系への傷害や皮膚アレルギー、発ガン性が注目されている。 |
| カドミウム |
肝毒性、骨病等呼吸器、循環器への傷害が重要と考えられている
|
| セレン |
セレン過剰の影響は主として女性について報告されている |
| ニッケル |
ニッケル中毒としては、皮膚炎やニッケルカルボニルによる中毒が注目されている |
| クロルジメホルム |
慢性中毒としては膀胱ガンの関連がよく研究されている。 精子、精巣への記載はほとんどない |
| 1,2−ジブロモエタン |
ハワイの林業労働者およびコロラド林業労働者に精子数減少および異常精子数増加が1,2−ブロモエタンと関連されて報告されている |
| 臭素化ビフェニル(PBB) |
ミシガン州の52名の曝露集団と対象群を比較した結果で精子数、運動数、形態に差を認めず。労働者に豊富なFSHS値を、精巣シストを認めたケースがあるが、明確にはなっていない |
| ハイドロキノン |
職業中毒としては皮膚症状、眼症状が中心である |
| カルバリル |
コリンエステラーゼ阻害による急性中毒が多い。カルバリル曝露の労働者に、精子の奇形(頭部の形態異常)が みられるという報告がある。一方精子数、妊孕率に変化 がないという報告もある
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| トリクレジルフォスフェート |
多数の中毒事例があるが、主として神経毒性として捉えられている |
| クロルデコン |
CDCによる製造労働者の57%において、臨床症状がみられ、その中にオリゴスペルミアが含まれている |
| エチレンオキサイド |
流産について調べられている |
| クレゾール |
化学火傷を中心とした報告 |
| ベンゼン |
男性生殖機能への影響はとくにみられていない |
| プロパクロール |
職業曝露は皮膚症状を調べている |
| ジクロルボス |
コリンエステラーゼ阻害、皮膚炎を中心に調べられている |
| ジブロモクロロプロパン(DBCP) |
DBCPの製造および調合工場で精子症および乏精子症が見出されている |
| 2−ブロモプロパン |
韓国の半導体工場でフロンの代替品として使用された結果、精子減少症、無精子症が発生 |
エチレングリコールモノメチルエーテル および モノエチルエーテル |
男性労働者で総精子数の減少を見たというと影響が見られなかったという報告がある |
| ダイオキシン |
性欲の減退、精子数の減少等の報告がある |
[注=提示されたデータから編集部がひとに関しての記述があるもののみを抽出した]
現時点では、主な環境ホルモンは
@有機塩素系の化合物
A芳香族化学工業品
B農薬
C重金属
Dその他化学品
E植物エストロゲン
の6種類に分けられよう。
そして、これらの中でもとくにダイオキシン対策は急がれる必要がある。
次に、環境ホルモン問題として提起されたものは、従来の成体の実験動物において投与して観察される精子・精巣等への影響評価だけでは不十分であり、妊娠母体のある時期に投与した時に、胎仔が性成熟してきた時の雄性生殖器への影響がより敏感に出現しうるのではないかということである。
このような例として、ビスフェノールAをあげることができる。しかし、(12月に京都で開かれた国際環境ホルモンシンポジウムの席上発表された)米ミズーリ大のフォン サール教授のレポート(2または20μg/kg/日で影響が出ている)という実験結果には否定的な意見もあり。
今後明確にしていかなければならない課題といえよう。
最後に、雄性生殖能に影響を与えうる化学物質の胎盤の透過性や精巣中の残留レベルについての報告は一部の重金属類やPCB等を除いてほとんどないのが現状なので、ひとへの影響を評価する上で化学物質の生殖器官への分布や残留レベルのデータ蓄積が急がれることを強調しておきたい。
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