special report


白熱した論議−内外の関心の高さ示す
世界最大規模の京都・環境ホルモン国際シンポジウム

環境庁主催、環境ホルモン学会協力による「内分泌攪乱化学物質問題に関する国際シンポジウム」が昨年12月11日から13日までの3日間、京都の国立京都国際会館で開催された。会期は1日目と2日目は専門家向け、3日目は一般市民も含めてのプログラムが組まれたが、海外の8カ国はじめ内外の研究者約1100人、最終日には一般市民を含め約1500人が参加した。これまで行われた環境ホルモン関係のシンポジウムとしては世界最大規模だった。いかにこの問題について関心が高いかが立証された形。1日目、2日目には企業、大学、研究機関などからのポスターセッションも開催され、113の研究成果が披露された。
会期中いろいろな意味で注目を浴び、また報道された議論は化学物質の生物への悪影響を巡る研究者と企業側の主張の対立で、従来の常識では考えられなかった低用量でも影響があるという米国の大学教授の主張に対し、企業側はそのような試験結果は再現出来なかったとの反論がなされ、同席した関係者は「白熱した論争が展開された」とコメントした。

国内の企業研究者として、《 さうすウェーブ 》ではおなじみの三菱化学環境安全部部長の西川洋三さんに同シンポジウムに出席した感想を寄稿していただいた。西川さんによると「50%はビスフェノールAの関係者として、25%は日本化学工業協会関係者として、そして25%は『環境ホルモン問題は、何が問題か』の執筆者としての立場で参加した」とのことで、そういう気持ちでのレポートだとしている。



「内分泌攪乱化学物質問題国際シンポジウム」で感じたこと

西川洋三(三菱化学株式会社 環境安全部部長)

残念ながら欧米の研究は進んでいる

1、全般的な感想
 外国からの招待者の講演は、全般的には、長年の研究に基づく深さを感じさせた。また、充実した研究内容に比較して結論は控えめで好感が持てた。欧米の方がこの分野での研究が進んでいることは認めざるを得ない。そういう意味で国際シンポジウムを開催したことは良かったと思う。

2、きわめて低用量でも影響があるのか?
今回のシンポジウムで最も注目されたテーマである。マスコミでも論争があったとして大きく取り上げられた。内分泌攪乱化学物質は従来は作用がないとされてきた用量の1万分の1程度でも作用を示すという Dr.vom Saal(米ミズーリ大学フォン・サール教授)の試験結果に対して、企業側が行った再現試験の結果を Dr.Ashby(英ゼネカ社アシュビー研究員)が説明した。その状況を詳しく説明する。この問題は、ビスフェノールA(BPA)とジエチルスチルベストロール(DES)2つに分けて議論すべきである。


再現出来なかった米大学教授の試験

2.1 BPAでの低用量試験
 BPAについてはBPA関係企業群、アシュビー博士、CIIT の3者が別々に再現試験を行っている。動物数や用量数を増やして信頼性を高めた以外は出来るだけフォン・サール教授の試験条件にあわせて試験をした。そのためにフォン・サール教授から助言も得ている。しかし3者とも再現出来ないという結果となった。
 BPA関係企業群の試験結果を10月16日に日本の新聞記者に説明したときも、今回アシュビー博士が説明したときも、フォン・サール教授の試験内容がおかしいなどとは言っていない。ただ、再現できなかったと言っただけである。どうして結果に差が出たのかと質問されたら、我々の試験の方が動物の匹数も多くそれだけ信頼性が高いと思うと説明するだけである。それ以上説明しなくとも、よほど偏向した人でない限りフォン・サール教授の試験結果をもはや持ち出すことはないと思う。

2.2 DESでの低用量試験
 DESについてはまだ再現試験が行われていない。しかし、BPAでの再現試験で陽性対照として用いたDES0.2μg/kg/dayで影響がなかったことから、DESについても再現出来ない可能性が高いと予想されるということである。
再現できないとの証拠は十分ではないけれど、2.3で述べるようにフォン・サール博士自身が信用をなくしたので、一般の学者はこの試験についても再現できそうにないと感じたと思う。

2.3 フォン・サール博士の反論
 フォン・サール博士の反論は、企業側の試験では陽性対照でも影響が出ていないから試験全体が無効であるというものである。このテーマに関心のある人ならフォン・サール博士の反論は反論になっていないことはすぐわかるはずだ。フォン・サール博士はマスコミや一般市民に対等の議論をしたという印象を与えるために、科学者としての評価を犠牲にした。そのため、フォン・サール博士の試験結果だけでなく、博士自身が信用をなくしたと思う。今後まともな科学者はフォン・サール博士を相手にしなくなると思う。


苦労した企業のパネラーねぎらいたい

3、総合パネルディスカッション
 研究者、産業界、環境NGO、ジャーナリストなどが一同に会し具体的な討議をするということなのだが。 最初に発言したジョン・マイヤーズ博士はひどかった。こういう人が他の2人と執筆した例の『奪われし未来』に日本中が振り回されているのかと思うと情けなくなってきた。一番引っかかったのは企業の行った試験は信用できないというものである。これに対してパネリストの一人である松尾氏(住友化学)が企業の試験の方が大学でやった試験より信頼できる。企業はGLPに従って試験をしているからとはっきり言ってくれたのは良かった。企業の情報公開が不十分であるという発言が多かったが、偏向した報道しかしないという意味で一番情報公開が遅れているのはマスコミだと私は思う。こういうパネルディスカッションで最も損な役をするのは企業代表のパネリストである。松尾さんご苦労様でした。


マスコミの報道には改めてガッカリ

4、マスコミの報道について
 「産学で論争」とか「専門家が激論」し、両者の議論は平行線をたどったと報道されている。マスコミは公平な立場でそれを報道したという感じになっている。日化協もBPA関係者もマスコミに丁寧に説明し理解していただいたと思った。それにもかかわらず、こんな報道にしかならないのかと少しがっかりした。こういう問題でマスコミを味方にするというのは至難のわざであると思った。
 少なくとも「産学で論争」したのではないことを知ってほしい。フォン・サール博士及びそのサポーターと産業界が対立しただけである。学者は何も発言していない。学者の大部分はフォン・サールやマイヤーズの言っていることは、「まともな科学者なら口に出来ない恥ずかしいものである」と感じたはずである。例えば、M先生は「あんな奴(フォン・サール)の相手をするな」とわざわざ忠告してくれたほどだ。
 もともと、BPA関係者やアシュビーは、フォン・サールと議論するつもりはなかった。両方の試験内容を比較すればどちらの試験結果がより信用できるか明らかだと思うからである。また、フォン・サールの試験結果をおかしいと言うつもりもない。動物実験では変動があり、起こりうることだと思うからだ。ただ、再現できない試験結果をリスクアセスメントのベースに使うことは出来ないと言っているだけである。


印象深かった3つの報告

5、私の注目した報告
 私が京都まで出かけて良かったと思ったのは次の3つの報告に出会ったことだ。

1)ヒメダカを用いた試験法の開発
  [ 横田弘文ら:化学品検査協会 ]
 定められた試験法に従って試験をして、信頼できる安全性データを求める。私が一番歓迎するのはこういう報告である。ビスフェノールAのメダカを使ったライフサイクル試験の60日目までの中間報告である。ちょうど初期生活段階(early life stage)毒性試験に相当する結果である。最小影響濃度は2mg/Lで最大無作用濃度は 0.4 mg/Lであった。私は『環境ホルモン問題は、何が問題か(その3)』(投稿中)で、ビスフェノールAの初期生活段階毒性試験での閾値は1mg/Lであろうと予測したが、それと矛盾しない結果だったのでホッとした。

以下は並行して行われた日本内分泌攪乱化学物質学会でのポスター発表である。
2)DESによる世代間にまたがる健康影響に関する調査研究
  [ 山本美智子、神沼二真:国立医薬品食品衛生研究所 ]
 ヒトの健康に悪い影響を与えた唯一の事例は、合成女性ホルモンであるジエチルスチルベストロール(DES)を流産防止剤として服用した母親から生まれた娘さんに膣がんが生じたというものである。しかし、DESの服用量が極端に多かったことと膣がんの発生率が千人に一人から1万人に一人の間で低かったことから、私はDESは一般に思われているぼど危険な薬品ではないという印象を持っている。それをはっきりさせようと思って文献を集め始めたところであった。山本さんは私が調べようとしたことを既に調べてくれていた。疫学調査からは、膣がん以外の症状(男性生殖器への影響など)が増加したというはっきりした結果はでていないとのことである。きちんとした論文にまとめて発表してほしいとお願いしたが、その予定はないというのは残念である。

3)環境水中エストロゲン様物質の検出・評価
  [ 滝上英孝、松井三郎ら:京都大学 ]
 酵母を用いたエストロゲンレセプター/レポーター遺伝子アッセイ法でエストロゲン活性の総量を測定し、同時にELISA法で17β-エストラジオールを測定することにより、エストロゲン活性総量に占めるヒトの尿由来の17β-エストラジオールの寄与率を求めている。都市下水の放流水のエストロゲン活性はほぼ17β-エストラジオールによるとの結論である。この報告は、多摩川のコイのメス化の主たる原因物質は尿中の女性ホルモンであるとの私の推定を支持している。松井先生は建設省が行っている河川での内分泌攪乱物質影響調査研究会のメンバーの一人なので、コイのメス化の原因は何かがわかるのにそれほど時間はかからないと期待出来る。