swave logo (←home)
環境


TOP
第1回「沖縄」と「環境」を考えるセミナー講演録
≪BACK NEXT≫


《 良い環境とは−沖縄と12年共生して 》 沖縄大学 法経学部教授 宇井 純氏



" 沖縄独立論 "は健康な判断だ

日本というのはおよそ国の体をなしていない国家、たとえば高級官僚と銀行があそこまで癒着していて、 相互に監視し、制約すべき対象と癒着してしてしまって、政治が動きがとれなくなっている。 日本の未来を頭を冷やして考えるとどうしていいか解らない。 たとえば、国の借金が400兆円か600兆円とかのケタであり、それを返すあてはまったくない。

あるとすれば結局、個人の資産を狙っておそらくインフレーション かなんかで国民の富をからっぽにして国の借金を埋めるという時期がいずれ来るのではないかと心配して いますが、そういう将来に対して政治の領域で真剣に考えている人間がほとんど見当たらない。

ちょっと景気が悪いと景気を良くするために公共投資をもっとばらまけという声が上がってきます。 私は、下水道関係の仕事をしていますので、公共投資の一端はよく解っていまして、大体半分くらいは関係 者の懐に入るという実態を知ってるもんですから、公共投資をばらまけというのは結局、オレに金をよこせ ということを政治屋が別の形でいってるにすぎないということを痛感します。そういう政治の将来になにか 明るい出口が待っているとは到底思えない。沖縄の中で独立論が出てきていますが、非常に健康な判断で して、日本という、行き先がさっぱり見えない国、環境問題でも経済問題でもしかりですが、そういう国 からどうやって逃げ出すか、沈みかけた船からどうやって逃げ出すかという考え方、議論は非常にまっとう なものだと感じます。

で、そうなった時に、それじゃ沖縄どうするかということを考えると、おそらく今から軍事基地も観光も みな含めて将来の立地利用を考える必要があるだろう。その基盤として、沖縄の自然条件−水の状況が どうなのか、環境の現状はどうなのかということを真剣に考える時期ではないかと思います。もちろん、 ここで古典的な自給自足国家をいうつもりはありません。琉球王国も決して自給自足ではなかったので ありまして、むしろ開かれた貿易国家として成り立っていたことは周知の通りです。国家というよりも どちらかというと、総合商社の本社が首里にあったというような実態ではなかったかと思います。

我々は、国家というとすぐ民族国家、国民国家を考え、たとえば政府があって軍隊があってと考えますが、 どうもこれから先はそうでなくてもやっていけるのではないかというふうに思わせる実例がいくつかあり ます。たとえば、地中海にマルタ島という人口30万人ほどの小さな島がありまして、私も何回か国際会議の ために訪れたことがありますが、岩だけの島でありまして、作物もほとんど採れないところですが、地中海 の東西南北のちょうど十字路にあって、昔からイギリスの軍事基地として利用されてきました。

そこが独立しまして、3000年の歴史の中ではじめて自前の政府をもつことが出来るようになったわけですが、 その政府が南北問題、東西問題の橋渡しをしまして、たとえばヨーロッパではアフリカのリビアとか チュニジアとかは憎まれっ子といいますか、ほとんど国交がないのですが、マルタはちゃんとアフリカ各国 とも国交をもっている。そして地中海のいろいろな会議の時はマルタが一番議論のしやすい場所として大体 選ばれる。" ヤルタからマルタへ "というゴロ合わせがありますが、ゴルバチョフとレーガンが冷戦は これで終わりにするという宣言をしたのもマルタの海岸だったんですが、冷戦が終わって新たな平和な時期 が来るという時に、その場はこの島からはじまるということを周到に仕組んだドラマがマルタ会談でした。

そういう例をみますと、国際会議でもたとえば議長をマルタの大統領や首相がつとめるというようなことが立派になされていて、会議の方向をちゃんと決めるような発言を議長、首相がしているというようなことをみておりますと、ちょうど沖縄の知事が国際会議の議長くらいはつとめられるというのと重なってみえます。それで、マルタはなんで食っているかというと、実はこの島は出稼ぎで食ってるのでありまして、経済力は結構強い。こういう国がちゃんと成り立っているのをみますと、この東北アジアの一員で、ちょうど中国と日本、朝鮮と台湾などの十字路にある沖縄も工夫すればやっていける可能性が十分あるだろうと思うんです。その時に、行政はどういうふうになるだろうかと考えますと、いままでは上から統治する道具として県庁があり、その下に市町村があって、いわば統治の道具として県とか市町村とかの組織があったのですが、最近は大部市町村段階では各地で新しい動きが出てきています。つまり、市町村の政府・役場というものが地域住民の共有財産だと考えて、それをいかに経営するかという考え方が出てきています。端的にはその地域の中小企業の経営者が市長や町長になるというケースが増えてきてまして、そうなると、一つの経営体として自治体をみる、さらにはもう一歩進んで、良く知られている大分県の村おこし運動のように、経済運動の一つの事務局として自治体が機能するという場合がポツポツ出てきています。ですから、経営体あるいは運動の事務局という考え方、動きが出てきているわけです。環境問題を考える時も、そういう新しい側面が出てくればいまの局面が新しい方向に展開する可能性が出てくるだろうと思います。




TOP
第1回「沖縄」と「環境」を考えるセミナー講演録
≪BACK NEXT≫