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環境


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第1回「沖縄」と「環境」を考えるセミナー講演録
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《 良い環境とは−沖縄と12年共生して 》 沖縄大学 法経学部教授 宇井 純氏



島の環境−沖縄の原点

沖縄に移り住んで12年になりますが、来た当初の「大変難しい場所だな」という印象は、いまだに強まることこそあれ、薄まってはいません。 本日は、主催者より頭書のような演題をいただいていますが、私としては日本も沖縄も基本的には「島」ということで、「島の環境」という観点から感じていることをお話させていただこうと思っています。

東アジアモンスーン地帯の一角に普及した水田による稲作は、長い歴史を踏まえて日本の社会基盤を規定するとともに、水利用の形を決めてきたわけですが、稲作の場合、毎年同じところ(水田)で作っても水と太陽光線があれば収穫を得ることが出来ました。生産性の高い水田を作るために、ほとんどの河川の水は繰り返し使われた。また、人間や動物の排泄物は貴重な肥料として都市から農村に運ばれ、有効利用された。沿岸の魚はしめ粕としてこれも肥料とされ、人間や鳥、昆虫が下から上へ養分を運び上げる働きをし、海から陸へ、下から上への流れがあり、安定した循環を形成していた。

沖縄では、島を取り巻くさんご礁があり、そこの魚が人間に利用されたが、島と河川の規模が小さいだけに、この循環サイクルもまた小さなものだった。小さい島の小さい循環は、必然的に不安定で、壊れやすい。さらに、この循環系が亜熱帯にあることは、高温、強い日光、台風などのストレスにさらされていることになる。このような小さな島の生存基盤がどうなっているかを社会の共通の常識として共有出来るかどうかにこの島の将来がかかっていると思われます。

例えば、水の供給ということで沖縄における姿を見てみよう。実に象徴的なことがあります。宮古島においては、水を使おうとする事業所は、水道組合の許可を取らなければなりません。干ばつになりますと、水道組合はそういった工業用水のような水道以外の用途を順次止めていき、最後に水道水を守るというような構造の条例になっていますが、このことは本土ではほとんど知られていないのですが、こういうような地下水を完全に共有化した条例というのはまだ出来てません。民法による地下水というのは土地についた財産でありまして、いくら汲み上げても、周囲の井戸の水位が下がっても地下水を汲み上げる権利は土地の所有者にあるのですが、宮古島ではそれは許されない。地下水は公共のものであるという原則が成り立っています。これは、条件がきびしいからそこまでいったということが象徴的でして、沖縄本島でも事態がこのまま進めば宮古と同じようなやり方をとらないとやっていけないのではないかと思います。

ただ、その地下水すでに汚染されていまして、これも全国で多分沖縄だけだではないかと思うのですが、たとえば畜産排水を地下に注入することが許されている、禁止されていないわけです。私は、昔栃木県が公害防止条例を作った時に関わりあったことがあるのですが、その際、産業排水はたとえ処理後であっても絶対に地下に注入することは出来ないという条文を入れた記憶があります。そういう風な地下水保護のための条文をわざわざ作った記憶があるのですが、沖縄の県の公害防止条例を見ますと、そういう条項はない。したがって、地下水を汚しても処罰されることはない。その結果、中南部の地下水はほとんどすべて飲用不適になるところまで汚れています。将来、中南部の地下水を公水化、公用化しなければならない事態が起きてきた時にはすでに汚れていて使えない、回復するには何十年かかるという事態になるのではないかと心配しています。




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