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| インタビュアー 司 加人 | ||||||||||||
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小学生時代の野外授業の楽しさが今の道に進んだ原点 ―― インターネットなどで拝見しても、正直申し上げて、清野さんって何をしている人なんだろうという感じで、おそるおそる伺ったのですが(笑い)、まずは情報のレベル合わせのために、個人史から入らせていただくと、小学校1年生の時に、担任の先生が急に野外授業に切り替えてくれた時が最高にうれしかったというような話が出ていました。今の世界というか、この道に進まれたこととこのことは原点的に関係があるのでしょうか?
別の言い方をすれば、いつかは画家一本で食べて生きたいという希望を、今でも持ち続けているのでモラトリアムなのかもしれません。この、いつかは、というのを家族が共有するのがつらいんです。 画家は固定的な仕事でないんだから食べていけなくなったら(実家へ)帰って来いという、堅実さを重んじる農本主義というかそういうのが父の周囲にあったようです。それになじめなくて出てきた父なんですが。 どうも私もそういう農本的なものがなじまないんですね(笑い)。 ―― 農耕民族でなくて狩猟民族という言い方も…。 ( 清野 ) いろいろな地方へ行きますね。土地土地によって、すごくべたべたしているところがありますが、どうもそういうところは苦手という感じですね。研究者の世界はよくスタティック(静的)なものが必要だとか、そういうことが当然のように言われますが、必ずしもそうじゃないのではないかと思ったりします。 職業としての科学者としてはスタティックさは必要だとは思うのですが、どうも私は固定的でないと言うか、たとえば理科系ですと卒論で入った研究室のテーマを一生育てていくという農業的なものがあるんですが、私自身は動的部分が多いですね。 ―― 当時、女の子としては少ないというか、珍しい存在だったと言えますよね。 ( 清野 ) そうですね、もう、幼稚園くらいから浮いちゃったんですよね。とにかくじっとしてない(笑い)。かと言って、体育会系とも違うんですね。本を半日読んでろとか、ずうっと観察してろというのはいいんですが、こうしていなきゃいけないというのがダメなんですね。 で、さきほど言われた小学校の先生が急に多摩川の河原なんかに連れ出してくれた時のフィールドの感触がとても感動的だったりしたものが自分の中で大きくなってしまったという感じでしょうか。 実は、どこかでお耳にしたことがあると思いますが、神奈川県立横須賀高校といいまして、とてつもなく自由な雰囲気の学校だったもので、朝は登校はしますが、ほとんど教室で授業を受けずに図書館で読書三昧、あるいは映画三昧、フィールド三昧の3年間でしたので、いわゆる受験用の勉強はほとんどしなかったんです。
それで、1年浪人をした時に、予備校の先生をされていた最首悟(さいしゅ・さとる=現恵泉女子学園大学教授)先生に出会って、公害問題と社会状況などの理科系と文科系の間のような、たとえば「社会と科学」とかの切り口の領域があることを教えられ、とても目覚めたと言うか感銘し、勉強もやる気になったんです。
当時、最首先生から「分類不能」と「浮遊」という言葉を言われたんです。その時は良い意味か悪い意味か分からなかったんですが、今ではすごく自分に合ってる表現だなと思っています(笑い)。
( 清野 ) 一言で言えば、訳分らないからだと思うんですねえ。 ―― 普通は、訳分からないから気持悪いということになりますが…。
タコの研究で、イギリスのケンブリッジに行ったときに、ウェルズ教授の家に滞在させていただきました。そのとき、火星人が大好きだと言ったら「おじいさんの書斎をみせてあげる」ということになりました。なんと、タコ研究のウェルズ教授はお孫さんだったんです。あの小説が書かれた書斎で、タコを徹底して語り合えるなんて至福でしたねえ。研究していて良かったと思いました。 ―― それで、“タコちゃん”といわれるほどとくに「タコ」に魅入られたのはどういうところからですか? ( 清野 ) 生物学を学ぶ学生として、生物学の本などを読んでいるうちに、タコの行動学とか、知性とか社会構造などを知るにつれ、すごく人間的な部分に興味をもったんです。やっぱり!という感じ(笑い)。そうすると、自分は人間としてここにいるんですが、タコって似て非なるものというか、海中にいる同質の存在に見えてきたんですね。 ―― そういうのって、文学少女ではないし何少女と言うんでしょうねえ?(笑い)
( 清野 ) きっと自分の中で、文学と科学と芸術がごちゃまぜになっているんだと思うんです。それが多分、映像生物学という、人によってはゲテモノといわれるんですが(笑い)、そういう分野のイメージが自分の中にいつのまにか膨らんで来たんだと思うんです。ですから、「科学」としてやろうというわけではないし、「芸術」というわけでもないんです。もちろん「文学」でもない。カッコよく言えば、渾然一体という感じですかね。
( 清野 ) そうですね、高校生時代までの遊びでなく、研究の対象としてフィールドワークを始めた頃は原因者が明確でないのにどんどん破壊されてる、汚染されてるなと感じました。なのに、だんだんその原因が分かってきても止められないものが日本の場合あると思うんです。それには抵抗を感じますが、ただ慨嘆しているのでなく、どうしたらあまり軋轢なしに、強制的でなく止められるか、変えられるかに腐心しますね。 例えば、海に農薬だとか薬品とかの物質を流すことが現実に行われていて、それを規制する法律もあるし、それに則って、公安まで使って悪質なんものを摘発するということは可能なわけです。しかし、悪いと思っていながらやめられないのはなぜかという解析と、どうやったらやめられるかという仕組みを、経済性を加味して考えてみたいと思っています。
―― これって、理学というより社会学の領域のように思うんですが…。 ( 清野 ) そうですね。全国いろいろな所に出かけて感じることは当り前のことなんですが、それぞれにそこの風土というものがありますね。それで、風土というものを、生物学的とか生態系の立場から専門的に解析することは出来ますね。そうすると、同じ干潟であっても北海道にあるものと九州にあるものでは潮位も気候の変化も違うわけで、それによって住んでる生物も異なるわけです。 そういう風土という視点からそれぞれの地域を見るというのが私のふらふらするという手法と両立するんですよ(笑い)。で、そういうことをそれぞれの地で聞く事がすごく楽しいんです。どんな生き物をどんな風に食べているとか、あるいはカメが浜に上がってきたらお酒を飲ませて帰らせるとか、そういう話を旅行者的に聞くのが好きですね。それがまず基本にあるのですが、合意形成の作業って、そういうことが先鋭的に出る局面なんです。 例えば、ある磯をつぶすとか、干潟を埋めるという場合にどんな人がどういう環境が壊れた時に何がいやなのか、何が利益になるのかというのがすごくはっきり出るんですね。それを民俗学的に捉えるとインパクトへの短期的な反応でなく、日常性みたいなものを中心に見ていくんですね。 そして、こんどは環境破壊という立場から見ていくと、ある風土、たとえば水俣とか天草とかですと貨幣経済が入る前は経済的には豊かでなくても恵まれた自然状態から持続可能な生活水準があったわけです。それに対して、貨幣経済が入ってきて、水俣病が起きたり、それを救うために養殖とかが入ってきて、ケミカルに海が壊れてしまった。さらに漁港とか道路とかの建設業も入ってきて物理的に環境が変えられていったわけです。 それによって、サスティナブルな地域社会だったのが人間のこのインパクトでこういうふうに壊れ、その結果、誰がどう悲しみ、誰がその職業につけなくなったかとかがはっきりしたわけですね。 それで、こういうことを科学的にやろうとすると、理科系から見ると、そんなこと言われたって自然はそんなもんじゃないし無理だよということになるし、理科系がアプローチすると、社会制度があるんだからということになってしまっうんで、合意形成というのはちょうど公共事業がらみの大きな自然改変、地域の自然が変えられるということに関する地域の反応だといえると思います。 ―― 別の伺い方をすれば、清野さんの基本的なスタイルは、カブトガニが生息していけないような環境破壊はいけませんよ、そのためには何かしましょうよ、という理解で良いでしょうか?
( 清野 ) そうですね。確か、土本典昭さん(記録映画監督)の映画だったと思いますが、天草の漁師さんが「宝のうみんごたる」ということを言っていましたが、それって、結局そこの生態系があるレベルまでは、ある人数の人たちが持続的に生きていけるという世界だったんだと思うんです。ですから、破壊される前の天草や水俣って今思うとすごいいい生活だったと思うんです。
でも、これからそういう生活をしようと思っても、海の生態系がもう質・量とも落ちちゃっていて出来ないということなんです。このところをみんながしっかり考えないといけないと思いますね。
それで最近思っているのは、個人と集団の環境認識が5年程度で変わっていくのと、自然のシステムが大きな時空間スケールで変っていくのをどう折り合わせるのかという事ですね。広義の意味では自然と人間の合意形成になるかもしれませんが…。 ただですね、合意形成と言うのは民意を達成させることが使命みたいに言われているのですが、それでいいのかな、と。たとえば、ある海岸の地元が南欧風にしてくれとか、アジア風にしてくれと言って、行政がそれに応じて海岸の工事をすると、こんどはやっぱり元に戻してくれと言ってきたりしてる例が結構あるんです。そうなると、民意って一体なんだろうと思うわけです。 自然を見ている立場からすると、民意だって結構メチャクチャなんだから、持続可能な社会ということから言ったら民意もある程度コントロールしなければまずいんじゃないかと思い始めています。ところが、民意をすべて実現してあげることが行政の責務だという丸呑み的な風潮が出てきている。しかし、良く考えると、それって形を変えた乱開発なんですね。システムとしては不完全であり、あまりにも責任がないということになってしまうんですね。
( 清野 ) 実は、海岸法というのは非常に範囲が狭いだけに分かりやすいんですよ。例えば、渚の線から50メートルの範囲は守りますよということで、これは逆に海岸線というダイナミックな線は動かせませんよ、1センチたりとも失われたら国土を失うんですという、ある意味では極端な法律なんです。それで、いろいろな地域の海岸の開発というのは体験として経年的に見てきたわけですが、例えば葉山マリーナの防波堤が延びたから逗子海岸がだめになったんだとか分かるんですね(笑い)。 よく比較される河川法というか河川はわりとモノポリーで考えられるんですが、海岸というのは広いんですね。背後も考えなきゃいけない回りも気にしなければいけないわけで、4省庁のコンセンサスと言われましたが、行政的な縦割りで海岸を見たらまるでナンセンスですし、そういうことが良く分かり、景色の解読や行政文化研究に参考になりました(笑い)。文言一つでも違うんですよ。
で言うのは簡単ですが、とにかく我々研究村の人たちを利用するなどして、情報収集、計画の吟味・精査などで早急によりレベルアップすることが必要ではないでしょうか。
( 清野 ) 「映像生物学」は、映像を利用した生物学です。運動や行動の記録という観点からの映像利用に始まって、映像でしか捕らえられない生命現象を捉える、それを映像の状態で提示という体系です。画像処理の進展で、映像をデータ取得のツールとして使うことは定着化しているんですが、それでは映像の本来のパフォーマンスが出ていないと思うんです。映像でしか表現できないことがある。“映像論文”というのがありえないかなあと。 タコの行動や運動を表現するときに、言葉や画や数字になると落ちてしまう情報がある。確かに、言語と数値はエッセンス化された情報なんですけれども、あまりに恣意的になるんです。恣意性で切り込むのが科学なのかもしれないですね。映像で起承転結で表現するのも恣意性があるけれども、それでも元の情報で落としている率が低くなります。これでは現象は未解析で、研究の原料がそのまま羅列されることになる、という批判があるんですが、確かにそういうところはあるでしょう。 しかし、下手な画や文章よりもより伝わるのではないか。 映像を利用した科学の方法論が自然科学だと厳しいですね。その後、社会科学で、映像民俗学とかやっている研究者がおられることがわかって、感心しました。その分野に、従来の表現形態では不十分だと思う人の人数がある程度いないと、認知されないんだろうなあと思いました。 生物の研究が、近代生物学になったときに数値化や普遍化を目指した方向性ができて、その表現媒体としては言語と数値と写真というのが定型的なフォーマットになって、当然とされてきたと思うんです。一方で、映画の歴史は1世紀を超えて、何かを表現するときに映像や音声で、というのが当然になっている。 研究村での表現形態がなぜ制限的であるのかということ自体に興味があって、いろいろやってみました。行動を表現するのに、連続写真はよく使われますが、それでは表現できないから、ぱらぱらアニメにすればいいんだ!ということで紀要に、山折谷折の指示をつけた、タコの運動のぱらぱらアニメの原料ページを掲載したりしました。 本当は、冊子全体をそうしたかったんですけど、他の人のページの右下にタコの画が載っているのも申し訳ないので・・・(笑い)。ホログラフィのアニメーションとかも作りましたね。やりたい放題でした。 この映像論文とか、この世界の最先端である映像メディアとのコラボレーションとかを8年間ぐらい徹底してやっていたんですが、研究村のなかではあまりに特殊だったんで、なかなか難しいものがありまして、いろいろあって現在は休眠中です。今思うと、文字や数字だけのもやってみればよかったんでしょうが、要領が悪くて、何かに集中すると同時に妥協的なことをやるのが出来ないんです。 まあ休眠している間に、研究村的には映像の関係がやり易くなってきたので、昔の無理解な状況下での苦労はしないで済みそうな雰囲気になってきました。あと、一度徹底してやっちゃうと後があまり出てこないみたいで、昔とった杵柄で、未だに生物映像の水脈が切れないのはありがたいですね。 可視化情報学会で映像資料の活用に関れるのは、私にとっては魂の救いみたいな感じがありました。機械工学、流体力学、応用物理学の人たちが、可視化に集中して結局、異分野で同様のことを考えている人との出会いっていうのは、研究上も突破口になることが多いし、そういうスパークが楽しくて、今の仕事している感じがあります。
―― 最後に、映像生物学を含めて、やりたいというか、いろいろな夢をお持ちのようです。 例えば、すでにタイトルが決まっている“タコの映画”づくりとか・・・(笑い)。 それらの実現性を含めて聞かせてください。
ご指摘の『タコの銀河Galaxy of Octopus』製作構想については、諦めておりませんで、まあ、構想10年っていう作品も世のなかあることですから、チャンスを虎視眈々と狙うか、時が満ちるのを待ちます(笑い)。地球の海にタコ族が棲めなくなって、新惑星を目指して銀河に旅立つというエクゾダス物語になるかもしれませんが、地球の海の環境破壊の状態については最近の研究のおかげでディテールまで書き込めそうです。 映像生物学と海や川の環境の研究、人々の思いの連鎖の研究などは、今後は、どのような媒体で表現するかは改めて考えていきたいと思います。考えるっていうよりも、そのときの気持ちや状態でメディアを自動的に選んでしまうんだから、研究村的に規定された表現形態ではないかもしれないんですよね。映像とかフィクションでしか表現できないものもあるように思ってきました。 この5年間、日本語の論文、というのを大量に書いているのですが、母国語で論文という抑えた形式で書くという選択でもあるんです。そういう媒体で、どうしても表現できないものがたくさんあることがクリアにわかってきて、一方で、日本語だから、論文だから、伝えられることがあるのもわかったんです。 今後は、解明したことや、自分のなかのさまざまな思いをどのように表現していくかですね。研究活動は続けていきます、止めることが出来ないぐらい好奇心が強いんですけれども、表現媒体が融合的なものになっていくのかなーと。ひとつのことを、いろんな媒体で表現したい。こういうようだとまた分類不能になって浮遊しちゃうのかな(笑い)。 ―― 新しいものへの取組みはいろいろな問題や壁、摩擦など意に反して後ろ向きのことが起こってくるのが現実です。それらにめげず、持ち前のバイタリティをもって突破して行かれることを願っています。
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《テレビ出演、パネラー・・・・・・広がる"フィールドワーク"》 これも広義のフィールドワークと言えよう。清野さんの人気テレビ番組への出演など活動は広がる一方だ。直近のものを紹介すると―
[10月5日・吉野川河口干潟のパネルディスカッションに]
*連絡先:シンポジウム実行委員会 |
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